第63話 ダンジョンは大雨時々地震と氷

 先日のベルレモン祭り最終夜は例年以上に盛り上がった。

 どこから情報を得たのか、アルフの高価すぎる差し入れを目当てに他の村だけでなく別の島々からも人々が押し寄せたのだ。

 結果、普段ベルジュ島では見られない珍しい出店でみせや吟遊詩人なども集まり、それらは海岸線いっぱいまで広がっていた。


 賑やかなことが大好きなアルフは大喜び。

 孫と子供を引っ張り回し目一杯楽しみ、そして倒れた。突然バタリと。

 それはアドイードの企み。

 成分とアルコール濃度を調整され世界一危険な遅効性の毒薬と化したお酒を煽り続けたせいだった。

 

 アルフが子供や孫たちに祭りでデレデレし、いつも以上の浮かれポンチになることを予測していたアドイードがそれを良しとしないのは当然で、事前に酒蔵へ忍び込み、準備していたヤバい毒物を次から次へと混入させていたのだ。

 それに気付き止めようとしたワインくんを気絶させて……。


 アドイードは祭りが始まるとすぐ行動を開始した。孫たちににっこり微笑んで「アルフ様に飲ませてあげて」とかつてお酒だった激烈な毒を持たせた。

 

 さらにアルフが倒れたのを見計らって独身組に告げ口。

 アルフが彼らの家と体内ダンジョンを繋ごうとしている。アルフを酔い潰したから今のうちに帰り、できるなら引っ越した方がいい、と。

 ついでに多額の引っ越し費用も握らせた。


 アドイードが何か良からぬことを企んでいると感じ取っていたアルフだが、可愛い孫たちから次々に手渡されるお酒を断らなかった。

 それが誰のどんな策略だとしても、孫からのプレゼントを拒否するなど世界が滅びてもありえない。アルフは嬉々として飲み続けたのだ。


 もちろんアドイードは前代未聞の大毒殺事件にならないよう、企みの合間合間にひたすらアルフ以外の飲酒者やお酒に触れた者を解毒して回った。


 ベルジュ島において死者が出なかったのは、アドイードの的外れな頑張りの成果なのだ。


 翌日アルフが目を覚ますと、体内ダンジョンから子や孫が一人もいなくなっていた。


「アリュフ様のア~は、アドイードのア~♪」


 体内ダンジョンにある家族パーティーが行われた家の食堂。アドイードが即興で作った楽しげな歌を歌っている。

 厄介払いとお仕置きを同時に完遂できて大満足だからではない。アルフのためだ。

 

 知らぬ間に子らが帰宅してしまい、押し掛けることも禁じられたアルフはあの日からずっと寂しくて号泣している。

 呼応するように体内ダンジョンは連日の大豪雨。水属性以外の魔物は皆、とても迷惑していた。


 一応、夜にはグルフナに頭をカチ割られて仮死状態になったり、クインの気道塞ぎパンチで意識を刈り取られていたので常に雨というわけではなかったが、それでも心配したカーバンクル兄妹やカプカたち、その他文句を言いたい魔物もアルフの様子を見に来たりしていた。

 が、あまりの落ち込みっぷりとアドイードの浮かれ具合に、関わるとろくなことにならないだろう空気を察知し、誰も声をかけなかったという。


 ただアルフ的には、俺が落ち込んでるのに誰も優しくしてくれない、だった。


「アリュフ様のリュ~は、アドイードと一緒でリュンリュン気分のリュ~♪」


 何日も歌い続けているのにアドイードの歌が変わらず楽しそうな曲調なのは、落ち込んでいるアルフを励ましているつもりなのだ。


「アリュフ様のフ~は、アドイードが大好き過ぎてふりゅえりゅのフ~♪」

「……さい」

「アドイードのア~は、アリュフ様のア~♪」

「うるさーい!!」


 号泣すること二週間、ついにアルフが叫んだ。


「せっかく賑やかな生活が戻ってくるチャンスだったのに、なんてことしてくれたんだよ!」


 胸ぐらを掴み鋭い目付きで責め立ててくるアルフに、アドイードはまったく動じることなく「アリュフ様の為だよ」と告げた。


「あぁ!?」


 なにが自分の為だとアドイードの額に自分の額をぶつけてガンを飛ばすアルフは、完全に裏路地を根城とするドチンピラのようだった。


「だってアリュフ様は子供たちと一緒だとアドイードといりゅときより楽しそうにすりゅよね。あと孫たちにはでりぇでりぇすりゅでしょ?」

「だ、だからなんだよ」

「アドイードちょっとだけなりゃ我慢できりゅけど、毎日は無理だと思うよ。寂しくてたぶん皆を殺しちゃうよ」


 アドイードの澄みきった瞳にアルフはちょっとだけ怯んだ。


「……コルキスたちを育ててるときはそうでもなかったじゃないか」

「アリュフ様にばりぇないように隠りぇて泣いてたもん。毎晩ね。もうあんなのは嫌だよ」

「嘘つけ。いつも俺と一緒に寝てただろ。それもでかいイビキをかきながらな。おまけに寝相も最悪。他にも――」

「ねぇアリュフ様、お腹空いたね」


 アドイードがアルフを遮り大胆に話題を変えた。

 そのまま悲しそうな顔で自ら額を離すというアドイードの異常行動・・・・に、アルフはこれ以上ないほど狼狽えた。


「お、おう? そ、う……だな」


 アルフはもっと文句を言うつもりだった。

 しかし、アドイードから流れ込んできた感情が、凍えるような悲しみに満ちているように思えた。

 こんな感情が流れてくることはそうそうないことだ。

 しかもアドイードはすぐにアルフとの思考や感情の共有を完全に拒絶し、そっぽを向いてプルプルし始めた。


 アドイードが俺から距離をとった、だと……。そう、考えた瞬間、アルフはとても恐ろしくなった。またあの孤独を味わうのは嫌だ、と。

 雨は止んだ。しかし今度はアルフの冷えゆく鼓動に合わせて各地で地震と氷の間欠泉が発生し始めた。各所で悲鳴が上がっている。

 

「お、おいアドイード……泣くなよ」

「泣いてないよ」


 小刻みに揺れる緑色の肩。アルフはなんだかとてつもない罪悪感に襲われて、アドイードに触れてもいいかわからなくなる。

 寂しいのが大嫌いなのはアドイードも同じ。気付かぬうちにアドイードに孤独を感じさせてしまったのかと不安になった。


 しかし、騙されてはいけない。


 別にアドイードは子供や孫云々のことで文句を言われ悲しんでいるのではない。だた、アルフにイビキが煩いとか寝相が最悪とか言われてちょっぴり傷付いただけなのだ。


「な、なぁ悪かったよ。ちょっと感情的になったかもしれない……ごめん」

「バグして」


 アルフは言われたとおりアドイードを後ろから抱きしめて、それはそれは優しい声で約束の合言葉を呟いた。

 基本的にアルフはチョロい性格なのだ。

 どうやら抱きしめた途端、アドイードがでへっとだらしない顔になったのにも気付いていないらしい。


 その様子を離れた場所で見ていたクインが馬鹿馬鹿しいと溜め息をついている。クインのいる場所からはアドイードの表情がよく見えているからだろう。

 過去にも同じような豪雨・・を経験しているクインは、呆れた様子で深部塔上層一〇三階層ドールタウンへ戻っていった。

 普段、アルフやアドイードにひたすら容赦のないクインだが、泣き続けるアルフはやはり心配だったらしい。とはいえ、これ以上長引くようなら泣き止むまでアドイードもろともボコボコにし続けようと思っていたのだが……。


 ちなみにこの場にいないグルフナは、魔物たちから寄せられるクレーム対応や水没及び破損場所の修繕に卵屋の管理にと大忙し。

 アルフが元気になったら、頭をカチ割る以上のことでストレスを発散してやろうと心に決めていた。

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