第9話 カーバンクルは目覚めない
野菜畑や花畑に薬草畑、さらには深い深い豊かな森に囲まれた小さな家から楽し気な歌が聞こえてくる。
それは幼い声にしてはやたらと上手く、一般人が聞けば一瞬で虜になってしまう歌だった。
その小さな家の中で、アルフが虚ろな目で紅茶を飲んでいる。大きな葉っぱで作られたソファに行儀悪く寝転がり、連れ帰ったカーバンクル兄妹が目を覚ますのを待っているのだ。
ラモルとモルテと名乗った二人はここへ着いた途端、額の石が砕け散るかと思うほど濃い魔力が流れてきたと同時にそのすべてを奪われ意識を失っていた。
「アルフ様ばっかり狡いです」
テーブルいっぱいどころか、床にまでに並べられた宝石柄の小さな卵を前に、不貞腐れた声で抗議したのは使い魔(仮)に格下げされたグルフナだった。
あのあとこっそり引き返して撒き餌用の卵をつまみ食いした罰として、アルフからおあずけを食らっているのだ。
正座もさせられている。
「悪いことしたのはお前だろ。作った卵の数はちゃんと把握してるんだからな」
死角から忍び寄ってくるグルフナ本来の
「ん、美味いな。これ宝石グミかな……兄のラモルがこんなに旨いなら妹も……うん、美味い」
アルフの目に生気が少し戻ってきた。
実はこれら、カーバンクル兄妹の魔力で作った卵だった。
魔力や魔素に敏感な彼らが、この場の異質すぎる濃密なそれに耐えきれなくなりそうだったため、応急措置として……いや、それにかこつけてが正しいだろうか。
「でもでも、代わりにちゃんと魔物を呼び寄せましたよ。それも拷問好きな。そりゃ、つまみ食いはしちゃいましたけど……それでも気を利かせた分のご褒美があってもいいと思います」
よほど食べたいのだろう、グルフナは涎を拭いながら食い下がってくる。
「それはもう渡したじゃないか。ブルネルド先輩からパクった卵、美味しかっただろ」
「あれは元々食べる予定だったからご褒美にはなりません」
触手を床にバンバン打ち付けてさらなる抗議をするグルフナ。それでもアルフは知らないとばかりに次から次へと卵を割っていく。
こっちを見向きもせず横暴な態度の主にイラッとしたグルフナは強行手段にでた。
卵をすべてかっさらおうと触手を広げて飛びかかった。
しかし、それは呆気なく防がれてしまう。テーブルが卵を守るべくドーム状に変形したのだ。
さらにアルフの寝転がっているソファから伸びてきた蔓が鞭を振るうようにグルフナを攻撃、拘束していった。
「もう、グリュフナ君ってば煩いよ。アリュフ様は今お歌と踊りを楽しんでりゅんだかりゃね」
独特なラ行の発音で喋る二頭身の幼児体型少年もどきがトコトコやって来て、アルフとグルフナの間に立った。
常に視線の先で揺れながら歌っていた鬱陶しいのが移動したお陰で、アルフの目にいっそう生気が戻ってくる。
なにを隠そうこの鮮やかな緑色の子供こそ、例の恐るべきストーカーである。
美しく瑞々しい大きな葉っぱがローブのように体を構成し、そこから出ている手足や植物でできた幼くやたら愛らしい顔もまた、体とは違う鮮やかな緑色をしている。
元々は植物の大精霊の眷属、世界にたった九人しかいないドリィアド族という種族だったアドイード。
しかし、かつてアルフがお目通りした植物の大精霊は、そのような種族は存在しないと言っていたので真相は謎である。
そんなアドイードは、今もさりげなく自分の一部でもあるソファに大好きなアルフを縛り付けている。それは彼なりの愛情表現らしい。
アドイードはストーキング相手と文字通り一つになれたのだから、ストーカーとして大成功を納めたといっていい。
それなのにまだアルフが足りないという。
外出禁止を言い渡されているアドイードがいるということは……そう、ここはダンジョンの中。つまりアルフの体内である。
自らの体内に入るという驚異的な現象にも、アルフはとっくの昔に慣れてしまった。
「アドイードはいいよね。アルフ様が食べればその感覚を共有できるんだから。さぞ美味しいんだろうね、レアなカーバンクルの魔力の卵」
動きを制限されたグルフナが、消化液を吐き出し蔓を溶かしながらブチブチ文句をたれる。
「おい、室内で唾を吐くとか行儀悪すぎだろ。見てみろ、床に穴が空いちゃったじゃないか。潰瘍になったらどうするんだ」
グルフナとアドイードのやり取りを我関せずで眺めていたアルフが、食べ終わった卵の殻を床に放り投げながら言う。
行儀の悪さはどっちもどっちだとグルフナは思った。
ちなみに、アルフの捨てた殻を瞬時に魔法で回収したアドイードは密かにご満悦だ。
アルフと一つであるアドイードの気持ちは、一応遮断しているとはいえ、多少はアルフにも伝わると忘れているんだろう。
ひしひしと流れてくる喜びと、沸き上がる不快感の狭間で、アルフの心は複雑な色に満たされていく。
そしてそれは、なにがどうなったのか、
「ご飯をくれないアルフ様が悪いんです~」
開き直ったグルフナの発言にピクリと眉を動かしたアルフは、続けてにやりと悪どい笑顔を見せた。
「しょうがないなぁ。じゃあその穴を完璧に修復できたら残りを全部やるよ」
「わぁ、アリュフ様優しいね」
心からそう思っている様子のアドイードに嘘はない。でも――
「うぅぅ、僕は壊すのが得意で直すのは苦手だって知ってるくせに、酷いです!」
「そうだったっけ? ほら、早くしないと無くなっちゃうぞ」
そう言って次の卵に手を伸ばすアルフ。そのやり口はまるで、昔よく遊んでいた木の特級精霊のようだった。
「うっ!?」
突然アルフがお腹を押さえて立ち上がった。
「ア、アドイード、ニトト地区で一人、いや二人死んだぞ。どうなってるんだ。ぐぁ、また一人……」
額に脂汗をか滲ませるアルフはかなり切羽詰まった声だった。
悲しいことに、アルフはダンジョンにもかかわらず
そのため、
「ありぇ? あぁ、こないだ拾ってきた人形を置きっぱなにしちゃってたみたい」
少し考えたあとで、失敗失敗と照れるアドイード。アルフが腹痛に襲われると誰よりも知っているはずなのに、アドイードはこういったうっかりが多々ある。
「は、早く対処してきてくれ。これは久々に強烈なやつだ」
アルフはトイレに駆け込もうとするも、アドイードの蔓のせいで進めない。
「アドイード今はアリュフ様と一緒にいたいな」
甘えるようにアルフの足にすり寄ったアドイードに悪気は微塵もない。
ただ、自らの感情のままに行動しているだけ。
「分かるだろ? 今の俺は限界が近い。頼むよ」
「仕方ないなぁ。じゃあもうアリュフ様と一緒にお外――」
「いい! 出ていい!」
「えへへ。アドイード嬉しいよ」
満面の笑みを浮かべたアドイードは拘束用の蔓を解き、姿を消した。
同時に走り出すアルフ。が、すぐに転けてしまった。なぜならグルフナの触手が足に巻き付いてきたからだ。
「ぬぉぉ……ど、どういうつもりだグルフナ」
どうにかこうにか堪えたアルフが睨みを効かせて問いただす。
「え? なんですか?」
対してすっとぼけた声で聞き返すグルフナ。
「限界なんだよ、これ以上は本当にまずい」
「へぇ、それは大変ですね。僕もなにかお役に立てればいいんですけど」
白々しい。俺と出会った頃はあんなにも健気で可愛かったのに、誰に似たんだこの外道め。
そうアルフの顔に書いてあるが、言わずもがなアルフに似たのである。
一方、勝ち誇った雰囲気を醸しアルフを見下しているグルフナは、ドーム状になったテーブルや床に視線をやりアピールしている。
「チッ。ほら、好きなだけ食えよ」
「わぁ、やった~!」
お許しが出て満面の笑みで卵を食べ始めたグルフナを見ることなく、自由の身になったアルフは今度こそ全力で走った。
ただ本当に残念で気の毒なことに、部屋を出たところで戻ってきたアドイードとぶつかってしまったのだ。
再び転けたアルフはそっと目を閉じて安らかな顔になった。
「早くお外行こう」
だがそんなことはお構い無しで、瞬時にアルフを清潔にしたアドイードが手を取ってくる。
しかしアルフは一〇〇歳を超えての粗相に心が張り裂けそうだった。
迷惑そうな顔で窓を開けたグルフナの行動にも傷付いた。
「明日にしてくれ」
アルフは小さな声でそう言うと、現実逃避するかのように眠り、そのままずぶずぶと床にめり込んでいった。
その床をしばらく残念そうに見つめていたアドイードだったが、なにか閃いたようで、床下のアルフに爆睡する魔法をかけると一目散に走って行く。
そう、アルフの部屋へ。
そして軽く放置されていたカーバンクル兄妹も結局その日は目を覚まさなかった。
ただ額の石には、まるで卵から雛が孵るかの如く無数のひびが入り始めていた。
---------
あとがき
□ラモル□
【種 族】カーバンクル【性 別】男【職 業】なし【先天属性】水
【年 齢】12歳
【レベル】8―――無味
【体 力】34――無味
【攻撃力】19――無味
【防御力】7―――無味
【素早さ】31――無味
【精神力】33――無味
【魔 力】215―ピカピカ青石キャンディ味
【通常スキル】
ひっかき――――無味
微浮遊―――――無味
【固有スキル】
自然界魔素増幅―テカテカ黒石カヌレ味
【適正魔法】
基礎水魔法―――無味
□モルテ□
【種 族】カーバンクル【性 別】女【職 業】なし【先天属性】風
【年 齢】6歳
【レベル】3―――無味
【体 力】19――無味
【攻撃力】11――無味
【防御力】3―――無味
【素早さ】17――無味
【精神力】16――無味
【魔 力】158―キラキラ緑石わたあめ味
【通常スキル】
微浮遊―――――無味
【固有スキル】
自然界魔素増幅―シパシパ黄石かき氷味
【適正魔法】
基礎風魔法―――無味
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