第21話 愛しい来訪者

 フスアト高原にはアルコルトルの深部へ繋がる入口があるらしい。アトゥールの町は今、その話題で持ちきりだった。


 例の行方不明になっていた駆け出し冒険者の体験談がそうさせたのだ。


 現在、アルフがアルコルトルで主に探索を許しているのは壁の部分そのど真ん中辺り。

 壁の厚さはなんと三〇〇キロメートルもあり、高さは一〇〇〇キロメートルをゆうに越える。

 おまけに壁も深部の塔と同じくあらゆるものが無秩序に融合して入り組んでおり、もう何がなんだかさっぱりわからない作りになっている。


 なにより壁も塔もアルフとアドイード、その他数多の魔物たちの気紛れで模様替え・・・・がちょくちょく行われる。

 はっきり言って壁から深部に辿り着くのは不可能に近いし、塔の攻略なんてもっと無理だ。

 というより、アルフはもう誰にも自分たちを攻略させるつもりはないのだ。


 以前、自信満々でやって来た異世界転生者と思われる迷宮の暴き屋ダンジョン荒しなる、チートマッピングスキル持ちでさえ、自ら作ったマップを読み解けず、迷い、幾度となくアルフに回収され、メンタルが灰になって里へ帰ったくらいなのだから。


 それでも時たま転移トラップに飛ばされたり、アルフたちの事情だったりで、冒険者たちが深部の光景を見ることがある。

 そこには壁の中で自然発生する良くて高品質止まりなものが出てくる卵とは違い、超貴重なものが出る可能性のある卵や、それそのもが地面に転がっているのだ。


 しかも倒した魔物が落とす卵はどれもレアなものと決まっている。

 そんな話を聞けば誰しもが深部を目指す。それが冒険者というものだ。


「どうするんですか~?」


 お店のドアに”完売しました”の看板をかけ、カーバンクル兄妹を連れてアルフの体内ダンジョンに戻ってきたグルフナが、崖っぷちの家の庭でふかふか丸太のソファにだらしなく座っているアルフに声をかけた。


「放っとけばいいだろ~」


 どこかやる気のない返事をする主にグルフナはイラッとした。

 同じくやる気のなさそうな声で「そだね~」と相づちをしたアルフの太ももに座っているアドイードにも。


「凄い数の人たちが島に来てるんですよ。このままじゃ不味いですって」


 あれから数週間しか経っていないのに、フェグナリア島へ訪れる者の数が、島民の三倍を越えていた。

 中には魔法王国出身者や今は亡きマデイルナン公国出身者もいたらしい。


「いや美味いだろ~」

「美味しいね~」


 頭が花畑状態のまるでわ噛み合わないアルフたちにグルフナのイライラはどんどん溜まっていく。


 そりゃ、アルフたちにしてみれば島に人が増えた分だけ食料が増えるわけで、普段味わうことのない珍しい味を目一杯楽しめて嬉しいのはわかる。自分だって食べるのが大好きなのだから。それにしてもだ。


「シャキッとしてくださいよ。いいんですか? アルコルトルの大部分がマデイルナン公国を元にしてできてるってばれても。ルトルさんに!」


 ルトル、という名前に反応したアルフとアドイードがガバッと起き上がった。


「ルトル!? どこだ!? 会いに来てくれたのか!!」

「リュトリュくん!? うぬぬぬ……アドイード負けないよ」


 ルトルとはアルフの元婚約者。

 一夜にして謎の消滅をしたとされるマデイルナン公国の元上級貴族であり、今は生き別れていた妹と共にクランバイア魔法王国に身を寄せている。その家名はアトゥール。そう、ルトル・アトゥール。


 この町と同じ名前。


 アルフがルトルとよりを戻したくて名付けたのだ。

 まあよりを戻すもなにもアルフ的にはまだ婚約者のつもりなのだけど……とにかく、この町は本来不慮の事故・・・・・で国を失ったルトルにプレゼントするための町だった。が、ものすごく嫌そうな顔で断られた。


「二人に絡まれるってわかってて本人が来るわけないじゃないですか。ルトルさんの息がかかった宮廷魔法師団が数人調査に来てるんですよ」


 ルトルがここへ調査団を寄越すのは、自分の生まれ育った土地固有の魔物の目撃情報があるからだった。

 薄々勘づいてはいるらしいが、決め手がないのだろう。アルフを断罪する決め手が。


「はぁ……なんだよ。直接来いよ。ルトルの馬鹿」

「アリュフ様にはアドイードがいるかりゃね。寂しくないよ。ほらアドイードがぎゅってしてあげりゅよ」


 再びソファへ座った二人がなにやらイチャイチャし始めた。


「アドイードは優しい。好きだ。それにいつも一緒にいてくれる。大好きだ。アドイード――愛してる」


 こんな風に都合のいい時だけアドイードに甘えるなんて、とグルフナは思う。

 だが合間合間に挟まれた「好きだ」とかはアドイードがアルフの頭に咲かせた妙な花々から出ているので、もしかしたら……。


 それにこれって要は自分が好きってことだよな、とも思った。

 アルフとアドイードは普段別々の個体として生活しているが、本当はもう二人で一つなのだから。


 アホらし。


 急にどうでもよくなった。だからマデイルナン公国云々の他にもバレると面倒臭いだろう、世界中のダンジョン近くへ繋がる出入口については言及しなかった。

 代わりに二人をソファごと崖から放り投げればちょっとはスッキリするかなぁ、なんて考え始めた。


「いた! やっと見つけた! も~、午前中ずっと探してたんだよ」


 そこへダンジョンへ潜るにはあまりにも身軽な兎獣人が姿を現した。


「な、なんだお前!」

「殺していい? いいよね?」

「駄目です。彼はアルフ様の息子なんですから」


 グルフナは驚くカーバンクル兄ラモルと物騒な許可を求めてくるカーバンクル妹モルテにアルフのややこしい家族関係を説明しつつ、おもてなしの準備をしに二人を連れて家に入っていった。


「ちょっと聞いてる?」

「ふぁ……ん? ああ!」


 しばらく呆けていたアルフだったが、近付いてくる兎獣人にもう一度話しかけられると、頭の花を毟って放り投げ、勢いよく彼に駆け寄った。


 一方、急に立ち上がったアルフのせいで太ももから落ちたアドイードは、何故か・・・次々と地面から生えてくる葉っぱにバシバシ叩き転がされて崖から落ちていった。


「どうした? 自主的に戻ってくるなんて珍しいじゃないかコルキス!」

「違うよ、ニールだよ」

「わかってるさ」

「はいはい。それでちょっと話があるんだ……けど、その前に父さんの頭どうにかしない? すごく血が出てるよ?」


 無理やり花を引っこ抜いたせいでアルフの頭は結構な重傷だった。

 しかし常日頃からアドイードの仲直りのぺあるっく死ぬほどヤバいお仕置きを食らい感覚のバグっているアルフにとって、こんなものは怪我でもなんでもなく、痛みも感じていなかった。


「ほらポーションあげるから」


 ニールは、だからなんだ? みたいな表情で首を傾げる父の頭にポーションを振りかける。


 するとそれにいたく感動したアルフはガバッと息子に抱き付いた。


「ちょっとやめてよ。アドイードに殺されちゃうって」

「さっき崖に捨てたから大丈夫だろ」

「じゃああれなに?」


 なんとアドイードは崖の縁から顔を覗かせこちらを睨み付けていた。

 葉っぱに扮した人形にげしげし蹴られているが、まったく気にすることなく、殺意たっぷりに。


「……平気平気。今は可愛い息子の帰省を喜ぶ方が大事だ」

「いやいや、いつもアドイードの嫉妬で酷い目にあってるってのになんで平気なのさ。僕はあんなことされたくないから早く離れてよ」


 ぐいっと両手を伸ばしてアルフと距離をとった瞬間を見逃すアドイードではなかった。

 一瞬でその隙間に転移して、自分とアルフを蔓でぐるぐるに縛り付けるとニールを威嚇し始める。


「やめろ。ニールだぞ?」

「ニーリュなんて知りゃない。どうせまたアリュフ様の浮気相手なんでしょ」

「違うよアドイード。僕だよ、父さんとアドイードの息子のニール。ほらちゃんと鑑定してよ」


 言われて訝しげにニールを鑑定したアドイードの表情がパアッと明るくなった。


「アドイード知ってりゅね。知ってりゅニーリュだね。アリュフ様とアドイードの愛の証だよ。でも駄目だよ。アリュフ様に抱き付いていいのはアドイードだけなんだかりゃね」


 めっと幼い子供にするような仕草を見せるアドイードに、ニールは「そうだね」と返す。

 それからアルフに話は部屋で聞くと促されて歩き始めた。


「とこりょでアリュフ様。さっきどうしてアドイードを崖からポイしたの?」

「アドイードは忘れっぽいだろ? いきなり俺たちの子供愛の証を殺されたら困るからな」

「アドイードそんなことしないよ」

「嘘つけ」


 父たちの怖い話を聞きながら、心底安心したように。

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