第47話 シュローの勘違い

 アルフたちはシュローを送り届けるため、ウルユルト群島国にあるベルジュ島へ向かっていた。


 ウルユルト群島国には様々な海洋種族が暮らしており、伝統的な模様の薄い布を体に巻いたり、露出の多い格好をするものが多い。また、食事は新鮮な海の幸で溢れていて、海鮮好きにはたまらない国だろう。

 まあウルユルトに島を持つアルフにはわかりきったこのなのだが。

 この国に島を作ったのは、海の幸・・・がずば抜けて美味しいからという理由もあったわけで。


「もうちょっと速度を上げようかな」


 なんでもシュローは急いでいるらしいく、アルフは卵を変形させた空飛ぶ船で向かうことにした。アドイードの魔法で転移してもよかったのだが、無理をさせたあとだし休ませたかったらしい。

 とはいえアドイードは体内ダンジョンで同胞とコソコソ何かをしているのだが……。


 ダンジョンの隠し出入口を使うことは考えなかった。シュローはダンジョンで酷い目にあったのだ。いかな安心安全で善良な自分ダンジョンでも、今のシュローには辛いだろうと思ったのだ。

 

 それから、ドロテナとは樹海の町エデスタで別れていた。

 本当はドロテナも自分の元でしっかり休ませたかったアルフだが、囚われていた旅人たちを放っておけないとドロテナが強く主張したため渋々了承。

 彼らを樹海の町エデスタへ送り届け、聖夜に喰われた人たちもアドイードが拾ってきた骨から肉体を復元。家族の所へ帰してあげて欲しいとドロテナに託した。


 そんなわけでアルフとシュローは船内に二人きり。

 本当ならもっと楽しい旅行になるはずだったのに、なにもかも聖夜とクランバイア王家のせいだと少しイライラしているアルフ。

 そんな義父の様子にシュローはただただ小さくなっていた。

 もしかして妻のレノンから夫婦喧嘩の報せが届いてしまったんじゃと、見当違いの焦りでヒヤヒヤしているのだ。


 シュローがわざわざ他国にあるエデスタッツ樹海へ来たのは、仲直りのためにレノンが大好きな樹海ハナサキガニを捕まえるため。

 その帰り道で聖夜に捕まってしまった。レノンに伝えた帰国日をもう三日も過ぎている。


「あ、あの、本当にありがとうございました。お義父さんがいなければ俺は死んでました」


 沈黙に耐えられなくなったシュローが意を決して声をかけた。


「ん、ああ、そうだな。シュローは運が良かった」


 アルフは特に意識したわけではないが、聞いたことのない低めの声にシュローは間違いなく夫婦喧嘩がバレていると確信した。冷や汗が止まらないし視線も泳いでいる。


 シュローの記憶にあるアルフは、レノンとの結婚式でとても楽しそうにしていたのと、孫が生まれた時にそれはもうにっこにこで家に入りきらない大量の贈り物を持ってきた二つしかない。

 なのに今はまるで別人のような仏頂面。

 シュローはこの後しこたま怒られるんだろうなと考え、胃が痛くなった。

 なにせシュローが酔って若い女と間違いを起こしそうになったのが、夫婦喧嘩の原因なのだから。


「なぁシュロー」

「は、はい!」


 きた! 断罪の時がまさに今!

 そう決死にも似た覚悟でアルフに向き合ったシュローがごくりと唾を飲む。


「最近エパネブル蟹って食べたか?」

「え? エパ……?」

皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブことだよ」

「い、いえ、シュノンの出産祝いでもらって以来食べてないです。あんな超高級品、蟹漁師といえど滅多に食べれませ、ん……え、まさか………」


 シュローからサーっと血の気が引いていく。

 その顔には、許して欲しければ獲ってこい。そういうことか? と書いてあった。


 アルフの感覚では雑魚の部類になるSランクの魔物エパネブル蟹だが、一般人にそれを獲ってこいと言うのはいっぺん死んでこいと言っているようなもの。

 いくらシュローが凄腕の蟹漁師だったとしても……。


 もっとも、アルフにそんな含みなどない。夫婦喧嘩のことなんて知らないし、例え知っていても少しムッとするかもしれないが、勝手にやってくれとしか思わなかっただろう。


 しかしシュローは違う思いだった。

 どう見ても怒っている義父の原因は自分に違いないと勘違いしている。

 アルフのことはレノンからSSランクの冒険者だと聞かされている。

 実際、結婚祝いや出産祝いに皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブを持ってきた。それも丸々五体も。

 ヘラヘラしながら謎の鈍器であの超硬質な殻を叩き割る現場も見ている。

 愛するレノンの一番の好物で「父さんならいつでも簡単に獲ってくるわ」とよく言っている皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブ

 いつか自分一人で獲れるようになろうと心に決めていたシュローは、暗に「俺はできるぞ」とに言われたような気がした。


「わかりましたお義父さん、俺だって蟹漁師です。皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブくらいレノンの為なら狩ってみせますよ」


 シュローは覚悟を決め、凛々しい顔で言ってのけた。


 互いに異なる思いを抱えたまま波打つ紫紺砂漠へ寄り道したアルフとシュロー。その思いは交わることなく蟹狩りが始まった。が、ものの数分で終了。


「いや~、大漁大漁!」


 あっという間に一〇体もの皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブを仕留めたアルフはホクホク顔だ。

 レノンと孫のシュノンへのお土産としてこれ以上のものはないとキラキラした様子で、倒した皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブを偽卵にしていく。


 一方、悲壮な決意をしていたシュローは茫然自失。出番のなかった勇ましい銛と強靭な網が物悲しさを誘っている。


「ん、どうしたんだ?」

「え、いや、お義父さん怒ってたんじゃ……」

「そりゃ怒ってたさ。あの馬鹿なダンジョンマスターのせいでせっかくの家族旅行が台無しになったんだからな。でも、これでスッキリしたよ」


 アルフのキラキラした笑顔はシュローの知っているそれと同じだった。


「は? あ、ああ……ぁ~、そうだったんですか。それならそうと言って下さいよ。俺はてっきり……」

「てっきり?」

「いや、なんでもないです!」

「ふ~ん」


 何故かあたふたしているシュローに首を傾げるアルフだったが、特に追及はしなかった。


 それにしてもお義父さんメチャクチャ過ぎるだろ。とシュローは思っていた。

 獲物を探すのが面倒だったアルフは、目につく砂漠の砂をすべて偽卵にして砂底にいる蟹を丸裸にしたのだ。

 そしてそのまま蟹の急所を偽卵で貫いていった。誰がどう見ても異常丸だしの狩りだった。


「あ、別の蟹も結構いるな、シュローはあっち側のを獲ってくれ」

「は、はい」


 逃げ惑う砂漠の魔物から蟹だけ選び、次から次へと偽卵にしていくアルフ。魔物でいうBランク以下のものであれば、魂だけを除外して偽卵にできるのだ。


 シュローもイビルムラサキガニやパープルヘイズクラブ、サンドクラブスライム等々、ここにしかいない蟹型の魔物を狩っていく。

 こと蟹に関しては驚異的な強さを発揮するのが、蟹漁師のシュローである。


「もうそろそろいいか」


 辺りから蟹の気配が無くなった頃、アルフがやりきった感を出してシュローを見た。


「そうですね、正直獲りすぎだと思いますし」

「なに言ってるんだ。レノンは蟹なら無限に食べるだろ。あいつ、ご飯が蟹の日は兄弟の分も強奪して貪ってたんだぞ。さっきいたドロテナなんて抵抗したせいで思いっきり鳩尾を殴られて、食事を強制終了させられたんだからな」


 確かにレノンは蟹を前にすると目の色を変える。

 しかしアルフが言うようなことは一度も目にしたことがない。きちんと六人前くらいで食事を終えるのだ。


 嫁の知らない一面を聞かされたシュローは、まだ皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブを狩れないことと合わせて、ちょっぴり悔しい気持ちになった。


 この話をシュローから聞かされたレノンによって蟹倉庫裏に呼び出しをくらうなど考えもせず、アルフはとてもウキウキした様子で波打つ紫紺砂漠を後にするのだった。

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