第33話 ダンジョンの末娘
ここはかつてアルフが孤児を引き取って面倒を見ていた思い出の階層。
上級貴族の館のような大きな家と、美しいく広大な庭園がある。その庭園には背の高い老木があり、アルフはよくその下で子供たちとピクニックをしていた。
フェインが独り立ちしてからは封鎖していた階層でもある。
一転して尊敬の眼差しになった従業員と冒険者たちを帰したあと、予想通りフェインが九四二階へ行きたいと言うからアルフが連れてきたのだ。
「わざわざあんな方法で接触しなくてもよかったのに」
約一〇年ぶりの再会となったフェインの淹れた紅茶を飲み、ずいぶん上手に淹れるようになったなと感心する。
「あの兄弟があまりにも不憫で……パパなら絶対助けるだろうなって思ったのよ。ほら、ユクトたち狼獣人だし。それに私が直接お願いしたらもっと時間かかってたでしょ。魔法薬師として成長するために、とか言って素材集めからやらせるに決まってるわ」
まったくもってそのとおり。アルフは「そんなことない」と言うが、さっと反らした目がすべてを証明していた。
「それでことの経緯なんだけど――」
フェイン曰く、ユクトとリリイの怪我はフェインがテラテキュラ王国の冒険者ギルドに出した依頼の最中に負ったものなのだとか。
依頼はユクトたちが先に受注していた。
なのに出発直前、どうしても自分たちが受注したいとゴネた別のパーティーがいた。
ギルドの頼みもあり仕方なく合同受注になってしまった。
目当ての素材は早々に採取できたが、帰りがけに見つけた珍しい魔物にそのパーティーが攻撃。ユクトが止めるのも聞かずにだ。
ユクトの予想通り魔物は変異種でとても強く、負けると確信したそのパーティーのリーダーは、リリイの右目を潰してユクトたちを囮に逃げ出した。
ユクトたちは偶然通りかかった高ランク冒険者に助けられるも、既に腕や足を失った状態だったらしい。
それを知ったフェインはユクトたちをクランバイア王都に呼び、国民認定に必要な保証人にもなり援助していた。
しかし悪評から逃れるために拠点を変更した例のパーティーがクランバイア王都に流れてきたのだ。
騒がれるの嫌がったそいつらは、ユクトたちを追い出そうと彼らが諜報員だとでっち上げた。そのせいで役所の調査が長引き、国民認定が大幅に遅れてしまったという。
しかも調査終了までユクトたちとの接触禁止令が出され、表だった援助ができなくなったのだ、と悲しそうな顔する。
続けて「本当は自分が欠損復元薬を作れれば良かったのだけど」と呟くが、そんな薬を作れるのは魔法王国といえど数人しかいない。
欠損復元薬の創薬となると魔法より難易度が跳ね上がるのだから。そして彼らは全員、宮廷魔法薬師として抱え込まれている。
アルフの苦手な
だが欠損部位は時間が経てば経つほど、それらの効果が効きにくくなってしまう。傷口が塞がるとその確率は二割にまで低下するのだ。
ユクトたちの傷口は完全に塞がっていた。だからもうアルフに頼るしかないと思ったらしい。
また、あの古井戸の家は例のパーティーに絡まれないためにこっそり貸したという。
幼いフェインが王都の魔法学校へ通うことになり、アルフとアドイードが作り与えた鉄壁の守を誇るあの
アドイードはきれいサッパリ忘れているようだったが、アルフはすぐにわかった。
あの井戸のギミックは
「それなら店を復元した時に言ってくれればよかったじゃないか。こそこそ隠れて様子見てただろ?」
「あの時は人目がかなりあったから。そもそも
確かにあいつが余計なことをしなければ、もっと早く終わっていたとアルフは思った。
しかし最初にグルフナが行動しなければ、面倒臭がった自分のせいで余計時間がかかったかもしれないとも思った。
「根下ろしのお仕置きは止めてやるか」
「え、そんな酷いお仕置き中心なの? あれお尻叩きよりキツいやつじゃない」
「まあ色々あってな」
今朝の出来事で、一〇〇年前の疑惑と自分を助け起こさなかったことを合わせて相殺してやろう。そう考えたアルフはグルフナのことを思い浮かべて、埋め込んだ根を消そうとした。
が、直ぐに気が変わった。
案内人の説明もそこそこに、ユクルたちの食料をばくばく食べている姿が見えたのだ。
「
自分の使い魔がああも卑しいなんてと呆れて果て、何も相殺しないと決めたアルフは話題を変える。
「だって皆、パパが強いって信じなかったんだもん」
従業員たちに欠損復元薬の素材集めはどうするんだ、と言われた時にアルフのことを伝えたらしい。もちろんダンジョンではなく腕利きの冒険者として。
なのに誰も信じなかった。ここ数年めっきり話を聞かなくなった
それだけのためにAランク冒険者まで雇うとは、フェインのファザコン具合もなかなかである。
「でもパパが来てくれて本当に良かった。ありがと」
フェインがお礼をいいつつ魔法で紅茶に酒精を加えた。それを見たアルフが嬉しそうな顔で尋ねる。
「で? どっちの魔女と結婚するんだ?」
そもそもアルフがクランバイア王都に来たのはフェインから結婚すると手紙が届いたからだ。
いくらアルフが引き取った子供全員にコルキスと名付けるような親でも、結婚と聞けば大陸を越えてでもやって来るのだ。
今までも子供の結婚には駆け付けていた。ついにフェインも結婚かとお酒を一口飲む。
見た目は一六、七歳。なのにちゃんと父親の顔だった。
「しっかし魔女と結婚するなんてな。どんだけ魔女が好きんなんだか」
アルフは同性婚になんの偏見もない。というより、自分の婚約者は男だし、今も執着しているからどうこう言える立場にないのだ。
出会ったきっかけはどうあれルトルには自分から求婚したし、ストーカーも男だったし、とおつまみを持ってきて隣に座ったアドイードを見て紅茶のお酒をグビっと煽った。
「あ、そのことなんだけど……」
フェインが両手の人差し指をちょんちょんし始める。都合が悪くなったときにやる癖だ。
「もしかして駄目になったのか?」
努めて明るく聞いたアルフと興味なさそうなアドイード。
「……うん、そうなんだ。わざわざ来てもらったのにごめん」
しょぼんと申し訳なさそうな顔になったフェインだが、手の甲に小さな花が咲いたのを見て焦った。
その望遠鏡のような花は、アドイードがよくアルフに使う浮気看破用の
アルフの「家族間ではいかなる隠し事もしない」という極めて迷惑な提案を実現するため、この上層九四二階に限り全員が対象になると失念していたのだ。
黙っててというフェインの視線を当然のように無視するアドイード。花から伝わってきた「結婚って言えばパパ絶対くるから」と従業員たちに言いながら手紙を書いていた過去を
アルフに耳打ちする。
「コルキス!!」
「フェインよ!!」
久しぶりの親子喧嘩は朝まで続いたのだった。
なお、耳打ちの最中にさりげなくアルフのお酒に混入された、
朝までわくわくしていたアドイードが、しょんぼりしながら飲み残しを処分していたという。
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