第26話 呪いの石と小さな人形
アルフたちがやって来たのは、魔法王国の東部にある
千年ほど前、空から降ってきた星の欠片によって、水の精霊を祀る神殿を中心に穿たれた大穴のある、ちょっと不思議な大穀倉地帯である。
大穴の壁には星小麦という植物がびっしり生えていて、それらは過剰な魔素を含んでいるにも関わらず、ヒト種も食することができるこの地方の特産品。
ただ、その収穫量自体は他の穀倉地帯に比べるといささかなもので、にも関わらずここが
祭りの期間中、この地方の領主が大穴の底にあるダンジョンへ魔力を奉納し続ける。
すると最終日にダンジョンから使者が現れて、収穫済みの星小麦に、この一年間でダンジョンに潜った人数と同じ分だけ乗じた量に増やしてくれる。
そして使者が姿を消すと同時にダンジョンから翌年分の種が空に打ち上げられ、その後三ヶ月間、毎夜天から大穴へ星の欠片が燦爛と降り注ぐのだ。
その大穴からほど近い森の中、アルフは首を捻っていた。
「なんだなんだこれ?」
「呪石……だよね?」
明らかに呪術的な処置が見てとれる石が、アルフの
隙間を通って外に出で改めて確認してもやっぱりよくわからない。
呪術があまりにも幼稚というか粗雑というか……とてもじゃないが、高度な知識と技術を要する呪術を生業にする者の仕掛けとは思えなかった。
「こういう素人呪術って関わりたくないんだよなぁ」
「下手にいじったら何が起こるかわかんないもんね」
ニールの見た感じでは、
しかも呪いらしい呪いも発動しておらずまったく意味がわからなかった。
「わっ。なんか出てきたぞ」
呪石がアルフの足元に小さな半透明の石を吐き出した。
「クズ魔石だ。え、もしかしてこれを作るためのもの――って何やってんの父さん」
「ん、ああ、つい、な。魔石って美味しそうだから。クズでも舐めてたら味するし」
「だからって得たいの知れない呪物が吐き出したものを口に入れないでよ……そもそも拾い食いなんて感心しないよ」
子供の頃アルフに言われたことをそのまま言ってやったニールは、少しだけ気分が良くなった。と同時に、もしかすると父がボケ始めたのかと心配にもなった。
マナーだったり諸々の作法だったりにやけに詳しくて厳しかったのに、まさか拾い食いなんて。
後でコピアに相談しようと思ったが、忙しくて気が立っているだろう妹を思い出して小さく首を振った。
「ぺっ!」
「えっ!?」
だがすぐに考え直した。
まるで唾を吐き捨てるようにクズ魔石をペッしたアルフがいよいよ心配になったからだ。
そんな下品なことはしない
「う~ん、呪い臭さはなかったから、元々この石が魔石産みっぽいな。育てたらもっと美味しい魔石を吐き出してくれるかもだし、欲しいなこれ」
ニールが自分の老いなんていう無駄な心配しているなんて気づきもせず、アルフは解呪の方法を考え始めた。
呪術師に弟子入りした
じゃあ旧友のドナトーブに頼もうか……いやいや、昔はともかく今のあいつは
「ちょっと待って。そんなに珍しいものなら僕も欲しいんだけど」
呪石がド級のレア物と判明したと途端、父の介護問題を早々に放り投げたニールがおねだりの顔になった。
兎獣人特有のあどけなさをこれでもかと前面に押し出している。
「駄目だ」
「そんなこと言わないでよ。僕どうしても欲しいんだ。魔石って魔法関連ギルドの方が高値で買い取るからどうしても冒険者ギルドじゃ不足気味になるでしょ」
「知らない」
とりつく島のない父にニールはいつものようにとっておきを繰り出すことにした。
これを言えばチョロい。父はいつだってそうなのだ。
「あのね父さん。前も話したことあるけど、僕、退職後は
ぴくっと耳の動いたアルフに勝利を確信する。
「もし良質な魔石が定期的に入手可能になったら取引先が増えて僕の給料が上がって、そしたら早期退職も夢じゃなくなるっていうか、父さんと同居も早まるっていうか……」
「同居……」
アルフが顔を上げてにへっと表情を緩ませる。
「でね、僕だってゆくゆくは子供が欲しいなって思ってるんだ。仕事が落ち着けばだけどね。僕も早く孫の顔を父さんに見せてあげたいな。グリンみたいな可愛い孫をね」
慣れたもので、結婚どころか特定の恋人すらいないくせに、ニールは渾身の表情でスラスラ述べていく。
アルフはアルフで夢の同居生活を思い描き、だらしない表情でニールの提案に大きく頷いていた。
いつもこうやって丸め込まれているのに、まったく学ばないのはどうしてなのか。
「そうと決まればさっさと解呪しよう。この呪術はここが核っぽいから――」
「ちょっとちょっと! 強引にしちゃ駄目だよ。解呪の副作用で魔石を産まなくなっちゃうかもしれないでしょ」
呪いの核を卵にしようとしたアルフを止めたニールは、呪術師に緊急依頼を出してくると、
父さんはなにもせず待機すること、と厳しく言い残して。
「いや呪いは――って、行っちゃったか」
今日のアルフは珍しく
「依頼って、それじゃわざわざ仕事しに戻るようなものじゃないか」
少し心配になったアルフだが、間違いなくニールはピクニックを続行するだろう。
今みたいなイレギュラーはあっても、一度休暇モードに入ったニールがそれを満喫せず仕事に復帰するとは考えにくい。だって
「はぁ、待ってる間に弁当でも作るかな」
この森の魔素はそこまで濃くない。調整しなくてもニールが食べられるくらいの
それでもニールに悪影響が出ないよう万全を期して、比較的魔素の薄いものから卵を作っていく。ニールの好きな人参味になればいいなと思いながら。
まあ思ったところでそうなるわけではないのだが「父さんこれ!」なんてキラキラの笑顔を見せて欲しいのだろう。
数個作ったとこで背後に気配を感じた。
微かに蔓のカーテンが揺れている。
目を凝らしてみると、出入口と呪石の隙間にボロボロの布切れでできた存在感の薄い小さな人形が立っていた。
「なんだあれ……」
人形が動き始めた。ということは生き人形なのだろうか。
蝶々と同じく生き人形が大好きなアドイードがいれば、即座に飛び付いていたに違いない。
しかしアルフはあまり人形に興味がなかった。
本当はあの囚われていた時に希望をくれた人形さえ側に居てくれれば、それで充分だと思っている。
人形の様子を伺っていると、突然機敏になりクズ魔石を拾って走りだした。
途中、チラリとこちらを見たが、それが何かの罠のように思え、アルフは追おうかどうか迷った。
その時また蔓のカーテンが揺れた。
今度はわさわさ揺れているのでニールが戻ってきたのだろう。
「早かったな……ん? ラモル? それにカプカとアオツノじゃないか。どうした?」
ニールだと思っていたのに、出て来たのが魔物でアルフは驚いた。そして嫌な予感がした。
「はっ! まさか出ていくのか!?」
いきなり「嫌だ」とか「行かないでくれ」とか「悪いところがあれば直すから」とおろおろして抱き付いてきたアルフにラモルたちは驚いた。
特にラモルは衝撃だったらしく、目が真ん丸だ。
だらしないところはあるけれど、強くて自信満々な格好良い主だと思っていたのに、今の雰囲気はまるで人間の村で見た恋人に捨てられそうなヒモ男と同じかそれ以上だった。
「えと、そういうわけじゃ……」
否定しようとしたラモルを肘で小突いてカプカがぐいっとアルフを突き放す。
「で、出ていって欲しくなかったら俺たちに卵をくだ――く、くれ!」
「アルフ様が作った卵で、あ、違う、作った卵だからね」
二人とも内心では主にタメ口なんて、とドキドキしているのがよくわかる。
「……?」
なにも言わないアルフに、汗が背筋を伝って落ちる。
もしかしたらあの話はイキった大人たちの与太話で、本当は失礼な魔物は消されるのかもしれない。
ただただ自分たちを見てくるアルフに段々泣きそうになるカプカたち。
「え、卵? 卵が欲しいの?」
間髪いれずぶんぶんと首を縦に振るカプカとアオツノにつられてラモルも首を振る。
「なんだ、そんなことか。も~吃驚させるなよぉ。卵なんていつでも好きなだけ作るのに」
いつでも好きなだけ。カプカとアオツノが目をキラキラさせた。
ニールのそれとは違うがアルフはとても嬉しくなった。
いっぱい作ろう。それもとびきり
きっとニールが戻るまで時間がかかるだろうし、それなら魔物たちと遊ぶ方が良いに決まっている。
「じゃああっちに行こう。ここら辺で卵を作ると薄味になるんだ。ちょっと先に凄く良い魔力があるからそっちで」
ないとは思うが、アルフは呪石が盗まれないように蔓で隠し、昔子供たちと考えた暗号でニール宛に葉っぱのメモを残しておく。
それからアルフは魔物たちを連れてその場を離れた。
クズ魔石を持ち去った人形のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
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