第10話 アルフとアドイード
カーバンクル兄妹は翌朝になっても目覚めなかった。
どうしたもんかと悩んだが、先にアドイードとの約束を果たすことにした。
自分が起きるのを準備万端で待っていたアドイードに何を言っても無意味そうだったからだ。
カーバンクル兄妹をグルフナに任せたアルフはアドイードと共に早朝のフェグナリア島に出た。
目的地は島で最も栄えている港町ポアテト。
自宅と称している家から歩いておよそ七日間。
散歩というには少々長すぎるが、アドイードの希望なのだから仕方がない。
それに道中、気になったものたちを
例え自分が歩き疲れても、アドイードがいい感じで引きずってくれるだろうし。
「はあ。お散歩なんて久しぶりだね~。嬉しいね~」
アルフは今にも踊り出しそうなアドイードを止めて手をつなぐ。
まさかのアルフから、にアドイードは喜びを爆発させた。頭にぽんっと大きな花が咲いたのだ。
「花は邪魔になるから捨ててくぞ」
魔物たちがいれば大騒ぎになるだろうそれを、アルフはなんでもないようにむしり放り投げ歩きだした。
フェグナリア島はその大半を朽ちた遺跡だったりその痕跡、崩れた謎の巨大像が占めているような土地である。
というより、目的地でもある港町のポアテト以外、ほとんどの村や町がそれらを活用している。遺跡などに手を加え自らの家とする者が多いのだ。
特に大きなものに関しては、各所で増改築が繰り返され、それ自体が一つの村ないし町として存在している。
それでもその景色や雰囲気が辺境の集落顔負けの長閑さを思わせるのは、それらすべてが植物に呑み込まれつつあるか、もしくはすでにそうなっているからだろう。
一応、街道も敷かれてはいるのだ、やはり所々凸凹していたり、ガタついた石畳の隙間から草花が顔を覗かせていた。
草の香と微量の湿り気を含むやや冷たい風と、どこか孤独に光る朝日は、いつもアルフに死んでしまった唯一仲良しだった末の弟を追憶させる。
アドイードとも仲良しで格好いいポーズの研究なんてものや魔法王国では誰もが一度は経験するスライム遊びもよくしていた。
向きを変え、わずかに強まった風に運ばれたアドイードの花びらがアルフたちを追い越していく。
「ふんふふ~ん♪」
そんな気持ちを知ってか知らずか、アルフと手を繋ぎ鼻歌混じりで蔓を使い器用におやつの卵を口に運ぶアドイードは大層ご満悦で、擦れ違う人々にこれでもかと愛想を振りまいていた。
しかし二人の手元をよく見れば、手と手はアドイードから伸びた蔓でギチギチに縛り上げられていて、若干の狂気を匂わせる。
それでも二人の様子が微笑ましく思えるほど、島の住人たちはアルフとアドイードを大の仲良しと認定している。
「ねぇねぇアリュフ様、アドイード次はありぇ食べたい」
先ほど見かけた
「たぶんあいつは美味しくないぞ」
「むぅ、そうかな。じゃああっちにすりゅ」
アルフはそれにも難色を示した。
朽ちた遺跡の陰で肩を寄せ合う若い恋人たちを食べるのは酷だと思ったのだろう。
「あの人なんかどうか? きっとアドイードの好きな甘いジュースの味だぞ」
「じゃあそうすりゅよ。アリュフ様早く早く」
おねだりするアドイードは抜群に可愛かった。幼さ故の無邪気な仕草がよく似合う。
本当に無邪気かどうかは置いといて。
「わかったわかった。でもちょっと人が多くなってきたからな。ばれないように協力してくれ」
「いいよ」
頷くアドイードを確認したアルフが腰袋に手を入れてごそごそ何かを探す動作を見せた。
すると次のおやつ認定された御者の背中にほんの一瞬だけ魔法陣が透けて消えた。
「なんか体が重てぇだなぁ。オラももう歳か?」
おやつの提供者である御者は突然の疲れにやや戸惑いながらも、ポーションを取り出しイッキ飲みを始める。
「次からもこうやってだからな」
「わかってりゅよ」
さも、腰袋から取り出したように卵を手渡してくるアルフにアドイードは思った。両手で食べればもっと可愛く見えるかな、と。
おねだりのとき、アルフが自分の可愛いさにぐっときているのを感じ、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
さっそく手繋ぎ用の蔓を解き両手で卵を受け取ると、にっこり笑って頬張ろうと口をあ~んっと開く。
一口食べた後で「半分こだよ」と差し出せば、きっとアルフ様の浮気癖も治るよね、なんてことも考えていたのかもしれない。
先ほどとは違い、滲み出るそのあざとさを見透かされているとも知らずに。
「ふぁっ!?」
しかし、それは実行されなかった。
先の大鷲が背後から卵を奪っていったその勢いでべしょっと転けてしまったからだ。
「大丈夫か?」
そう冷たく言うだけでアルフはアドイードを助け起こさない。
アルフはあざとい仕草で可愛さアピールされるのが大嫌いなのだ。
それは昔、王子だということですり寄ってきたクソみたいな連中を思い起こさせるからで、そんなことはアドイードも知っているはず。
普通にしてさえいれば純粋にモジモジしながら卵を差し出して、いっそう可愛いと思えてただろうに、余計なことしやがって。が、アルフの思いだった。
「ぐぬぬぬぬぬ、二人の卵なのに……」
アルフが冷たい。むくっと立ち上がったアドイードは怒りに震え始めた。
だがその怒りはアルフに向けられているわけではない。もちろん失敗した自分にでもない。
あの卵はアルフが御者の魔力を元に作り出し、その瞬間に自分が魔法でアルフの腰袋の中に転移させたもの。
それはつまり愛の共同作業。その成果を奪われたのだ。アルフが冷たいのもそのせい。そう考えるアドイードがぶちギレるのも仕方がなかった。
飛んでいく大鷲を睨み、その周囲にあり得ないほど複雑な立体魔法陣を構築していくアドイード。
「ありぇをこうして、こりぇをああして……」
風は止み空間が捻れ始め、空も異様な雲に覆われつつある。行き交う人々も口をあんぐり開けて魔法陣に釘付けだ。
そんな中でアルフだけはにやにやが止まらなかった。
驚きのまさかであるが、アドイードのその予想通りの行動は、大いにアルフを喜ばせていた。
なんとアルフ、自分絡みで怒りを露にするアドイードが大好きで仕方がないのだ。それはかつての救いでもあったからだろうか。
本人は否定するに違いないが、浮気浮気と怒り散らかしお仕置きと称した常軌の逸脱極まりない暴力に訴えるアドイードのそれにさえ、どこかちょっぴり喜びを感じているくらいだ。
しかし控え目に言ってもヤバすぎるそれは、誰にも理解されることのない歪みに歪んだ性癖としてグルフナたちに哀れまれている。もはや公然の秘密と言ってもいい。
「アドイード、あいつ、きりゃ――」
「こらこらアドイード。そんな月も消し飛ばしそうなヤバい魔法は使っちゃ駄目だぞ。卵ならまた作ってやるから。なんなら今日はこのまま一緒に遊びに行くか? 先輩ん家に」
上機嫌なアルフのお誘いにアドイードは今日一番の笑顔を見せた。途端に魔法陣は霧散、雲は薄れ東雲も息を吹き返す。
密かに死を覚悟していた大鷲も命からがら、ふらつきながら空の向こうへ飛んでいった。
「行くよ! アドイード遊びに行くよ!」
昨日のグルフナを羨ましく思っていたアドイードは、ふんすふんすと鼻を鳴らし、小花を咲かせながら小躍りするとアルフに飛び付き魔法を発動、あっという間に氷塔のブルネルドへ転移して行った。
そのまま二人はしばらく帰って来ず、帰って来たら来たで大喧嘩を始め、既に目を覚ましていたカーバンクル兄妹を大変困惑させたという。
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あとがき
□氷塔のブルネルド
【種 別】マスターダンジョン
【性 格】根暗/執着気質/むっつりスケベ
【階 級】☆☆☆☆☆
【場 所】ミフォン王国北部及びクランバイア魔法王国南部国境付近ブルネルド地帯
【属 性】氷/土
【外 観】氷塔郡型
【内 部】氷遺跡型迷宮
【生還率】69%
【探索率】32%
【踏破数】5回
【踏破者】アルファド=アドイード・アンドロミカ
【冒険者ギルド及び魔法関連ギルドによる特記事項】
等級指定:C~
固有変化:最低温度変化/内部構造融解
特殊制限:火魔法等級ダウン/防寒魔法効果半減
帰還魔法:土・氷及び一部の上位属性のみ使用可
帰還装置:氷の女神像型-愛の氷棺エリアなど複数ヶ所
最高到達:迷宮主の氷寝所
安全地帯:氷鬼火の棲家/氷奇石の採掘場など
固有産物:ブルネルド石/マガナロッド/小氷塔の置物
【私の知ってるダンジョン雑学通信より抜粋】
ダンジョンマスターの存在するダンジョンであり、天を貫くように立ち並ぶ幾千もの魔氷でできた塔のような外観をしている。朝陽を浴びて輝きを放つそれらは、世界絶景百選に選ばれており、ダンジョンマスターのブルネルドをいたく喜ばせているらしい。朝陽の煌めきに溶けたでたブルネルド地帯の魔氷水は、一滴で二〇年の若返りをもたらすというが真偽は不明。内部はわりとどこにでもあるような作りだが、温度は常に氷点下を下回っているため凍死の危険がつきまとう。防寒具を盗む魔物の存在や体感温度を錯覚させる植物が多数自生していることも凍死者があと絶たない原因だろう。噂によるとブルネルドは自らを五回も攻略したとある後輩ダンジョンにご執心で、手下の魔物に偵察や嫌がらせ行為を繰り返させているらしい。
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