第34話 ダンジョンはドカ食いを目論む 

 親子喧嘩から一週間。

 アルフはアドイードと共に魔法王国を観光していた。


 目的は果たせなかった……というより元々存在していなかったのだが、せっかく魔法王国まで来たのだ。久しぶりに故郷を見て回りたくなったらしい。


 今日のアルフたちは何度目かになる王都の食べ歩きをしている。

 古めかしい玩具屋、妙な場所にある魔法雑貨店、簡易ゴーレム工房など、お決まりのコースである思い出の店を回りつつ、それらの店主たちを食べているのだ。

 店主らはアルフたちが来ると、どっと疲れることが不思議でたまらなかった。

 

「次はありぇ食べたい」


 アドイードが上機嫌な様子で魔力マナポテトの屋台を指差した。


 二人が出てきたのは、王都へ着いた初日にアルフが住み心地を気にしていたツリーハウス。ただの民家にも関わらず、ここもお決まりのコースに含まれていた。

 初めはアルフが住人をナンパするか、アドイードが魔法で眠らせるかで揉めたが、間をとって外出中に侵入することに決まった。

 この家の使い魔、お手紙サボテンレターカクタスが尋常じゃなく美味しいのだ。どうにかスカウトできないか思案している。けれど今日も良い案は思い付かなかった。


魔力マナポテトか……それくらいならいいけど、せっかくならご馳走探しはどうだ? 王都へ来た初日に移動式ダンジョン屋の宣伝をしといたんだけど全然なんだよ。入口が難しすぎたっぽい」


 さすがに買い物かごの中は無理があったか、と反省している。


 ちなみに移動式ダンジョン屋として使っている階層は、深部塔の下層一〇階~上層一〇階まで。

 フェグナリア島から繋がる壁の内部とは違い難易度を極端に低くしてある。

 不味い奴の魔力などを食べなくて済むようにするには、そうせざるを得ないらしい。

 今回入口を繋げた【深部塔初めの階層ルルノ地区C-大樹森の廃村】【深部塔初めの階層ポポス地区L-空谷くうこくの神殿跡地】は、その中でも最も優しいエリア。

 不味いそれらを嫌いな先輩ダンジョンに、返却不可で送り付けることができるようになっている。


「わぁ、いいねいいね。どうすりゅ? 強いのじっくりぃ? そりぇとも弱いのたくさん?」


 さらに上機嫌になったアドイードがアルフの肩によじ登って座る。


「どうかな。ギルドにいる連中次第だ。ここからだと……冒険者ギルドの方が近いな」

「どっちかなぁ。アドイードどっちも好きだかりゃ迷うね」


 アドイードは想像して涎を垂らした。

 アルフはそれが頭に落ちる前に卵にして汚れから身を守る。肩車をするとこういう危険がよくある。慣れたものだった。


「その前に着替えるか。ちょっとラフすぎる」

「アドイードに任せて」


 ぶるぶるっと体を揺らしたアドイードの背中から大きな葉っぱが出てアルフを包んだ。


「ありぇを~、こうして~、こりぇを~、ああして……できた!」


 葉っぱが消えると、アルフはそこそこやり手の冒険者に見えるような格好になっていた。

 これはベテラン、駆け出し、どちらに声をかけるにしても便利な格好であった。


 木葉のマスクで顔が隠されているのは浮気防止のため。

 ぽやんとしているアドイードだが、先手を打つこともできるのだ。


「うわ、凄い混雑してるな」


 冒険者ギルドは新しい依頼が張り出される早朝と、依頼を終えて納品にくる夕方が一番賑わっている。

 今は昼過ぎ。それでもこの広いクランバイア王都の冒険者ギルドは人で溢れかえっていた。


「今日は弱いのたくさんになりぃそうだね」


 ギルド内をざっと見回したアドイードはウキウキした声で言う。

 その言葉どおり、どういうわけかギルドには駆け出しばかりが集まっていた。


 ベテラン冒険者と駆け出し冒険者の違いは装備品を見れば一目瞭然。安っぽいものを身に付けているのが駆け出しだ。

 とはいえ、ここは魔法王国の王都。魔法に関連する職業の者に関していえば、並み以上の装備品を持っているのがほとんどだった。

 ただ、そういう冒険者は大抵クランバイア魔法学校の卒業生で、魔法関連ギルドでよく見かける。

 この光景は不思議だった。


「僕は火魔法のクラスで三番目に優秀だったんだ」

「私は雷魔法のクラスで一番だったわ」


 などなど、自分がいかに魔法学校で優秀だったか自慢している者も少なくない。


「ああ、今日は魔法学校の卒業三日目なのか。そりゃ駆け出しばっかりになるわけだ」


 若者の話を盗み聞きして、アルフはやたら若者が多い理由に合点がいった。


 クランバイア魔法学校の卒業日は盛大な卒業パーティーがある。

 八年という長きにわたる厳しい教育を耐え抜いた卒業生は、解放感から飲酒しまくる。


 結果、翌日はほとんどが二日酔いでダウン。


 この国の冒険者育成所はそれ考慮して、養成所の卒業日を設定している。

 そのため卒業三日目は、冒険者志望の魔法使いや冒険者養成所の卒業生でギルドがごった返すのだ。


 そんなわけで、ベテラン冒険者たちはこの日を休日にする者が多い。

 目を付けた駆け出したちの後をつけてパーティーに勧誘するか等を検討するために。

 ギルドの端で腕組みしているやつらがそれだ。


 誤解のないように言っておくが、魔法学校卒業生の中にはきちんと自重し卒業翌日から活動するものもいる。

 そういった若者は大抵、トップ成績の優秀者であり、宮廷魔法師だったり貴族のお抱え魔法使いとして雇われている。

 つまりここにいる者たちは、なんだかんだとアピールしているが、実力はそこそこ。もしくは心の底から冒険者になりたいかだ。


「お、あそこの六人組、装備は微妙だけど良いバランスだな。見込みもありそうだし、味も期待できそうだ」


 アルフが目を付けたのは、前衛が下級魔法剣士スペルソード下級魔槍使いスペルランサー中級キノコ魔盗士ペインマッシュルーム。後衛に氷の魔女アイスウィッチ下級精霊使いエレメンタラー呪歌使いガルドレという六人組のパーティー。


 居心地悪そうにギルドの端で小さくなっているのを見るに、王都の魔法学校出身ではないのだろう。


 魔法学校は世界中に存在する。中でもクランバイア系列の魔法学校は、優秀な魔法使いを発掘し、クランバイア魔法王国に迎え入れるという理由の他に、諜報活動の一端も担っている。

 元王子のアルフとしては、クランバイアの諜報活動といえば魔法関連ギルドの存在が真っ先に思い付くのだが、今は関係ない。


「おい、お前ら。今日が偉大な魔書グリモアニア=イステの卒業生が集まる日だって知らなかったのかよ」

「クスッ、見たところ十三番目サーティーン出身みたいね。さっさと地元に帰ったら?」


 アルフは小さな溜め息をついた。


 クランバイア魔法学校の生徒全般に言えることだが、中でもクランバイア王都校の者はプライドがめちゃくちゃ高い。


 クランバイア王都校こそ本物の魔法学校であり、その他の、特に他国にあるクランバイア系列の魔法学校を下にみている。

 また、クランバイア系列でなければ魔法学校とすら認めていないのだ。


 毎年行われるクランバイア魔法学校祭では、世界中の魔法学校から選抜された生徒が集まり、多数の称号を巡って争われる。

 クランバイア王都校は必ずそのどれかを勝ち取っている。

 最近は勝ち取った称号で学校を呼び分けるのが主流のようだ。

 十三番目サーティーンとは、その称号を一つも取れなかった学校に付けられる蔑称。第十三王子だったアルフが無能であったことに由来する。


 偉大な魔書グリモアニア=イステの称号を語るところを見るに、今年の卒業生は優秀な魔書使いが多かったのだろう。

 その割にこの場に魔書使いがいないのは気になるが……魔法関連ギルドの方にいるのかもな、とアルフは考える。


「それがなんだってのよ!」

「そうだぜ、だいたいお前らの中に魔書使いが一人もいなじゃないか!」

「他人の栄誉を、さも自分のもののように騙るなんて詐欺師と同じだわ!」


 十三番目サーティーンと言われたのが相当ムカついたのだろう、後衛の三人が烈火の如く言い返した。

 しかしそれはまずい選択だった。ここはクランバイア王都、六人組は完全アウェーなのだ。

 案の定、六人組を取り囲んで多数対少数の言い合いが始まってしまった。


「出直す?」


 飛び交う罵詈雑言を嫌ったアドイードが耳を押さえながら聞いてくる。


「うーん、今から魔法関連ギルドに行ってもいいんだけど、距離があるから面倒臭いな」


 そう言ってアルフはマスクを外して進み始めた。

 六人組を取り囲む駆け出したちを掻き分けて進み、目に力を込めて振り返る。


「俺の仲間が失礼なこと言ったみたいだね、申し訳なかった。なにぶん田舎者なもんで」


 こういう奴らは自分を下にして謝れば、気持ちよくなって扱いやすくなる、とアルフは考えている。


 なにより、かつて顔がいい王族ランキングなるもので一位になったこともある、男女関係なく虜にする自分の容姿に絶対の自信があるのだ。

 アルフは中性的というわけではないが、同性から見ても憧れるほどの美形であるのは間違いない。しかも嫌味のない爽やかさも持っている。


 中身がどうかは置いといて。


 そして大抵の者は自分より容姿の整った相手に甘くなるもの。特に若い女の場合はその傾向が顕著だ。

 男の場合は妙な下心から厄介な絡み方をする者も多いが、今は平気だろう。

 さらに言うとこれから口にすることが、駆け出し冒険者に響かないわけがなかった。


 なんだお前、という六人組を小さく制してアルフは続ける。


「お詫びといってはなんだけど、さっき移動式ダンジョン屋の入り口を見つけたんだ。その場所を教えるから許してくれないかな?」


 少し困ったように、やや懇願するような印象も付け加えた表情を作るのがコツだ。


 狙いどおり、間近でアルフを見ていた者は顔を赤らめている。

 気の強そうなあの自称三番目に優秀という火魔法使いにいたっては、股間を気にしてモジモジしている。


 それらすべての顔をアドイードが覚えたのは言うまでもない。


「移動式ダンジョン屋ってあの!?」

「すごい! 冒険者初日でいきなり大儲けできるじゃない!」


 などと騒ぎ始める駆け出したち。ついでに、様子を見ていたベテラン勢も色めき立つ。


 どこだよ、さっさと教えろよ、という乱暴な言葉にも笑顔で対応するアルフは思惑どおりに事が運んでウハウハだった。今日はフレッシュな若者をドカ食いできる、と。


「さて、君たち。あいつらを見返してやりたくない?」


 すっかり静かになった冒険者ギルドで、アルフは改めて六人組に声をかけた。


「と、その前に、とりあえず場所を変えようか」


 依頼を一つも請け負ってもらえなかったギルド職員が凄い形相で睨み付けているのだ。

 アルフは困惑する六人組を連れて足早に冒険者ギルドを後にした。

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