第52話 天使みたいな鐘檸檬と本当はいちゃいけない同胞

「左かりゃ、ミカ、ガブ、リャファ、ウリィエだ」


 とても嬉しそうなドアが、生まれたばかりの鐘檸檬ベルレモンをアルフたちに紹介していく。


 全員、天使のような純白の翼と頭上に輝く輪を持っている。

 よく見ればどちらも木でできているんだとわかる。にもかかわらず、翼は思わず触れたくなるようなふわふわ具合で、輪はとても美味しそうなお菓子に見えるし全員が全員、見目麗しい。


 ミカはスラリとした長身。青檸檬のような濃い緑色の瞳と長い白髪で冷徹な雰囲気だ。

 ガブは黒い瞳、紺色の短髪で聖騎士のような凛々しさだが、小柄で童顔のせいか子供が無理矢理そう装っている感じが否めない。

 悪戯好きそうな印象の見え隠れするラファは、琥珀色の瞳と透き通るような赤色の髪が波のように跳ねている。

 そして間違いなく神経質だろうウリエは切れ長の目の奥が銀色に光り、灰がかった茶色のほどよい長さの髪の毛がきっちり整えられている。


「こりぇかりゃ四人はドアたちの畑で働くんだぞ。頑張りゅんだぞ」


 にこにこの極みでそう告げたドアがアドイードと目を合わせて頷き合っている。


「は?」

「馬鹿かよ」

「面倒臭せぇ」

「死ね」


 しかし四人は酷く反抗的な態度で拒否した。哀れ、彼らは生まれてからものの数分で、序列というものをドアから徹底的に叩き込まれることとなった。


「あ、あれがドアのお仕置きか。実際見るとアドイードのお仕置きが可愛く思えるな……」

「ドアのお仕置きは嫌なの」


 引き気味でシュノンの目を塞いでいるアルフの横で、しゃがみこんだアドイードが頭を押さえて震えている。さっきまでドア同じようなにこにこ顔だったのにエライ落差だ。

 さらに隣のシュローとレノンは、あまりの惨状に言葉がでないようだった。


「おいアドイード」

「ア、アドイードにはお仕置きしない約束だよ!」


 毟りとられた翼と砕かれた輪、それらと共にぶち撒けられた樹液の海に立つドアに涙目のアドイードが顔を上げてイヤイヤと首を振りながら叫ぶ。過去の凄惨なトラウマが蘇っているらしい。

 何をしてもケロッとした顔で復活するアドイードを殺さない程度に痛ぶる為のお仕置きは、先程の比ではないのだ。


「わかってりゅぞ。帰りゅかりゃ、さっさとダンジョンのを開けりゅんだ」


 絶対だかりゃね、と念押したアドイードが体内ダンジョンへの蔓の輪入口を開くと、ドアは体から伸ばした細い木の根を器用に操り、物言わぬ生まれたての鐘檸檬ベルレモンたちをそこへ放り込み、自分もいそいそと入っていった。未だ涙目のアドイードもそれに続く。

 なんとなくアルフも続き、つられてレノン一家も入口をくぐって行った。

 皆が着いた場所は見渡す限りに広がった畑。なんと地平線の向こうまで耕されている。


「ん?」


 遥か遠くに薄らぼんやり見える様子のおかしい女が一人。

 アルフが目を凝らして見れば、それはパラサイトハンマーベリーに寄生されてアドイードの傀儡になったグルフナだった。

 生気のない表情で口から涎を垂らしながら、無数の触手をフル活用して畑を耕している。その様相はまさに狂人。


「……」


 薄情なアルフは眉ひとつ動かさず自分の使い魔から目を反らすと、今度は無言で畑の土を手に取りそっと元に戻す。

 土には様々なミネラルが豊富に含まれていた。

 きっとこの畑のどこかに埋められたスピネルの影響だろう。

 アルフは溜め息をついてから、アドイードとグルフナのとばっちりでドアにこき使われている可哀想な息子の居場所を探知することにした。

 ここから北へ遥か彼方、それはいた。畝から痩けに痩けた顔を出して畑にミネラルを供給し続けているそれが。


「アァアアァ、アドイードが、ふふ、ふたふた二人」


 と、時おり【ダメ。ゼッタイ。】のアレでもキメたかのようなニタニタした笑顔を見せる。


「ドア、グルフナはしばらく使ってていいからスピネルは許してやってくれないか? ていうかそもそもスピネルは大森林を荒らしてないんだ。アドイードが自分の罪を擦り付けただけで」

「アリュフ様!?」


 お仕置きされないとすっかり安心して、ドアと楽しそうにお喋りしながら四人の鐘檸檬ベルレモンを治癒していたアドイードが勢いよく振り返った。


 信じられないといった表情からみるみる涙目になり頭を左右に振り始めたアドイードは、喋るのを止めて俯いたドアに肩を叩かれた瞬間、凄まじい早さで逃げ出した。

 一旦は自室へ。しかしすぐに考え直してアルフの部屋へと移り、ベッドに潜り込むとガタガタ震え始めた。恐怖ではなく大好きなアルフの香りに包まれた喜びで。


 一方、瞬時にすべての対アドイード用の罠をすり抜けられらたことを察知したアルフは、やや凹みながら頭の片隅に罠の改良をすることとメモをした。


「まったく、アドイードがしょうもない嘘をつくようになったのはお前のせいなんだぞアリュフ。そりぇに見てたかりゃ知ってりゅ。スピネリュは自分から手伝うって言ったんだ」


 ドアがため息混じりに言うと、草の根で形作られた蛇が地面から現れスピネルを吐き出して消えた。

 するとすかさずグルフナも飛んできて、涎を撒き散らしながら荒れた畑を一心不乱に耕していく。


「アルフ君、なに?」

「ん、えと、まだ綺麗なものだけ見ていて欲しくてな」


 今のグルフナは可愛い孫に見せていいものではない。そう判断したアルフがまたシュノンの目を両手で塞いだのだ。

 それはグルフナが元の場所へ戻るまで続いた。


 アルフは手を離し、はてな顔のシュノンの頭をポンポンしてからスピネルに目をやる。

 近くで見るとそのやつれ具合は相当なものだった。


「やだっ、どうしちゃったのよスピネル」


 久し振りに見た弟の様子にレノンも驚いたようで、駆け寄って体を揺さぶりだした。

 枯れ枝のようなスピネルの首がガックンガックン揺れている。


「そんなに揺するとスピネル君の首から上が取れちゃうよ」


 シュローがそっとレノンの肩に手を置いた。結婚式で一度会っただけの義弟だが、愛妻の追い打ちに心が痛んだようだ。


「ママ、私が回復魔法を使うから」


 シュノンもそう言ってレノンをスピネルから離して詠唱を始める。

 レノンは回復魔法が使えない。先天属性が回復魔法や治癒魔法を習得しやすい水属性であるにもかかわらず。それは結婚の為にゴリゴリの肉体派戦闘人魚の道を選んだ結果であった。


「ヒールウェイブ」


 シュノンが魔法を発動すると、柔らかな波が現れスピネルの体にスッと染み込んでいった。


「へぇ、シュノンは中級水魔法も使えるんだ。その歳で凄いじゃないか」


 アルフに褒められたシュノンは少しはにかんでいる。


「ありがとうシュノン。でも父さん、なんでスピネルがダンジョンにいるの? この子、今はクランバイアの魔法師団長でしょ?」 


 レノンは全快とはいかなくても安心できる状態になったスピネルからアルフに視線を移した。


「休暇中なんだ」


 父のテキトーな説明に一応は納得の顔を見せたレノンだったが、目が覚めたらスピネル本人に聞こうと思った。


「悪いんだけど、レノンたちはスピネルを隠れ家に運んでくれるか? すぐに直通路線を作るからさ」

「分かったわ」

「ん……ほい、できたぞ」


 ほんの一瞬、アルフが考える素振りをしたらもう、アルフの前の耕された畑の一部に小さな無人駅のようなものが出来上がっていた。

 そこへどこからともなく小型の黒いドラゴンが飛んできて、行儀よく待機。その背中は座り心地の良さそうな椅子に変形している。


「いや~っ! 魔物鉄道ポポラレールに乗るなんて結婚ぶりじゃないかしら! 懐かしい~!」


 レノンは手早くスピネルをドラゴンに乗せると、慣れや様子で自分も飛び乗った。そして早くいらっしゃいよ、と唖然としている夫と我が子に手招き。それはどこか子供っぽい仕草に見えた。


「そうだ父さん、少し景色を楽しんでいってもいい?」


 レノンのおねだりに首を縦に振ったアルフは、シュローとシュノンの乗車・・を手伝ってから魔物鉄道ポポラレールに回り道するよう告げる。


「二人とも、魔物鉄道ポポラレールは最高の乗り物よ。特にドラゴンはね」


 飛んで行く魔物鉄道ポポラレールから聞こえてきた、ちょっぴり自慢げなレノンの言葉はアルフを嬉しくさせた。いや、させてしまった。


『よし、全員集合させよう。聞いてるだろアドイード、無理矢理にでも引っ張ってきてくれ。あとその宝物・・は置いてけよ』

『うにゅ?』

『そんな惚けとぼた顔したって駄目だからな』

『……むぅ、アリュフ様のケチ』

『あとで思いっきりバグ・・してやるから』

『バグ!? わかったすぐ連りぇてくりゅね!』

 

 アドイードと頭の中でやり取りしていたアルフの横で、ドアは鐘檸檬ベルレモンたちの治癒を終えていた。


「四人とも元気になったな」

「はい」

「お手数お掛けしました」

「あざっす」

「ありがとうございました」


 若干一名、怪しいのはいるが四人の鐘檸檬ベルレモンたちは先ほどとは見違えるような従順さだ。


「なぁドア、四人はどんな鐘檸檬ベルレモンを育てるんだ? 天使みたいって聞いたけど、実際はどうなの?」

「知りゃない」


 ドアが促すような視線を向けると、鐘檸檬ベルレモンたちはビシッと姿勢を正して喋り始めた。


「ミカは鐘天秤檸檬ベルバランスレモンです」

「ガブは鐘受胎檸檬ベルコンセプションレモンであります」

「ラファは鐘精神檸檬ベルサイコレモンだぜ」

「ウリエは鐘太陽檸檬ベルソーラーレモンを育てます」


 聞いたことない檸檬の名前を言われてアルフはますます首を捻る。


「四人は……そうだな、南南東の丘陵地帯で働くように。じゃあ速やかに移動開始だぞ」


 鐘檸檬ベルレモンたちはドアの命令に返事をして飛んで行った。 


「あの翼で飛べるんだ……ていうかよく分からなかったんだけど」

「ドアもだぞ。実ってかりゃのお楽しみだな」


 ドアはそう言って畑に蒔く種を探しに外へ行ってしまった。アルフにいくつもの出入口を作らせ、買い物もするからとお金をせびって。


 普通ならなんだコイツと思うアルフだが、その遠慮のなさがめちゃくちゃ嬉しかったらしい。いるはずのない同胞と再開できた喜びはアドイードと同じ。

 ドアと初対面のアルフだが記憶の中では産まれたときからとっても仲良しなのだ。どうやら向こうも気を遣うつもりはないようで、それはアルフが心配していた、アドイードとだけ昔のようにされると寂しすぎるという気持ちを吹き飛ばした。


 これなら以前盗み見たアドイードの日記に消えるクレヨンで書かれていた【ねだらけんが大陸ぜんぶもり&また・・一緒にくらすけーかく】を実行してもいいなと思った。


 アルフはたいそう上機嫌な様子で、とりあえず今は全員集合に備えて準備するぞ、と別の階層へ移動していった。

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