第42話 激怒! ヤバイ魔法とヤバイしこう!
エデスタッツ樹海。
人によっては大森林と呼んでいたりもするその場所は、クランバイア魔法王国最大の森林地帯であり、世界でもっとも危険な場所の一つとされている。
にもかかわらず、豊かな自然を好むエルフ種や力のある獣人たちが逞しく暮らしている場所でもある。
近年、彼らの協力で比較的安全なルートがいくつか確立されたため、Cランク以上の冒険者限定で採集や狩りが許可されるようになった。
そのせいか、この樹海のどこかには幻のハイエルフの里があるという噂だったり、妙な喋り方をする不思議な子供の目撃情報といった都市伝説じみた話もチラホラ囁かれている。
今回アルフたちの目的地であるルデアリネ湖は、エデスタッツ樹海のやや深い場所に位置する三日月形の窪地に広がる完全に透明な湖。
触れるまでそこに水があることすら分からないほどで、ここにしか生息していない
美しいが危険な場所であり、それらの生息域には従来どおりAランク以上かそれに見合った実力者しか立ち入ることができない。
しかしそんなことアルフには関係のない話。魔法王国において特別な
それにダンジョンという存在の中で考えれば、弱いけど厄介だとかハラスメント特化型、嫌がらせの化身という評価のアルフだが、ヒト種から見れば圧倒的な強さを誇る。
そもそもが前述の立ち入りの条件など余裕で満たしているのである。
しかしアルフたち一行はエデスタッツ樹海には向かわず、途中にある樹海の町エデスタに立ち寄っていた。
なぜなら卵を組み合わせて作った空飛ぶ鯨型の船に乗って移動していたアルフが、その上空を通りかかった時に良い感じの
エデスタはエデスタッツ樹海から一キロほどの距離に築かれた新しい町。大きさもそこそこで、樹海で採れる珍しい自然の恵みや魔物の素材を目当てに、多くの冒険者や商人で溢れている。
まさかこんな賑やかな場所で見つけられるなんてとウキウキしているアルフは、服をはだけさせたグルフナをお供に手土産の
アドイード、ドロテナ、スピネルは
といっても、一緒にいるようなものではあるが……。
「おいおい、ずいぶん綺麗な顔したガキが入ってきやがったぜ」
「おまけにとびっきりのスケベな美人と一緒ときた。お前ら真っ昼間からウリの営業かぁ?」
「ギャハハハ」
アルフたちを見て昼間から飲んだくれている数人の薄汚れた中年冒険者たちが騒ぎ始め、そのうちの一人がエール片手にアルフの行く手を塞いだ。
下品な笑みを浮かべアルフの体をねっとり見回し、ぺろりと舌なめずりをする。
「銀貨10枚でどうよ? 天国見せてやるぜ?」
そう言ってエールを一口飲む男。
「げへへ、相変わらずそういうのが好きだなショタック。じゃあ俺はそっちの美人にするか」
別の男がグルフナに近付き酒臭い息を吹きかけ、むんずと胸を鷲掴みする。が、周囲に気付かれないようあっという間に意識を刈り取られていた。
「う~ん、安く見られたもんだな。俺とそういうことしたいならジール神貨でも持ってこいよ」
揉め事の予感を感じ取った受付職員が止めようとするの制したアルフがショタックを煽る。
「はぁ? 何わけかわんねぇこと言ってやがる」
あれ、通じなかったか? と思ったアルフだがショタックが知らないのも無理はない。
ジール神貨とは、セイアッド帝国が所有している世界にたった一枚しかない特別な硬貨。歴史上一度も使用されたことはなく、存在すらセイアッド皇帝を除けば一部の王族しか知らない代物。
その一枚でこの世界のすべてを購入できる価値があるとされている。
つまりセイアッド帝国はその気になれば全世界を買収できるのだ。
もっとも、巨大な浮遊大陸に築かれた唯一の国という誇りを大切にしているセイアッド帝国が、下界の国々など欲しがることはないのだけれど。
「それに俺は自分より醜い奴とはヤらないことにしてるんだ。
今度は直接的に貶して男を煽った。
その言葉に周囲の冒険者が「確かに醜いぜ」などと笑い始める。
実は五歳までは皆から天使のごとく可愛がられていたショタック。しかしどう間違って育ったのか、目の前の男にその面影は一切ない。
――笑われている。容姿に酷くコンプレックスを持っている彼はキレた。
「調子に乗ってんじゃねぇ! 殺されてぇのか!?」
ショタックがエールを床に投げつける。酔いも手伝ってのことだったが、彼は言ってはならないことを言ってしまった。
アルフもグルフナも無言でショタックから距離を取る。
「逃がすかよ!」
顔を真っ赤にしてアルフに掴みかかろうとした瞬間、ショタックの動きがピタリ止まった。
いや、アルフたち以外すべてが止まったのだ。
「
静まり返った冒険者ギルドに幼い声が響く。小さいが妙にハッキリと、凍てつくような声が。
それはさっきまで
いつの間にかギルド酒場のテーブル下に座っており、瞬き一つせずショタックを凝視していた。
「ねぇ、アリュフ様を
アドイードの鮮やかな緑色の体から数本の蔓が伸びていき、ショタックをきつく締め上げる。さらに蔓からは見るからにヤバそうな苔が現れショタックの体を侵食していく。
「アドイードのアリュフ様だよ? お前なに言ってりゅの?」
そっと立ち上がったアドイードがゆっくりショタックに歩み寄る。
「アリュフ様のものは魂かりゃ皮膚の破片までぜんぶ、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜ~んぶアドイードのものなんだよ?」
一歩進むたびにアドイードの足元からは星雲のような靄が立ち上っていく。
「
アルフの横を通りすぎながら淡々と告げるアドイードの目は黒一色になっていた。
「アドイード、お前
アドイードは右手に渦巻銀河型の立体魔法陣を浮かばせ、その手をショタックに向け口を開く。その時――
「アドイード!! 大好きだ!!」
あとほんの少しで魔法が発動するというタイミングでアルフが叫んだ。
「ふぁ!?」
そして変な声を出したアドイードを後ろから抱っこして頭に頬擦り。危険極まりない魔法陣を霧散させつつ、苔まみれのショタックから遠ざける。
しかしそんなアルフの頭の中は、先の発言とはまったく違い、お前の役目は終わったし満足もしたからさっさと引っ込めというものだった。
「アリュフ様もう一回言って。アドイードよく聞こえなかったよ。ねぇもう一回だよ」
全力を出していたアドイードだ。そんなことは瞬時に読み取っている。だが二人の中では言葉にしたことこそ真実。
アルフの顔を見たくてジタバタするアドイードの目は、感動と喜びで元に戻っていた。
ショタックを締め上げていた蔓とヤバそうな苔が枯れたのを確認したアルフがアドイードを雑に降ろす。
「アリュフ様、もう一回だよ。アドイードのことがなんて言ったの?」
確実に聞こえていたはずだし、なんならアルフが都合よく使ういつもの台詞だとわかっているくせに聞かずにはいられないらしい。アドイードはピョンピョン跳ねながらお代わりをおねだりする。
だがアルフは言わない。
そう易々と口にしてしまっては有り難みが消えて、アドイードを正気に戻したり
「もう言わない。代わりに褒める。よくやった、アドイードは凄いぞ」
「え? そうかなぁ……えへへへ。アドイード褒めりゃりぇちゃったね」
「はいはい、あとは二人の頭の中でやって下さい」
いつもの茶番を黙って見ていたグルフナが面倒臭そうに止めた。
「そうだな。じゃ、さっさと終わらせるか」
あっさりアドイードから離れてショタックに近寄るアルフ。言葉どおり一瞬でショタックの魂に寄生していた
「こいつは宿主から引き離そうとすると宿主ごと自爆するからな。本当、アドイードのお陰だ」
「アリュフ様もっとアドイードを褒めていいよ」
再び始まってしまった二人の面倒臭い茶番劇を見ながらグルフナは思う。
はたしてわざわざアドイードがキレるよう仕向ける必要はあったのか。莫大な魔力を必要とする時空魔法でさえアルフのお陰で使い放題のアドイードなのだ。最初からアドイードに頼んでショタックと魔物の時間を止めてもらえばよかったのに、と。
この答えは単純だった。
アルフが久しぶりに自分のためにぶちギレするアドイードを見たくなったから。
融合して既に一〇〇年以上、なんだかんだと鬱陶しがっていても、アルフはアドイードに対してかなり愛着を持っている。
その愛着がだいぶ歪んでいるのは間違いなくアドイードの気質のせい。
とにかく、ダンジョンの新米主へ良いお土産が手に入ったと喜ぶアルフは満面の笑みだった。
長年、人に寄生したこの魔物はある儀式を行うと面白い魔物に進化するのだ。きっと喜んでもらえるだろうし、敬ってももらえるはず。
アルフは新米に対して先輩風を吹かせる気満々でいる。それはもう竜巻の如く。
「そんじゃあ改めてルデアリネ湖へ行こう」
アルフは意気揚々と冒険者ギルドを後にした。それにもう一回もう一回と煩いアドイードとギルド中の食べ物を一瞬で盗み食いしたグルフナが続く。
三人が立ち去り扉が閉まったところで、冒険者ギルドの時間が動き始める。
突然アルフたちが消えたことと、枯れた蔓と苔まみれになったショタックに驚く一同だったが、苔を落としてさらに驚いた。
中からキリッとした男前の若者が出てきたのだ。
その若者は
アルフが手土産のお礼として、アドイードの魔法で本来の姿になるよう調節して16歳に若返らせてある。
生活に支障を出さないため記憶やステータスはそのままでだ。
きっとショタックは魔物のせいで辛い人生だったはず。これでやり直せたらいいなとアルフは密かに思っていた。
だが、そう思うのなら記憶もギリギリ純粋だった16歳に戻せばよかったのだ。中途半端な処置のせいで、ショタックは目覚めたその足で娼館へ走り、いつも袖にされていた憧れの男娼を指名。
結果、その男娼により激しく入れ込んだショタックは借金を重ねてゆき破滅まっしぐら。
そんなこととは知らないアルフは何年先までも、あの時は良いことをしたなと満足するのだった。
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