第27話 ぜんぶ見てるよ知ってるよ
見上げれば、両腕で作った輪に空が収まって見える大きな縦穴の底、その中心、壁面から続く青白い光を湛えた無数の水路らしき極細の溝の終着点に、
漆黒の夜空に少しばかり星を集めて張り付けたような背の高い直方体のそれは、およそ千年前よりその場に存在し続けているダンジョン『
触れてしまえば即引きずり込まれてしまうそのすぐ近くで、幼い魔物たちが卵の味に惚けていた。
「うめぇ……」
「半端ない……」
「こんなの初めてだよ……」
夜空模様の卵にかぶり付き、煙をぷかぷか吐きながら目を細めるカプカ。
水玉模様の卵の先を齧り中身をちょっとずつ食べながら角を青くするアオツノ。
ラモルは草原模様の卵を齧っては額石にも吸わせて小さく揺れている。
アルフは卵を褒められるし、魔物たちの可愛さを堪能でるしで嬉しさが爆発しそうだった。
それにモノリスの中から
アルフはにこにこしながら自分も真っ黒な卵を頬張り、それから少しだけ懐かしい気持ちになった。
卵を食べるカプカたちを見て、死んでしまった末の弟が側にいるような気持ちになったからだ。
弟より歳上だしまったく似ていないのに、どうしてか城を抜け出して買い食いしたことや、森を探検したり、こっそり卵を作って遊んだことを思い出す。
もしかすると自分を含めて四人というのが影響しているのかもしれない。
自分、弟、それからお忍びは駄目だと言いつつ一緒に来ていた、アルフ的には今も婚約者のルトル。そして物陰から見つめてくるアドイード。
お忍びのお出かけはいつもこの四人だった。
もっとも、ヴァンパイアハーフの弟は卵より血を欲しがり、淫獣の二つ名を持つルトルはお触りを欲していた。
その度にアドイードが「引っ付きすぎだよ」なんて言いながら駆け寄ってきて、治癒やら消毒やらをすると、適度な距離感について小競り合い繰り広げていた。
ダンジョンになる以前のアルフが一番楽しかった時期だ。
そういえば弟もルトルもアドイードが極めて強引に仲を取り持ったのに、いざ仲良くすると不機嫌になるという訳の分からない行動をみせていた。
今も昔もアドイードの情緒は狂っている。
それに当時アドイードは小競り合いが終わるとわざわざ物陰に戻っていたが、今は密着が当たり前。
力説していたあの適度な距離感とはいったなんだったのか……。
「次もそっちの黒い板の卵が食いてぇ」
「僕は壁を伝ってくる魔力で」
せっかくアドイードがいないのに、考えがアドイードのことへ着地した自分を戒めようとしていたところに、次の卵の催促がきた。
「お、おいらは両方を混ぜたのがいい……でふ」
ラモルも慌てて残りを頬張っておねだりしてくる。
「そういや卵の模様って毎回違げぇんだな」
手渡された卵にかぶり付こうとして止めたカプカが不思議そうにしている。
するとアオツノとラモルも卵の模様を気にし始めた。
「模様もだけど形や大きさもけっこう違うよね」
「材料の魔力と関係あるのかな」
卵に興味を持たれて嬉しいアルフは得意気な顔で口を開く。
「これは俺の必殺技と関係してるんだ」
アルフとアドイードは数あるダンジョンの中でもステータスがとても特殊で、かつ、かなり歪だ。
魔力と素早さはぶっちぎりで精神力もだいぶ高め。反面、体力は並以下だし、個体の防御力としては紙装甲または無い方がまし、と揶揄されるくらい終わっている。攻撃力もそれ自体は恐ろしく微妙。
なによりこれらはすべて寝ると変動する。調子が悪い日は後者三つがGランクの魔物と同等なんてことも珍しくない。
おまけに精神力の低い日は目も当てられない混乱っぷりをみせる。
それでも固有スキルやダンジョンスキルなどのお陰で、
卵のアルフ、イカれた魔法と復活のアドイード、それぞれの蔓。そしてなにより二人の不滅が厄介極まりないという。
ダンジョンが自ら作り出した魔物、洗脳した冒険者などを使い他ダンジョンに乗っ取りを仕掛けるのは常であり、アルフとアドイードはそのすべてを返り討ちにしているのだ。
グルフナたちの協力があるとはいえ防衛戦無敗は異常甚だしい。
それだけでなく、
まあ解析したところで魔物の再現は失敗しまくるし、卵を孵化させてもアルフの固有スキルの『孵化』の影響でまず懐くことはなく、そのまま出て行かれるか無視されるのだが……。
とはいえ、アルフの必殺技と聞いて興味が湧かないはずもなく、真っ先にカプカが身を乗り出してきた。残り二人もわくわく顔を近付けてくる。
「ふふふ。それはもう恐ろしい技で――」
得意顔の極み。そんなアルフを邪魔するかの如く、背後のモノリスが荒々しく波打った。
瞬間、アルフはカプカたちの持つ卵を変形、一部を透明にしてから三人を閉じ込めるようにして引き寄せると、蔓で自分を弾き飛ばし一キロはあるだろう壁際まで距離をとった。
先ほどまで座っていた地面から、凄まじい速度の魔力が噴出している。その尋常ならざる速さは荒れ狂う光と熱を生み、巻き起こす風までもそこかしこで破裂させていた。
それはほんの数秒だったにもかかわらず、言うなればさながらブラックホールのジェットのような威力であり、その余波でさえアルフが全力で
が、その大本は魔力。アルフにはただの御褒美にすぎない。既にそれを元に数十個の卵が作られていた。
モノリスにある星の配列が憎々しげに動いていき、古代の魔神文字で「これ以上長居したらぶっ殺す」という文章になった。
「はぁ、心のせま~いツマヤール先輩からお手紙だ。もう帰れってさ。先輩なら先輩らしくもっと魔力を
アルフが言い終わると同時に再び配列が変わり「いきなりやって来て魔力を横取りしたり、無理矢理吸い上げる行為を奢りとは言わない」となった。
「はいはい分かりましたよ。でも今度また俺の大切な魔物たちに手を出そうとしたら先輩こそぶっ殺しますからね」
生意気なアルフの言葉にイライラがさらに募ったのだろう、モノリスから赤く揺らめく魔力が漏れ出てきた。
すぐさま卵を足場に脱兎の如く小さな空を目指したアルフに向かって、先ほどの数倍はあろうかという魔力噴出が襲いかかる。
今度は中に小型のモノリスも交ざっており、魔力噴出を拡散させ死角から仕留めようとしたり、それそのものが物理攻撃を仕掛けてくる。
しかし、どうあっても御褒美に変わりはない。
アルフはどこ吹く風で魔力噴出を卵に変え、小型モノリスを卵と蔓で迎撃したりアクロバティックに回避していく。
さらに追加で作った卵を手に持ち、これ見よがしに食べてからの、にちゃり笑い。
いっそう苛烈になる攻撃だが、アルフはこれらすべてをカプカたちに見せていた。
急に始まった戦いだったが、ツマヤールの性格を知っているアルフにとって、これはほぼ予想通り。
きっと初めから『カプカたちに格好良いところを見せれば尊敬されて、今後なにかあっても出て行くなんて言われない作戦』とか考えていたのだ。
彼らを安全のため卵に閉じ込めたとき、一部を透明にした理由がこれなのだから。
「すげぇ!」
「アルフ様格好いい!」
「お、おいらも食べたい!」
こんな間近でダンジョン同士のいざこざなど滅多に見られるものではない。加えて、いざこざの犠牲となり流星のように散っていく壁に植わった星小麦の煌めきもまた、最高の見せ物に彩りを添えている。
攻撃は自動で回避されるし、きちんとアルフについていくしで、カプカもアオツノもラモルも恐怖は一切なく、ただただ大興奮だった。
地上まであと半分ほどまで来ると、アルフは卵を寄せ集めて足場を作り、昇降機よろしく上昇させて逃げ始めた。
するとツマヤールの攻撃がピタリと止んだ。
数秒後、大穴の底一面から寸分の逃げ場もない魔力噴出が迫ってきた。
「ふふっ、ツマヤール先輩も分かりやすくていいよなぁ」
アルフは集めた卵を離散させると、大穴ぴったりの円を作り下降させ、魔力噴出と卵の輪が衝突するのを待った。
この間、一瞬すら眠たく感じるほどの早業。カプカたちには認識できなかった。
重力に身を任せ、うねる衝突の境界に着地したアルフが嬉しそうに微笑み片手を翳せば、そこへ吸い込まれるかのように魔力噴出が集約していき、遠目に見える壁に残った星小麦が枯死していく。
「うわっ、先輩、星小麦の維持を放棄してる……え、思ったよりガチギレだったのかな…………ま、いいか」
星小麦がすべて枯れ魔力噴出も消えた頃、アルフの手にはジェットを放つクエーサーのような卵が出来上がっていた。
アルフはそれを腰袋に仕舞うと、もう一度卵で足場を作り、そろそろと下を覗き込んだ。
「大丈夫そうだな」
ツマヤールにこれ以上ダンジョン外へ干渉する力が残っていないと判断、そのまま渾身の後輩面をしてみせた。そして――
「せんぱ~い! 魔力たくさんありがとうございま~す! 気前の良い先輩のことホント尊敬してま~す! 今度お礼に先輩の気に食わないダンジョンで暴れてあげますね~! あ、俺以外の~!」
しばらく底に向かってブンブン手を振っていたが、返事が無いとわかると足場に座り直し、カプカたちを防御用の卵から出してあげた。
途端に凄い凄いとアルフに群がる三人。
喜びでアルフの鼻の穴がひくひくしている。
「あ、今さらだけどここは俺と一緒じゃなきゃ絶対来ちゃ駄目だからな。さっきみたいに先輩は遊び半分で突然攻撃してくるし、自分の
何故かツマヤールは自分で生み出す魔物も積極的に解剖するが、そんなの比じゃないくらいそれ以外の魔物を解剖したがる。
初めてアルフがツマヤールにお邪魔したとき、それはもう好奇心が凄くて、中位のダンジョンマスターとタメを張れるグルフナがかっ捌かれてしまうんじゃと焦ったくらいだ。
「でも一緒なら平気だからな。もう少し早い時期だったら麦滑りも楽しいぞ」
新しいおやつ用の卵を渡しつつにこっと笑ったアルフだが、実はとてもドキドキしていた。先輩と
遊びは心の距離感が如実に表れる。
先輩はともかく、魔物たちにはウザがられたくないし、嫌われたくない。そんな雰囲気すらも本当は察知したくない。
だから遊びに誘う時はとことん気を使うし予防線も張りまくる。
そういう心のどぎまぎや、滲み出る『できればそっちから誘って欲しい感』がアドイードに浮気認定される要因の一つでもあるのに、いつまでたっても治らないし気が付かない。
「そういえば祭もあるんだよ。賑やかで屋台もいっぱいで凄いんだ」
一〇〇年経った今でも王宮で生活していた頃の回りくどい誘い方を使い続けている。
この勇気を出した精一杯のお誘いに返事はなかった。代わりに不思議そうな顔を向けるラモルと目が合った。
キョトっとした表情も可愛いし、いつの間にか斜めがけしていた鞄をクッションにして座っているのも可愛い。
そしてなにより小さな両手で少し大きめの卵を持っているその感じが堪らない。
あざとくない時のアドイードには負けるけど……と頭を掠めたりもしたが、そんなことはどうでもよくて、アルフはだんだん怖くなってきた。
なんで誘ってきてんだこいつ、と思われてしまったんじゃと背中に汗が滲んでいく。
「ど、どうかな?」
「え? えっと……」
顔には出さないがアルフは悲しみでいっぱいになった。
困惑の表情になったラモルが断る理由を探していると思ったのだ。
しかし、ラモルが不思議そうだったのは急にアルフがキョドり始めたからで、困惑の表情になったのは「どうかな?」がなんのことか分からなかったからだ。
「お祭り……ってあれですよね? 夜、すごく綺麗な流れ星がたくさん見れるようにするためのっていう」
「そ、そうだ」
「やっぱり! おいらそれずっと見てみたかったんです!」
こことはほぼ反対の地域に住んでいたラモルだが、ツマヤールのことは村の冒険者たちから聞いてなんとなく知っていた。
世界絶景百選の一つだと。領主が代替わりしたら一緒に行こうと誘われてもいた。
「へぇいいねそれ」
「兄貴たちも来っかな?」
アルフは喜びに満ち溢れた。
照れ笑いしたラモル、それとアオツノとカプカの言葉も了承の返事ととらえたのだ。
「じゃあ来年また来よう。でも祭後の流れ星は見ない方がいい。種に混じって降る極小のほうき星に寄生されると短命になるし、死後生まれ変わった後で先輩に喰われることになるんだ。今日だいぶ怒らせたから確実に狙われる」
どれもダンジョン集会や
「怖っ」
「魂に寄生するってことかよ」
「そ、そうなんだ。ならおいらは遠慮しとこう」
ラモルがあまりにも残念そうな顔をするので、アルフは上昇を止めてもう一度
「お願いしてみるか……」
面の皮が厚いというかなんというか、アルフは寄生されないようにしてくれと叫ぶ。
すると猛スピードで小さな小さなモノリスが飛んできた。
「え~となになに……お、やった!」
寄生しない対価を要求されはしたものの、吹っ掛けてくるわけでもなく、なにより「死んでもいいなら祭以外でも来ればいい」と書いてある。
アルフ的にこれは「またいつでも遊びにいらっしゃい」であった。
「せんぱ~い! ありがとうございま~す! 先輩のそういうとこ大好きですよ~! ますます慕っちゃうなぁ~! よっ、大先輩!」
その気になればこの大穴から逃がさないことだってできるはずで、攻撃だってもっともっとエグいことができるのにそうはしない。おまけにお土産の特別な卵を作らせてくれた。
なんだかんだでツマヤールのことを仲良の良い先輩だとアルフは思っている……アルフは。
その後、アルフたちは卵を食べつつ孵化もしながら大穴をゆっくり上昇していった。
卵から出てくるものにきゃっきゃしながらそれはもう楽しそうに。
大穴の縁には、グルフナに救出され寄り道しつつもニールとラモルの分裂体をしばき入手した情報を頼りにここまで辿り着き、すべてを歯軋りしながら眺めていたアドイードが、癇癪を通り越して真っ黒な目をして待ち構えていることなど知りもせず。
---------
あとがき
□快楽の
【種 別】コアダンジョン
【性 格】研究者気質/移り気
【階 級】☆☆☆☆☆☆☆
【場 所】クランバイア魔法王国東部ツマヤール地方
【属 性】氷/植物/闇/星
【外 観】星空モノリス型
【内 部】星空型浮遊岩石及び氷塊迷宮
【生還率】91%
【探索率】6%
【踏破数】0回
【踏破者】-
【冒険者ギルド及び魔法関連ギルドによる特記事項】
等級指定:B~
固有変化:配置転換/酸素・重力消失/ワームホール発生
特殊制限:飛行及び浮遊範囲指定/火・命属性鈍化
帰還魔法:植物・闇以外使用可能
帰還装置:未発見
最高到達:マリキューレ奇岩
安全地帯:ギサ鉄船/ダングィオン氷塊/リグラ箒星など
固有産物:ツマヤルモノリス/ベラトム液/ゾマ鉱石など
【私の知ってるダンジョン雑学通信より抜粋】
およそ千年前に空の彼方から降ってきた特殊な大魔石により発生したダンジョンである。
ダンジョン周辺に干渉するためダンジョンマスターの支配するマスターダンジョンだと思われがちだが、ダンジョンコアが支配するコアダンジョンで間違いない。
直径二キロ、深さ一八キロの縦穴の底に浮かぶ星空を湛えたモノリスが出入り口で、触れた瞬間に吸い込まれる。
ダンジョンコアは最初の探索者である輪廻の魔女ツマヤールを捕獲し解剖、その魔力や知識と共に魂を吸収した結果、三角帽子を被る箒の姿となった。
現在の祭を考案したのもツマヤールであり、輪廻の魔女の子孫にあたる領主一族にそれを強制している。
内部は空の彼方のように暗く冷たい。また、重力が極めて不安定であり定期的に変動する他、岩石や氷塊が発光すると酸素が消失する。
足場となる岩石などから七〇メートル離れると自動で体が切り開かれ、内部構造などの情報がツマヤールに送られた後、未知の粒子に分解され魔物として再構築される。その際、強烈な快感に襲われるらしい。死んだ場合も同様だが残念ながら快感は得られないだろう。
噂では某厄災のダンジョンと気が合うらしく、よく遊んでいるという。特に緑色の方とは寄生植物談義で盛り上がるとか盛り上がらないとか。
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