第60話 アドイードのお絵描き
アルフがぶちぶち文句を言いながら
隣には白目を剥いて倒れているアドイードが。何かに齧られたのか身体中に歪な穴がいくつも空いている。
「なんで俺がこんなこと。全部アドイードが悪いのに」
アルフとアドイードの首にはグルフナの触手が巻き付いている。逆らおうものなら瞬きする間もなくへし折られるだろうし、側にいる迷惑顔を隠そうともしない棲みかを壊された魔物たちも攻撃に加わるだろう。
「まったく、いい加減にしてくださいよアルフ様。
見張りで立っているグルフナが容赦なくアドイードを揺さぶる。触手美女に擬態しているせいで、揺さぶるたびに大きな胸もぼよんぼよんと揺れている。
「……」
しかしアドイードは何の反応もしめさなかった。
「はぁ、本当にもう……」
つい先ほど、全責任をグルフナに押し付けて逃亡を図ったアルフとアドイードだったが、クインの策略によって呆気なく御用となっていた。
アドイードは精巧に作られたアルフの
ケタケタ笑う生き人形とクインたちによって、何処かへ引きずられていった。
そんなアドイードを当たり前のように見捨てて一人で逃げ続けたアルフだが、クインに
その隙にアドイードに、より地獄を見せる
そして気が付けば、グルフナに首を握られていたのだ。
ここ、不滅のアルコルトルはトップにアルフとアドイードがいて、その下に側近のグルフナとクインがいる。
さらにそこから下へ下へとその他諸々の魔物がいるのだが、グルフナとクインをはじめ多くのものが上下関係という意識に希薄であるため、割りと平気でアルフたちにも牙を剥く。
アルフとアドイードにしてみれば、
装備者や敵に合わせて馬鹿みたいに変化し続けるグルフナの攻撃はかなり痛いし復元が長引く。クインはさらに精神を潰しにかかってくるのだ。
「あははは、父さんは僕を甘くみすぎてたんじゃないの?」
愉快な声を出すのはアルフを足止めしていたキールだ。
両手にはきっとアドイードの畑から勝手に収穫したのだろう、美味しそうな空色の
『馬鹿なやつだ。そう思うだろアドイード』
『そうだねアリュフ様。生き人形が大人しく言うこと聞くはずないのにね。キーリュは馬鹿だね』
アルフの呼びかけに、ついうっかり白目を剥いたままのアドイードが応えた。
「おい、グルフナ! 聞いただろ! やっぱりアドイードは目が覚めてるぞ!」
「はい、聞きました」
『はわっ!?』
グルフナは触ってさえいれば、アルフとアドイードの思考をある程度まで読み取ることができる。
「じゃあもうあとはアドイードに任せていいよな? 俺はアドイードがサボってたあいだ、しっかり働いたから――ぐぇ」
そう言って立ち去ろうとしたアルフの首がきゅっと締まる。
「なに言ってるんですか? こんなの働いたうちに入りませんよ。僕なんか地平線の向こう側まで畑を耕したりしたんですから。それに比べたら、ねぇ?」
どうやらグルフナはドアに貸し出されたことを根に持っているらしい。
「そうだよ父さん。しっかり働かなくちゃ子供や孫を養えないよ」
「逃げようとしないで。また芋虫の餌になりたいの?」
グルフナがアルフに気を取られているとみるや、気絶した演技を止めて逃げ出そうとしたアドイードを、姿を消して監視していたクインが現れ制止する。
「ひっ」
無表情で手の平から芋虫を湧かせているクインの姿は、壁の上の方に勝手に住み着いたおっかない大悪魔のようだとアドイードは思った。
「ほら、さっさと働けよ」
別人格のクインも現れて、芋虫をもっと湧かせながら迫ってくる。
「うぅぅ、やりゅよ。やりぇばいいんでしょ。
冷や汗を誤魔化すように、やれやれと立ち上がったアドイードが自分たちの首に巻きついたグルフナの触手をズパッと切り裂いてから、魔法陣を描き始めた。
まるでお絵描きでもするように、
それを圧縮してまた別の呪文を書き込み、さらに圧縮。
その作業を何度も何度も繰り返して作り上げた立体魔法陣に、これでもかと駄目押しの魔力を流し込めば、それはそれは神秘的な光を放つ巨大な樹木状の立体魔法陣が完成した。
「ああ、そういうことか」
魔法理論とか魔法陣学といったものを完全に無視して感性と雰囲気で描かれるアドイードの魔法陣は、二人で一つのアルフでさえ完成するまで何がしたいのかサッパリ分からなかったらしい。
わざわざアドイードが魔法陣を描くなんて面倒臭いことをしていたのは、過去改変の大魔法を使うためだったのだ、と魔法陣に吸い込まれていく側近二人とその他すべてを眺めながら理解した。
過去を改変するには尋常でない量の魔力を必要とするし、お腹もめちゃくちゃ減る。
それに過去を変えたからといって事態が丸く収まるということはない。いずれまた似たようなことが起こるのだ。
それでもアドイードは今の状況を変えたかったのだろう。ヴィレッタに恨まれるのがそれほどまでに嫌らしい。
ちなみに必要以上の魔力を使っていたのは、クインやグルフナにばれないよう、ダンジョン修復の魔法陣を偽装したから。
しかし、アドイードは元々アルフでさえ理解に苦しむ独創性にまみれた魔法陣を描くのだ。そんなことをしなくても誰にもばれることはなかったはずだが、アルフは満足気なアドイードになにも言わなかった。
「ふぅ、こりぇでファーガスの剣にパンツが混ざった原因がグリュフナ君とクインのせいになりゅね」
「……なんて酷いことを」
言葉とは違って、アルフの表情はニタニタしている。
「でもまぁ、俺はそんなアドイードが好きだぞ」
「ふぁ!? ふわわわわわわっ!?」
そんなつもりはなかったのだが、アルフの突然の告白にアドイードが壊れた。妙な動きと謎の呟きでウロウロし始める。
しかし早いとこ魔法を発動させなければ、中に閉じ込めた側近二人が魔法陣を壊してしまうかもしれない。
アルフは壊れたアドイードを抱き上げると、耳元で何かを囁いた。
それはそれは甘い囁きだったようで、アドイードは蕩けるようなだらしない顔になってコクコク頷いている。
そしてそのまま魔法を発動させた。
◇
「ありがとうグルフナ!」
「私からもお礼を言わせていただきます。偶発的だったとのことですが、素晴らしいものをありがとうございます」
おかしい。
アルフは腹を満たしながら、物影からグルフナたちの様子を盗み見て思った。
ファーガスもヴィレッタも、パンツと融合した剣をいたく気に入っているのだ。
「クインもありがとう! アドイードの葉っぱが私の魂に混じるなんて……あぁ、力が無限に沸いてくるようだ」
無限は言い過ぎだったが、確かにファーガスがあり得ないほど強くなっている。
すべてが一〇倍。
もちろん条件付きでその状態になれるわけなのだが、アドイードはとんだ化け物を産み出してしまったらしい。
「それは俺とアドイードのお陰っていうか……」
都合が悪いと逃げ出して、あまつさえその責任を他人に擦り付けたくせに、だんだんと息子夫婦に感謝される側近二人が羨ましくなってきたアルフ。何か言いた気に、床に這いつくばって作業するアドイードを見た。
だがアドイードは空腹もファーガスたちも、もうどうでも良さそうだった。
アルフはふよふよと近寄ってきた失敗作の立体魔法陣を指で弾いて口を開く。
「なぁ、もう一回だけ過去改変の魔法を使わないか?」
「できないよ。一回改変した過去はもう変えりゃりぇないし、あの魔法もしばりゃく使えないもん。アリュフ様知ってりゅでしょ」
「それはそうなんだけど、どうにかならないか?」
「なりゃないよ」
アドイードは手を止めないし顔も上げない。
アルフに囁かれた言葉を無限リピートするための新しい
そこかしこに失敗作の魔法陣が溢れている。
アルフが指で弾いたのと同じ、怪しげな失敗作も数多く空中に漂っていた。
無かったことになった事象の再現と固定化。さらにその繰り返しというウルトラ級の難題しかないこの魔法陣作りは、きっと失敗に終わるだろう。
いや、もしかするとアドイードならやってのけるかもしれない。
だからこそアルフは期待してしまうのだ。
「なぁ、そんなこと言わずにどうにかしてくれよ」
「アリュフ様がファーガスたちと楽しそうにすりゅのアドイード嫌だもん。それにそんなお絵描きのけんきゅーしてアニタちゃんたちに怒りゃりぇたくないよ」
「心が狭いぞ。そういうのをケチっていうんだ」
「パンツくりぇないアリュフ様と一緒だね」
アドイードの言葉にアルフはそれ以上なにも言えず、ただただ面白くなさそうにするのだった。
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