第25話 四十路息子とルンルンお出かけ

 ソファに腰かけたままコピアを見送った後、アルフは馬鹿息子のキールの帰省をできる限り遅らせるため、魔法王国やその周辺と体内ダンジョンを繋げているすべての出入口を一時封鎖することにした。


 寂しがり屋でかまいたがりのアルフなのだ、どんなに馬鹿で世の中を舐めくさっている四〇歳を超えた愚息であっても帰省してくるのは嬉しい。

 しかしその際に目一杯苦労してもらい、少しでも世の中の厳しさを感じ、僅かであってもまともに近付いて欲しかった。

 それにあれの帰省は間違いなくトラブルを呼び込む。その対処でニールと過ごす時間が減ってしまうのも嫌だった。


 そんなわけで出入口を封鎖しつつグルフナに手紙を運ばせたり、ニールとお喋りやカーバンクル新しい魔物自慢をしていると、腕の中のアドイードがじたばたし始めた。


「どうした?」

「く、くりゅし……くりゅ………」


 実は鼻と口を手で覆われたのをいいことに、あの時からずっと「ありゅふ様の補給だよ」とアルフの手のひらをぺろぺろしていたアドイード。

 コピアの話など完全無視で、今日のありゅふ様はちょっと甘いなぁなんて思っていた。

 しかし突然息が詰まり苦しくなってきたのだ。


 どうした、と声をかけた割に手を離そうとしないアルフ。

アドイードが一通り苦しみ意識を手放した後で、ようやく心配する素振りを見せた。だが、口元は常ににやけている。


「大好きだぞアドイード……反応無し」


 理由はともかくせっかくニールが帰省してきたのだ。

 嫉妬深いアドイードに邪魔されたくなかったアルフは、なんとぺろぺろを逆手にとって、己が手から超猛毒のイビルトリカブトの汁を滲ませていたのだ。

 それからアドイードを蔓でキツく縛り上げ、今度こそ確実に崖からぶん投げ捨てた。


「よし、これでしばらく寝てるだろ……ん?」

「どうしたの~?」


 ニールが窓辺で肘をつき、好物のフェグナリア人参を齧っている。

 思ったよりウザさの少ない父に内心ほっとしつつ、帰宅はもうすっかりを諦めたようで、完全に長期休暇モードに切り変わっていた。


「なんか閉じきらない出入口があるんだ」

「へぇ~。まあそんなこともあるよねぇ~。知らないけどさ~」


 あまりのだらけっぷり。まるで少し前のアルフのようだ。親子だからか、兎獣人だからなのかわからないが、この切り替えの早さはさすがだった。


 実は兎獣人、他種族に比べて労働意欲が極端に低い。

 ニールだって本当は労働なんてクソかったるいと思っている。

 既に副ギルドマスター宛の手紙をグルフナに持たせており、一時期冒険者としても名を馳せていたアルフと共に例の提案を実現すべく、急遽アルコルトルの探索を行うことになったという名目で、一月は休みを満喫する気でいる。


「あ、じゃあさ~、ピクニックがてら直接閉じに行こうよ。僕ここのとこ全然ゆっくりしてないんだよね~」

「それ最高だな! えっと、閉じないのは……快楽の星空穿穴ツマヤール先輩んとこか。よし行くぞ!」


 アルフはニールの手を引っ付かむと窓から引きずり出して蔓のアーチを作ると、それはまあルンルン気分で潜り抜けて行った。


 ◇


「あれ、いねぇな」


 息を殺していた三人のうち、カプカが最初に口を開いた。

 するとアオツノのスキルうつつ隠しの効果が切れてしまい、ラモルたちはぐにょっと捻れた空間の中心から、アルフたちのいた庭の端、崖のぎりぎりに放り出された。


 三人はカプカの提案ではアルフをびっくりさせようと思っていた。

 姿を隠し崖下から浮かんできたのはそのためだ。

 アルフには友達かちょっと下に見てる先輩くらいの態度で接した方が喜ばれるらしい――カプカとアオツノは大人の魔物たちを見てそう学んでいた。


「ねぇ、あれってここの入口だよね?」

「ああ……そうだね」


 崖から落ちそうになっているカプカを無視して、ラモルとアオツノが蔓のアーチに近付いて行く。


「助けろよ!」


 なんとか自力で踏ん張ったカプカが小走りして二人の背中にのしかかり、そのままぎゅうぎゅう首を締める動作をして不満をぶつける。


「隠れてるのにおいらをくすぐった罰だよ」

「そうだそうだ。うつつ隠しは結構気を使うんだ。集中力がいるんだぞ」


 小言を言われるカプカだったが、まったく意に介さずぱっと二人から離れて蔓のアーチを興味深そうに嗅ぎ始めた。


「あ、グルフナ様だ。てことは……やっぱり! おいらとモルテもいる」


 ふとラモルが兎小屋と呼ばれるまあまあ大きな家に目をやると、ちょうどグルフナが出てくるところだった。こちらをチラッと見たが気にはせず、家の横のある崖下に続く階段を降りていく。

 家の中にはせっせと後片付けをしている自分と妹が残されていた。


「もしかして槌姿のグルフナ様にコツンしてもらったか?」


 いつにまにかカプカもアーチから家に視線を移していた。


「うん。しばらくは覚えることがいっぱいだろうからって。今、本体のおいらとは別に五人のおいらがいるんだ。なんか変な感じ」

「でも便利でしょ。寝て起きれば分裂体の経験もちゃんと身に付いてるんだから」


 アオツノもここへ来きたばかりのときのことを思い出して、もう一回やってくないかなぁなんて思っていた。


「そうだけど、おいら本体の情報は常に別のおいらたちに共有されるのがちょっと嫌なんだよね。覗かれてるみたいっていうか……」

「ふ~ん、ラモルは繊細だな。そんなことより早く外に行こうぜ。匂いがここで途切れてっから、たぶんアルフ様外に行ったぞ」


 なんか兎臭せぇけど、とカプカはつけ加えた。


「外かぁ……しばらく行ってないし、いいね」

「え? 勝手に出ちゃっていいの?」


 なんの躊躇いもなくアルコルトルから出る話をする二人にラモルが耳をぴんっとさせた。


「いや、別に禁止されてねぇから」

「でも皆外行かないよね?」

「ここにいる方が楽しいし進化しやすいからね。それに安全さが段違いだろ? 外じゃ死にかけても卵になって助かるわけじゃないから」

「そうかぁ? 壁の方に住んでる奴らはけっこう遊びに出るって兄貴が言ってたぜ。ま、いいから行こうぜ」


 カプカに背を押され、ラモルたちは蔓のアーチをくぐって行った。

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