第41話 ダンジョンは観光地クラッシャー! 但し、魔法王国に限る
アルフは悩んでいた。
畑に囲まれた小さな家でああでもない、こうでもないと唸っている。
宮廷魔法師団と中央魔法騎士団を双子の王子共々厄介払いしたアルフは、早く外へ遊びに行きたくてウズウズしているのだ。
しかし問題はどこへ行くか。
観光名所の多いクランバイア魔法王国だが、既に近場の有名観光地は訪れている。
例えば王都から東へ数十キロの場所にある斜陽の滝。夕方になると天に向かって流れ落ちる大きくて美しい滝だ。
あれで水浴びしたら気持ちよさそうだね、とはしゃいだアドイードが、注意してくる係員を蔓でぶちのめし、そのままアルフの手に絡ませてダイブ。仲良く天の果てまで流された。
そのままほぼ溺死状態で水の出口に詰まったせいで滝は氾濫、未曾有の大洪水が引き起こされた。
反対の西にあるのが
荒地の真ん中に黒と灰色の草木が乱れ茂った月そっくりの大きな球状の森である。
ずっと丸いからつまらないと言うアルフのために、アドイードは植物たちに動いて形を変えるように無茶な要求をし、できないとわかると、それらの枝を手に根を足となるよう改造した。
結果、森は一時間毎に球から様々な形に変わるようになったが、その分消費する栄養を手足を使って観光客や冒険者たちから補うようになった。
また、北には愛の草原と呼ばれる場所があり、ハート型の花畑や池などが点在している。
これらは、かつての国王と第一王妃が夫婦喧嘩をした名残で、王妃の契約精霊たちが作った観光名所と伝わっており、すべて巡ると喧嘩の原因や後日談がわかるという。
その原因も後日談も知っているアルフとアドイードは「こんなの残すとか頭おかしいだろ」とか「浮気を美化すりゅなんて許さりぇないよ」とか大声で文句ばかり。
おまけに未だ残る契約精霊たちの魔力を欲した
他にも訪れた観光地は多々あるが、ことごとく危険地帯に変貌させ……アルフたちはとんでもない額の賠償請求を受けている。もちろん無視。
復讐しないんだから賠償は帳消しと考えているのだ。それに持ってるお金の大部分は既に使い道が決まっている。
「やっぱ波打つ紫紺砂漠かなぁ」
それは王都から南へかなり進んだ場所に広がる紫紺色の砂漠。乾いた砂がまるで海のように波打っており、浅瀬ですら船がなければ徐々に沈んでいく。
「そこがいいですよ! あそこにしかない美味しい
隣にいたグルフナが目をつぶって涎を拭い始めた。
「でもあそこはちょっとなぁ」
自分で言い出したくせに、アルフがあれこれ嫌なところを挙げていく。暑いとか靴や服に砂が入るとか……。
「ねえ父さん、エパネブル蟹ってなに?」
近くで話を聞いていたドロテナが割り込んできた。
生き人形に追いかけられていた彼女とスピネルは、助けてもらう代わりに、実家にお泊まりを申し出たのだ。
というより帰って欲しくなさそうな素振りを隠さないアルフを見たドロテナが空気を読んだのだ。スピネルはアドイードと一五年ぶりに同じベッドで寝たくて。
そのスピネルは今、畑で食材の収穫をしているアドイードを
そんな残念な息子のことをアルフはストーカーのストーカーだと思っている。
どうしてああなったのかは全然覚えていない。
「
「私のこと言ってるなら違うわよ。それはレノン姉さんの時でしょ」
ドロテナは真っ直ぐ自分を見てくるアルフに、同じく真っ直ぐ視線を突き刺して訂正を入れた。
「そうそう、そのコルキスの時な」
悪びれる様子もなく肯定するアルフだったが、頭の中では目の前の娘には何をあげたんだっけと、焦りながら考えていた。
「私とスピネル兄さんはもらってないわよ。一三歳でここを出ていったから」
ドロテナはそんなアルフことなどお見通しで、微妙に視線をさ迷わせる父にピシャリと告げた。
「ああ! そうだったそうだった。コルキスが泣きながら出て行って、それを見たコルキスが一人じゃ心配って付いて行ったんだよな」
聞いているのがドロテナでなければ誰のことを言っているのか理解できなかっただろう。
「私はドロテナ、兄さんはスピネル。いい加減そう呼んでくれない?」
ジトッとした視線で言われたアルフは曖昧に返事をした。コルキスとはアルフにとってとても大切な名前なのだ。
「はぁ、もういいわよ。それで結局どこに行くの?」
「それなんだよ。クランバイアの観光地やダンジョンなんてほとんど行き尽くしてるからなぁ」
助かったと思ったアルフはすんなり話題の変更に乗っかった。
「え? 父さんって他のダンジョンに入れるの?」
ドロテナが耳をピクピクッと動かした。驚いた時の癖みたいなものだ。
エルフ特有の長い耳、そしてダークエルフ特有の耳飾りのような耳たぶが小さく揺れる。
「なに言ってるんだよ。小さい頃、美味しいサンドイッチが食べたいって泣きまくるから
「そうだったかしら……」
火で炙ると体内の物を美味しいサンドイッチに変化させ、死なない程度の衝撃を与えるとそれを投げつけて逃げる。
また、手足が美しいほど美味しいサンドイッチを作るといわれている。
たまに食べ物以外も体内に保存していて、炙るとそれも食べられるサンドイッチにしてしまう。ただしその場合、味の保障はされない。一口食べて悲劇が……なんて話は割りとよく聞く。
アルフとアドイードはダンジョンのくせに、植物系以外の魔物を一から作るのが大の苦手だ。
だから新しい種類の魔物を増やすには、いったんその魔物を
それでも上手くいくことは稀で、多少手間でも外の魔物を
当時、アルフはサンドイッチを所望する我が子のために、
諦めかけたそのとき、ふと思った。どこかから魔物の卵をかっぱらってきて
それを確かめるために卵泥棒を働いたのだ。我が子と共に。
結果は上々。
懐きはしないが
後輩に手を出さないのはアルフのプライドらしいが「いいなぁ」とか「俺も欲しいなぁ」とかウザいので、結局後輩も卵を差し出すという。
ちなみにアドイードがやたら生き人形を拾ってくるのもこのためだ。加えて生き人形は一体一体が別種という珍しい魔物で、アドイードのコレクション感情を刺激するらしい。
「やっぱり覚えてないわ。それに魔物が吐き出したサンドイッチってちょっと汚い……」
「嘘だろ。さんざん駄々をこねた挙げ句サンドイッチを食わせたら、今度は毎日サンドイッチをねだってきて、出さなきゃ嫌いになるってわめいてたのにか?」
アルフは当時のことを思い出してガックリしてしまった。
「ま、まぁそれはいいじゃない。今もこうして父さんのこと好きなんだし」
「その言い方……ドロテナは良い大人になったな」
「父さんを見習ったのよ」
こういう返しは狡いとアルフは思った。子供にそんなこと言われたんじゃ親はなにも言えないじゃないかと。
「まあそれは置いといて。父さんがダンジョンに入れるならお勧めの場所があるんだけど、聞きたい?」
「そりゃあ、楽しい場所ならな」
「きっと気に入るわよ。最近、エデスタッツ樹海の中にあるルデアリネ湖の
本当にドロテナは良い大人になったとアルフは思う。
魔法王国では新しいダンジョンが出現すると、高ランク冒険者とその領地の魔法騎士団、及び王都から宮廷魔法師団や中央魔法騎士団が派遣され大規模な調査をすることになっている。
エデスタッツ樹海といえば王都から南西、そう遠くない場所にある大森林だ。
となると中央魔法騎士団と宮廷魔法師団の両方が出向いたはず。
おそらく調査できなかったエリアがあるのだろう。
そこでこの頭の回る娘は、不滅のダンジョンである自分に未調査エリアの探索をやらせようと思い付いたに違いない。
「ルデアリネ湖のダンジョンか……よし、お前たちも付き合え。家族旅行に行くぞ」
「え? いや、私たちは仕事があるから――」
「ちょっと待ってろ」
アルフはドロテナの言葉を遮って姿を消した。
「ありぇ? アリュフ様は?」
そこへアドイードが入ってきた。
畑で収穫してきた
「えっと……」
答えに困っていたドロテナだが、直ぐにアルフが戻ってきた。
「二人の休みを取って来たぞ。一ヶ月くらい」
「あ~、キーファ君の所に行ってたんだね」
珍しく何の遮断もなく流れてきた大好きなアルフの思考にでへっとするアドイードの言うとおり、アルフは無駄に長生きな弟の所へ行き二人の休みをもぎ取ってきたのだ。
ただ、正式に許可を得てきたわけではない。
中央魔法騎士団長と宮廷魔法師団長を一ヶ月ほどを借りると言ってきただけ。
そろそろ仕事を切り上げようと思っていた先々代の国王は、突然現れた当時のまま変わらぬ姿の兄の言葉に眉間押さえたあと、どんな仕返しをしてやろうか考えながら軍務大臣に使いを走らせたという。
「そうと決まれば早速出発だ。アドイード、準備してくれ。あとグルフナはいつまで涎垂らしてるんだ。そこ綺麗にしとけよ。クインは……誘っても無駄か」
「アリュフ様とお出かけ~」
「はっ! エパネブル蟹は!? 僕の焼きエパネブル蟹はどこですか!?」
素直に返事をしたアドイードと目を開けてキョロキョロするグルフナ、そして戸惑っているドロテナ。
「ちょっと、これは!?」
ドロテナの言うこれとはアドイードが床に放り投げた収穫物。
「持って行くさ。確かあいつらは塔の下層六四階に住み着いてたよな……」
アルフが少し考えてから何か呟く。
すると床から
その光景にドロテナは嫌な予感がした。
「ドロテナたちの晩ごはんはサンドイッチにするぞ。好きだろ?」
娘と目が合ったアルフがにやりと笑う。
なお、スピネルは見てるだけで収穫を手伝わなかったことに腹を立てたアドイードによって影から引きずり出され、今はトゲのある畑の作物に縛り付けられている。が、その顔は何故か満足気だった。
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