第56話 似たもの親子

 パーティーの翌朝、食堂横の大広間で二日酔いに倒れる屍たちの前に立ったアルフが駄々をこねていた。


「コルキスたち、愛する父親が一人は寂しいから一緒に暮らしてくれってお願いしてるのにあんまりじゃないか!」


 言われたアルフの子供たちは冷ややかだ。

 そもそも自分の伴侶を人質のようにしてのその発言は、脅迫であってお願いではない。


「アリュフ様はひ――むぎゅう」


 一人じゃないよ、と言いかけたアドイードの口を塞いだアルフは続ける。


「なにも、毎日一緒に居てくれって言ってるわけじゃない 。ちょいと皆の家にここへ繋がる出入り口を設置させてくれればいいんだ」


 そして仲良くなった孫同士の交流や、家族間の交流をもっと気軽にできるようにしたいと続ける。が、自分もそこに交じって遊びたいというアルフの本音は、当たり前のように見透かされていた。


 体内ダンジョンに繋がる出入口など設置せず、アドイードの魔法でアルフが転移すれば済む話なのだが、我が儘な父親は子供たちから自主的に来てほしいのだ。

 それにどうもアルフは家と家を繋げることで、同じ家に住んでいるという状態にこだわっているらしい。


「馬鹿言わないでよ」


 アルフと目の合った箱族のイロドリが突っぱねると、改めて反対の声があちこちで上がり始める。

 それは当然だった。

 何故ならアルフの子供たちは実家が危険すぎるダンジョンだと知っている。死ぬことはないだろうが、万が一がないとは言い切れない。

 ずさんな管理をする父に、うっかりの多いアドイードのことだ、いつか間違いなく被害を被ると考えていた。


「あの、うちは構いませんけど……子供も小さいですし、少しの時間でもお義父さんが遊んでくれれば助かりますから」

「簡単に外国へ行けるし、仕事にも好都合だな」


 しかし何も知らない義息子や義娘は案外乗り気のようだった。伴侶が酔い潰れているので、皆が頑なに反対する理由がわからないのだ。


「絶対に止めた方がいいわ」

「そうよ。いつか絶対後悔するに決まってるんだから」


 だが事実を知っている者たちがそれを制止する。

 昨夜アルフから自分がダンジョンだということを家族に伝えるかは各々に任せると言われていた。

 しかし義兄弟相手ではどうにも歯切れの悪い説明しかできないようで、そのうち困ったアルフの子らの視線が、蟹のフルコース朝御飯を食べている長女のレノンに注がれていった。

 すると小さく溜め息をついたレノンが手を止め、優雅に口を拭ってから、アルフの元へやって来た。


「ねぇ父さん、今すぐにどうこうってのは無理よ。家族と話し合う時間が必要だわ。もちろん私もよ」


 一まるで小さい子供に言い聞かせるようにアルフを宥めるレノンの声には、逆らいがたい圧が込められている。


「でも……」

「でもじゃないわ。皆、父さんのことは大好きだけど、それとこれとは別なのよ。わかってるでしょ?」


 レノンの圧にたじっとするアルフの目が泳ぐ。対してアドイードはずっとモゴモゴ言って――いや、違う。口を塞いだアルフの手をペロペロ舐めている。

 きっとまたアリュフ様の補給だよ。なんて考えているのだろう。

 実際、アルフを補給したからかアドイードの体に瑞々しい新芽がピョコピョコ生えて独特な揺れを見せている。


「ああ……でも、それじゃあ父さんが寂しすぎるわよね。だったら独身のクリスたちならいいんじゃないかしら。誰とも話し合う必要ないでしょ」


 さらっと生け贄を捧げるレノンに既婚組の子供たちは心の中で称賛を送った。さも譲歩してやった感を出しつつ、自分たちに何の被害も出ない素晴らしい一手だと。

 特に素晴らしいのは、独身組が全員二日酔いの屍の中に倒れていること。拒否することなど到底不可能。


 こういった小狡い発言は間違いなくアルフとアドイードの影響。今回に限ってはアドイードの方が多少強いだろうか。

 また、それを誰も止めようとしないのも然り。

 皆、血は繋がっていなくともまごうことなきアルフたちの子供なのである。


「じゃあ……今はそれで我慢する」


 拗ねた声のアルフだったが、急に態度の一変した子供たちから「ごめんね」とか「前向きに話し合うから」と次々に声をかけられて機嫌を直していった。

 そして遂にはアドイードを放り投げ、残っていたルデアリネ湖の水で作った偽卵を割り手を綺麗にすると、大ぶりな動きで皆を抱きしめて回りだす。

 凄い速さで戻ってきて「アドイードにもだよ」とちょこちょこ付いて回る緑の塊それに完全無視を決め込んで。

 集団の外れには、アドイードが投げられまいと空中に咲かせたスプリングチューリップがびよんびよん。


 アルフは全員を抱きしめたあとで、独身組に巨乳鳥獣人、それにお稽古とベルレモン祭りに参加する家族以外を見送った。

 最後まで「やっぱり行かないでくれ」とか「家を繋げよう。なぁいいだろ? いいだろっ!?」と悪足掻きしながら。


 一気に静かになった広間。

 魔法で皆を送ったアドイードが御褒美を要求してきた。アルフは半べそのまま「もう手を舐めさせただろ」と呟き、ちょっと泣きに自室へと姿を消す。


 一五分ほどだろうか。思いの外、短時間で元気を取り戻したアルフが姿を見せ、改めて残っている家族を確認して笑顔になる。

 まず、二日酔いでダウンしている独身組のロック、クリス、シャーリー、テッド、スピネル、ドロテナ、フェイン、ニール、コピア。

 ついでにテッドの仲間たち三人。


「こいつらは寝かせといてやるか」


 優しそうな言葉とは裏腹に、地獄の二日酔いを治してやらないのはアルフのエゴである。お願い治してと頼ってくるまで放置するらしい。彼らに飲み比べ勝負だとキツい酒を飲ませ続けた張本人のくせに。

 自分も二日酔いの辛さを嫌というほど知っているにもかかわらず、子供たちが魔法を使えないようにギリギリまで魔力を食べたアルフは酷い父親だ。


 レノン夫婦、カーラ夫婦、キール夫婦、それからデュラハン族のファーガス夫婦もやっぱりかと胸を撫で下ろしている。彼らも飲み比べを挑まれていたのだ。もちろん、怪しさ満載だったので断った。


「残ってくれた皆には卵占いしてやるからな」


 ちょっぴり嬉し涙を浮かべたアルフだが、別にアルフのために残ったわけではない。

 しかし、卵占いという単語を聞いてレノン、カーラ、キール、ファーガスは目を輝かせた。

 それはミステリーエッグを発動したアルフに魔法を撃ち込んで卵を作り、孵化してもらいなにが出てくるかでざっくり運を占う遊び。テキトーにもかかわらず意外と当たるし、出てきたものはもらえるし、何度やり直してもいい。

 そのワクワクと良いものが出てきた時の喜びが病み付きになってしまうのだ。


「なぁなぁ、先ずは俺たちと稽古だろ?」

「そうだよ、約束したじゃないか」


 今すぐにでも卵占いを始めようとしていたところに、ラゼルとカシオが割って入った。


「それもそうだな。よし、じゃあ上層の一〇三階……は、止めとこう。せっかくだし、先ずは俺と戦ってみようか」


 ラゼルとカシオを連れて移動しようとしたアルフにレノンが待ったをかけた。


「父さん、私は皆を連れて村へ行きたいの。夜までに海とか色々案内したいから」


 海と聞いてキールとファーガスの子供たちが騒ぎだす。彼らは海のない国に住んでいるのだ。


「レノン姉さん、私はヴィレッタとやりたいことがあるんだ。悪いんだけど子供たちだけお願いしていいかな?」


 そう言ったファーガスの声色は威厳と気品漂うものであったが、外した頭を妻のヴィレッタに抱えてもらい、優しく撫でられている光景のせいで台無しだった。


「ええ、いいわよ」

「ありがとう。じゃあ、アヴィは妹の面倒をしっかりみるんだぞ。ファーレはお兄ちゃんや皆の言うことを聞いて良い子にな」

「はい、父上」

「わたち良い子にしましゅよ」


 コクンと頷いた拍子にポロリと取れた二人の頭を、首から上のないファーガスの体が受け止めて元の位置へ戻す。


「頭も気を付けてな。デュラハン族を見たことがない人は、びっくりするんだ」


 アヴィとファーレは両手で頭を胴体に押し込んで、また頷いた。今度は取れなかったようで、ファーガスが良い子だと頭を撫でている。


「それじゃあ、父さん出口をお願い」

「絶対戻ってくるんだぞ」

「わかってるわよ」

「し、失礼しますねお義父さん」

「アルフ君また後でね」


 雑な返事をしたレノンがシュローの腕をとって出ていき、シュノンも手を振って着いていく。それに続いてカーラ夫婦、ファビナと子供たち。

 つい先程まで大人数でごった返していたのに、ガランとなったロビーは少し寒い。


「どうしてキールは行かないんだ?」


 アルフが不思議そうにしている。


「えっと、お祭り……なんだよね? 出店とかあるんでしょ?」


 頬を人差し指でポリポリ掻いたあとで、キールがスッと両手を差し出してきた。

 残っている全員の視線と痛々しい沈黙を浴びてなお、その手は堂々と差し出されたまま。


「……キール。一応、聞こうか。なんだその手は?」

「ほら、僕って失業中だからさ。可愛い子供たちに何も買ってあげられないなんて可哀想だろ? 父さんも孫にお祭りでひもじい思いをさせたくないよね?」


 アルフの額に血管が浮き出てきた。


「キーリュ、アドイードの宝物たかりゃものあげたでしょ」

「こんなパンツじゃ人参の一本も買えないよ」


 ポケットからアルフのパンツを取り出してヒラヒラさせる。

 ファーガスがキールに文句を言おうとする前にアドイードが大きなため息をついた。


「はぁぁぁ。そりぇはアドイードの葉っぱで作ってありゅんだよ。そのまま売っても、お人形さんにして売っても高値がつくよ」


 アドイードの葉っぱ。

 それはつまり、この不滅のダンジョン、アルコルトルでのみ入手可能な超がつくほどの幻の素材。

 少なく見積もっても、素材価値だけで共通金貨数千枚はくだらないだろう。


「へぇ! そうだったんだ!」


 そんなものだと思わなかったキールの顔が輝いていく。


「なによりアリュフ様が履いてたパンツだかりゃね。プリェミアものだよ」

「へ、へぇ……そう、だったんだ」


 そんなものだと思わなかったキールの顔が激しく歪んでいく。


「今なりゃアドイードが共通金貨七千枚で買ってあげりゅよ」


 なるほど。無理に取り上げるわけじゃなかったんだな、とアルフは思った。しかし自分のパンツをやり取りされるのはどうも気分が悪かった。そしてアドイードのことだ。あれは未洗濯に違いない。

 アルフは無言でパンツを偽卵にして取り上げた。


「あぁ! アリュフ様、泥棒どりょぼうはよくないよ」

「もともと俺のだろ。それにキールに共通金貨七千枚だなんてあげすぎだ。ていうか、やる必要はない」


 さっきキールがパンツをばっちいものでも摘まむかのように持ち直したことに、腹を立てているのだろうか。アルフの口調はやや厳しめだ。


「そんな! 父さんは愛する息子が困ってるっていうのに、見捨てるの!? そんなのあんまりじゃないか!」


 どこかで聞いたような台詞を吐くキールにアルフは言う。

 レノンたちのコノス村は物々交換もしてくれるから、テキトーに見繕ってこいよ、と。

 キールはこのダンジョンがどういう場所なのかを思い出し、再び顔を輝かせた。


「ただし、一〇三階でな。上層の!」

「えっ――」


 冷たく言い放たれたアルフの言葉と同時にキールは姿を消してしまった。


「ったく、キールなら真面目にやれば簡単に稼げるだろ。あと、しつこいぞアドイード。パンツはやらない」


 パンツを返せとぴょんぴょん跳ねる鬱陶しいアドイードの首根っこを掴み睨みをきかせるアルフ。


「むぅむぅむぅむぅ! アリュフ様のケチんぼ!」


 アドイードも負けじと蔓でアルフの手こじ開け、さらに魔法で盗みも働くと一目散に逃げ出した。

 手には件のパンツの他に新たなホカホカの宝物も握られている。


「なっ!?」


 アルフも即座に走り出した。いつもより通りの良くなった風を下半身に感じながら。


「え?」


 祖父に置いていかれてポカンとしているラゼルとカシオ。

 そんな彼らに近づいたファーガスが、私たちと一緒に行こうと静かに提案するのだった。


 ちなみに、この場に残った唯一の女性であるヴィレッタは、終始顔を赤くしてうつむいていた。

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