第54話 ダンジョンのパーティー
深部塔上層九四二階の大きな家はいつぶりか、人で溢れ返っていた。
アルフの子供たちは兄弟との年単位の再会に盛り上がる者、誘拐の如く連れて来られたことに腹を立てる者と真っ二つに分かれている。
そして彼らの家族たちは状況がなにも理解できていない者たちばかり。困惑顔、この言葉がこれ以上しっくりくる状況はあるだろうか。
彼らは妻や夫に説明を求め、子供たちは上級貴族の屋敷のような場所と普段接することのない様々な種族にワクワクとソワソワで首を動かすのに必死だった。
そのうちポロっと取れないか心配になる。実際、転がって行った自分の頭を追いかけている兄妹もいて、それはきっとデュラハン族なのだろう。
アルフの子供たちは総じて返答に困っていた。そこかしこで苦笑いが見てとれる。
今いるロビーは拡張され装飾まで施されているせいで思い出の中と違いすぎるし、集められた理由も不明とくれば、そうなるのも仕方がない。
そんな彼らにアルフを手伝っていた独身組とカーラ夫婦、それとレノン夫婦が説明して回っている。
既に色々知っているシュノンは戸惑いなどなく、初めて会う従兄弟たちにおおはしゃぎ。
とびっきりの笑顔で従兄弟たちの手を取り話しかければ、同年代の男の子はもれなく顔を赤くしてモジモジしていた。
レノンたちが全員に説明し終えた頃、まるで見計らったかのようにすこぶる上機嫌なアルフがやって来た。
お腹にこれまた上機嫌なアドイードを蔓でくくりつけている。
向かい合うのではなく、アルフもアドイードも正面を向いている体勢は誰が見ても様子のおかしな二人組に感じるだろう。
しかしこれはアルフがアドイードにしてやると言った御褒美のバグ。
世間一般ではバックハグと呼ばれているそれだ。
「ねぇ、ママ。あの人だあれ?」
「なんで小さな子がお腹にくっついてるの?」
「お義父さんとアドイードよね……え、なにあれ?」
なのにどうしてこんな妙ちきりんに見えるのかというと、長時間のバックハグを要求し、さらにアルフの服の中に潜り込みたがるアドイードと、それらを断固拒否するアルフが話し合い妥協し合った結果だからだ。
アルフの子供たちは我が子や伴侶に説明するも、不思議そうな顔をされるだけだった。
それを知ってか知らずか、アルフは何を気にすることもなくピタリと立ち止まると、足下に木の枝と草でできた小さなスピーチ台を作り出しそのまま喋り始めた。
「ごほん。やぁ、久しぶりだな愛するコルキスたち、そして可愛い孫たち。義娘、義息子たちも元気だったか?」
「私はテミアよ!」
「ジャンだ!」
「アーサーだよ!」
「ミモラよ!」
次々と自分の名前を訂正するアルフの子供たち。彼らは皆、コルキスと呼ばれるのが好きではない。
「あ、えーと、ちゃんと分かってるぞ。でも今一人づつ名前を呼ぶと時間がかかるだろ。とりあえず、ミドルネームで我慢してくれ」
それらをサラッと流してアルフは続ける。
「一応、全員に会ったことはあるんだけど、小さい孫や一人っ子は覚えてないかもだから改めて自己紹介するな。俺はアルフだ。皆のお爺ちゃんになるんだけど、アルフって呼んでくれたらいいからな」
「アドイードはアドイードだよ。アリュフ様はアドイードのだかりゃ好きになっちゃダメだかりゃね」
アルフの呼吸の合間をぬって、しっかり釘をさすアドイード。既に、アルフに見とれていた何人かの孫たちを要注意人物として記憶したらしい。
「突然連れてこられて驚いていると思う。でも急に皆に会いたくなったんだ。なにかやりかけてたって人もいるだろうけど、それは諦めてくれ。そのかわり美味しいものいっぱい用意したぞ。
言い終わると同時に食堂へ続く扉が開く。花火のようなものが天井付近で弾け、どこからか愉快な音楽が流れ始めた。
王族主催の晩餐会にも引けをとらない煌びやかな、それでいてしっかり木の根や植物たちも主張した会場に変貌した食堂から、美味しそうな匂いが風魔法に運ばれて全員を包みこむ。
アルフが手柄を独り占めにした、超高級食材を惜しみ無く使用した料理の数々は、ビュッフェ形式で四方と空中にズラッと並び、早く食べてと見た者を誘惑してくる。
さらに上品さと無骨さを合わせ極めたような円卓が各家庭分用意されおり、そこから
アルフの子供たちはもれなく小さな悲鳴を上げたが、それらのボスが悪魔のような形相で見張っているのに気付き安心したようだ。
ちなみに、そうとは知らない者たちはお義父さんもしくはお爺ちゃんって人形使いなんだなぁと思っただけだった。
可愛らしくおめかしした魔物たちはちょいちょいつまみ食いをしたり悪戯をかますつもりなのだが、とりあえず今はしおらしくしている。皆にお酒が入るまでは……。
頼んでもいないのに世界中からお酒をかき集めてきたそれらの思惑通りというか、大人たちが最も目を輝かせたのはお酒の豊富さだった。
世界中の銘酒珍酒が取り揃えられ、それが飲み放題とくれば、泥酔からの二日酔いは確定だろう。
多くの者が料理よりもそちらを見て喉を鳴らしている。
逆に孫たちは早く料理を食べたそうに親の顔を伺って、中には催促する子たちもちらほら。それらに気付いた「行ってきなさい」という言葉を合図にワッっと料理へ向かって駆け出していく。
その目はどれも輝いており、初めて会う従兄弟たちとも一瞬で打ち解けキャッキャし始めた。
その光景は幸せの塊で、親たちの頬も自然と弛んでいき、まあ仕方ない、自分も楽しもうと決めた。
かと思えば、特に腹を立ていた者たちは静かに立ち上がり我先に文句を言うためアルフ目掛けて走り出した。それはそれ、これはこれなのだ。
自由気ままで、今思えば常識外れだと染々実感する父に何を言っても無駄だと分かっていても一言言いたいのだ、拳と共に。
勝手すぎる、こっちの予定も考えて、こんな贅沢子供によくない等々クレームと打撃の嵐。
しかしアルフは子供たちが自分に群がってきたことにいたく感動したらしい。ひどい暴言を吐く者や本気で殴る者もいたが、そのすべてを笑顔で受け入れて、ニコニコと嬉しそうに頭を撫でたりハグをしていく。
その都度アドイードがムギュッっと潰れそうになるのもお構いなし。ありゅふ様
「お義父さん、凄いことになってるなぁ」
「仕方ないわよ。さて、父さんたちは放っといて私たちも楽しみましょう。あなたはあっちからお願いね」
レノンはシュローに微笑むと蟹料理を集めるべく走り出した。通りすぎるテーブルやすれ違う兄弟の皿から蟹だけをかっさらいながら。
そんな相変わらずな姉に関わるのはよそうと視線を反らしたのは、アルフを手伝っていた独身組の一人、ニールだった。
ニールたちは食堂の隅に用意された円卓で食事をしている。
クリスとシャーリー、それからコピアとニールは別の独身組のドロテナ、スピネル、フェイン、そして最後までアドイードから逃げ回っていた小瓶小人という種族のロックとお酒片手に近況報告や思い出話、アルフの悪口で大いに盛り上がっていた。
テッドは別テーブルで仲間を甲斐甲斐しくお世話しており、同じく別テーブルにいるカーラとセルシオは息子たちと料理に舌鼓を打っている。
「なぁ母ちゃん。揉みくちゃにされてるアイツ、本当に俺の爺ちゃんなの?」
カーラの息子、長男のラゼルがそう言ってマトラピンクドラゴンのステーキにかぶりつく。
「俺たちより年下に見えるんだけど、何歳なんだ?」
これは次男のカシオ。いきなりケーキを山盛り持ってきた彼は、口に付いたクリームをペロッっと舐めて顔を上げた。
二人とも母親譲りの蛇の下半身と灰色の髪の毛、父親からはドラゴニュートの翼に加えて、逞しい肉体と凛々しさを受け継いでいる。
カーラ、ラゼル、カシオ、そしてセルシオは家族で冒険者をしており、貴族もビビるAランク冒険者パーティー、ラミアと翼とは彼らのことだ。
「そうよ、私の父さんだもの。歳は今年で一一六よ」
セルシオとひまわりチキンのローストをイチャつきながらシェアしていたカーラが手を止めて、我が子二人を見た。
「なんか弱そうだな」
「あ、兄ちゃんもそう思う?」
知らないって怖いなとカーラは思った。
そもそも本気の身体強化までしてぶん殴ろうとする兄弟たちの拳を、避けもしないで無傷のままハグするアルフを見て弱そうなどとは、冒険者としてどうなんだとも思った。あれはすべて薄くて透明な
「あんたたち、飛べない私にも勝てないくせに馬鹿言うんじゃないわよ。見てなさい」
カーラは言い終わるやいなや、いきなり上級雷魔法をアルフめがけてぶっぱなした。
未だ子供たちに囲まれているアルフに、雷槍が紫色の光を放ちながら襲いかかる。
しかし誰一人慌てる様子はない。
アルフにいたってはぼんやりした顔で魔法を眺めている。きっと綺麗だなぁなんて思っているのだろう。
「か、母ちゃん!?」
「なにやってんだよ!」
慌てふためくラゼルとカシオだったが、カーラの魔法が被害を出すことはなかった。
一瞬、兄弟たちがカーラを見ただけ。ただそれだけだった。
「ほらね、私が使える最強の魔法でもああやって無効化されるのよ。それもぶつかる瞬間に強化された魔法をよ」
ラゼルとカシオは気付いていないようだったが、カーラ家担当の生き人形がしれっと魔法を強化していたらしい。
「見ろよ、あの余裕ぶっこいた
息子二人は可愛いらしい女の子の人形が口汚くアルフを罵ったことにも驚いたが、発動後の魔法を強化したことにはもっと驚いた。
そんなことは、そうそうできることではないのだ。
「そういえばお義父さんてSSランクの冒険者だったね」
セルシオの言葉にラゼルとカシオは一瞬固まった後で、生き人形をひっ掴むと目をキラキラさせてアルフに近寄っていった。
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