第55話 優秀そうな孫と駄目息子

 理由はともかく子供たちに囲まれてご満悦なアルフ。しかし、そろそろ殴られ続けるのにも飽きてきたらしい。


「なぁ――」


 ガゴッ!


「もうそろ――」


 ドガッ!


「料理を――」


 バチンッ!


 食べて欲しい。そう言いたいのに、ボカスカと殴られ続けてちっとも話が進まない。

 ここに詰め寄って来た子供たちには全員、頭よしよしとハグをしたのにまだ相手して欲しいのか。まったく、いくつになっても甘えてくるんだから。と、都合の良い解釈で我が子らを見るアルフだったが、段々と別の感情が芽生えモヤモヤしてきた。


「い、いい加減にしろー!」 


 アルフはカーラの魔法を受け止めた時と同じようにミステリーエッグを発動。殴りかかってくる子供たちの身体強化魔法を卵にして叫んだ。


「料理食べろよ! 俺が作ったって言っただろ! お前たちの好物も一杯あるんだからな! これ、美味しいね、我が家の味として代々伝えていくから作り方を教えてって言ってくれよ!」


 あんなにもご機嫌でアルフが料理を作っていたのは、家庭の味を伝えていくという話を少し前に聞きかじっており、自分もやりたいと考えていたからだ。

 なのに子供たちは自分に甘え続けるだけ。それどころか他の子供たちも期待していた言葉を発しないではないか。


「馬鹿言わないで!」

「あんな超高級食材、どこで手に入れろって言うの!?」

「俺はしがない靴職人だぞ」

「そうだそうだ! 僕なんて今失業中なんだよ! そんなこと言うならお小遣いちょうだいよ!」


 続々と返ってくる反発の言葉にアルフは信じられない気持ちで一杯になった。

 お涙頂戴ものの感動話になるんじゃないのか!? だって、あの婆さんはそう言ってた。とアルフから流れ込んでくる感情や思考。アドイードはそれがなんのことか考えてみた。

 あの婆さんは……クランバイア魔法王国へ訪れる前にいた小さな村で一人暮らしをしていた老婆のことかな。だとしたら老い先短い彼女は、生き別れた娘とニ〇年ぶりに再会して料理を振る舞って……ていう背景があったよね、と思い出す。

 思い付きで行動したアルフ様とは違うのにな、という呆れ顔で大好きな人の顔を見上げると、思い通りにいかず鼻息が少し荒くなった悔しそうなアルフの顔が目に入った。

 アドイードは珍しいものが見られたと老婆と子供たちにちょっぴり感謝した。


「う、うるさーい! とにかく食べてこい! そして俺に作り方を聞きにくるんだ!」


 ぶんぶんと乱暴に卵を操作し子供たちにぶつけ始めたアルフ。もちろん手加減はしているが痛そうだ。

 中にはこの卵を破壊してやろうと目をギラつかせた子供たちもいたが、多くはフンッといった調子で席に戻っていった。


「あ! キール! お前はちょっと待て、話がある。その歳でお小遣いだと? ふざけてるのか?」

「あ、いや、その、つい勢いっていうか……でも、聞いてよ。僕は黒兎獣人だろ? 長命種なんだから四一歳は人間に変換するとまだまだ子供だと思うんだよね。童顔だし」


 首根っこを掴まれたキールがワタワタしながらも、どうにかお小遣いをもらおうと、長い耳をパタパタさせながら反論する。


「ていうか僕が困ってたのに父さん助けにきてくれなかったよね。何にも悪くないのに閉じ込められてたんだよ。ちゃんと案内の人形とお礼も用意したのに酷いよ。アドイードも無視してどっか行っちゃうしさ。あ、そうだ父さんお礼だけ持っていっただろ。あれ返してよ。それからお詫びに衣食住を提供してよね」


 畳み掛けてくるキールにアルフがわなわなしている。


「国にもよりゅけど、四一歳なりゃ黒兎獣人でもだいたいは成人扱いだと思うよ」


 これ以上アルフとの時間を邪魔されたくなくてアドイードがこっそりポケットに蔓を忍ばせながらキールを窘めた。


「そ、そうだね! 僕が間違ってたよ! あ、あれ~? あそこにあるの、僕の大好きなフェグナリア人参のお刺身じゃないかな? 美味しそう……だなぁ………」


 ポケットに何かが入れられた感触に気付いたキールは、わざとらしく料理が食べたいと言ってアルフをチラ見する。


「はぁ、お前ってやつは。ほら、もう行っていいぞ」


 なんだかガックリしたアルフはキールを解放し、シッシッと追っ払ってからアドイードの方を見る。


「あんなものやってどうするんだよ」

「あんなものじゃないよ。宝物たかりゃものだよ」


 アドイードはあれがいかに凄くて大切な宝物だったかを語りだし、頃合いを見て取り戻すと締めくくるも、アルフはただただ顔をしかめるだけだった。

 はたして小遣い代わりに父親のパンツをもらって喜ぶ子供がいるのだろうか、しかも結局取り上げられるとかなんなんだ、と。


 理解できないしどうでもいいことだし考える価値無しと判断いたアルフは、パーティーのあとキールをどこに放り出すか考え始めた。

 アドイードに連れてこさせたが、あの前代未聞の大馬鹿息子を長居させる気はないらしい。


 そこへ大人しく順番待ちしていたラゼルとカシオが躊躇いがちに声をかけた。


「な、なぁ爺ちゃん……てさ、SSランクって本当?」

「俺たちはCランクなんだけど、よかったら暇な時に稽古つけてくれないかな」


 アルフは即落ちた。

 孫の方から話しかけてきたこともそうだが、やんちゃそうなのにどこか気恥ずかしそうな様子の二人にやられたのだ。

 飛び付かんばかりに手を広げたアルフは、キールのことなど既に頭から抜け落ち笑顔になっている。


「いい――」

「ダメだかりゃね」


 だが、アドイードは一気に不愉快になった。アルフの返事を遮り冷たく言い放つ。

 アルフがときめきにも似た感情を他者に向けたことが無性に腹立たしかったのだ。

 その目はやや黒くなりつつある。


「おいおい、可哀想なこと言うなよアドイード。孫と一緒に遊ぶんだぞ。楽しいに決まってるさ。それに――」


 アルフが言い終わる前に、思考を受け取ったアドイードはパアァっ表情を変えた。

 それはそれはキラキラしている。このまま光だすんじゃないかというほどに。


「お稽古しよう! 今かりゃす――むぎゅぅ!」


 やる気を漲らせてフンスフンス言い出したアドイードの口を隕木ジュースで塞いだアルフが、ラゼルとカシオに顔を向ける。


「今日は目一杯パーティーを楽しんでくれ。稽古は明日な」


 アドイードに負けないキラキラの笑顔で孫たちの頭をクシャクシャしたアルフは、二人を連れてテーブルを回ることにした。

 孫全員に顔を覚えてもらうのと稽古遊びのお誘いため。あとは、さっき寄ってこなかった子供たちと話すために。


 明日稽古するということは、今日は泊まるということ。そうなれば明日もまた子供たちや孫とワイワイできるとアルフは考えている。

 ほとんどの孫は乗り気だった。しかしお稽古の経験者である親たちの猛烈な反対には逆らえないようで、ごめんねと頭を垂れる。


 それでもアルフはめげずにテーブルを回っていく。途中、びくびくして親の後ろに隠れていた兎獣人のグリンにも優しく声をかけ、あの時はごめんなと頭を撫でておいた。

 テーブルを離れる頃に笑顔になってくれたが、お稽古は不参加。明日は仲間たちとイチゴヘビ討伐の依頼を受ける予定らしい。

 そのうちシュノンも駆け寄って来て、従兄弟たちを明日のベルレモン祭り最終日に誘うべくアルフと共にテーブルを回りだした。


「え、泊まっていいの? じゃあそうするよ! 皆~、明日も美味しいものが食べられるぞ~!」


 まったく声をかけてないのに、たまたま料理を運んでいたキールが耳をぱたぱたさせて席に走り、妻と七人の子供を抱き締めてはしゃいでいる。運んでいたお皿には鱗とにょろにょろの形が特徴的なスネークキャロットの串揚げがたくさん。


「ったく、フェグナリア人参はどうしたんだ」

「す、すみませんお義父さん。助かります」


 キールの妻であるファビナだけは申し訳なさそうで、アルフの元へやって来た。

 まともに働かないキールのせいで生活が苦しいのだろう、服はほつれているし頬はややけている。よくみれば子供たちも同じような状態だった。

 いったい、いつからこんな状態なのか。キールはどういうつもりなのだろう。

 愚かしい息子に目を細め、あとでちゃんとしたものをファビナに渡そうとアルフは決めた。

 それからキールに悟られないよう、ずっとキラキラした笑顔で隕木ジュースを飲んでいるアドイードにこっそり伝えた。


『孫たちの稽古が終わったら、キールを機織鳥の住み処プロセイダエコロニーのババアのとこへ放り込むぞ。根回ししといてくれ。あとロックを絶対逃がすな』

『いいけど、アドイード御褒美が欲しいよ』

『考えとく』


 アルフが御褒美のおねだりを簡単に了承したということは、きっとずいぶんテキトーなものになるのだろう。


「なぁ母ちゃん、いいだろー?」

「SSランク冒険者の指導なんて一生に一回受けられるかもわかんないって」


 カーラのテーブルに来るとラゼルとカシオが、母親におねだりしているところだった。


「後悔してもしらないわよ」

「後悔なんてしねぇよ!」

「そうだぜ!」


 カーラは深部塔上層一〇三階ドールタウンでの辛い日々を思い出して、深い深い溜め息をついたが、結局息子たちの願いを聞き入れた。


 それから数時間、生き人形たちが本性を垣間見せるといったハプニングはあったものの、なんだかんだパーティーは盛り上がり夜はふけていった。


 ちなみにラゼルに掴まれていた生き人形は、アルフが稽古遊びを了承した瞬間、ひっそりと深部塔上層一〇三階ドールタウンへ戻り、仲間と楽しい遊びの準備を始めていた。

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