第40話 師団長は反抗期真っ只中

 アルフは師団長があまりに自分を恐れ、敵視しているのが可笑しくて笑いが堪えきれなくなってしまった。

 いつかお前なんかやっつけてやると言って、泣きながら出て行ったあの頃となにも変わっていなくて懐かしくなったのだ。


 性別や姿、魔力の質までもわざわざ薬で変えているのに、あれじゃあ無意味だとも思った。

 もっとも、アルフは鑑定を使っているので師団長が家出息子だとすぐにわかったのだが……。


「相変わらず可愛いなぁ」

「そうやって妖精ひとを見下して馬鹿にするところ変わってねぇなクソ親父!!」


 師団長が元の宝石妖精ジュエルフェアリー姿に戻ると同時に、あらゆる角度からアルフ目掛けて魔法を放った。

 無数に襲いかかる火、水、雷、影、植物、それぞれ異なる五つの属性の上級魔法は互いを打ち消すことなく、むしろ相乗効果を生むよう調節されており、それはもはや特級魔法といえる威力だった。

 これほど完成された複数の属性魔法を扱える者は、魔法大国のクランバイアといえどそう多くない。


 師団長はミシアと宮廷魔法師団が姿を消したことを確認すると、さらにたくさんの魔法を放ち始める。


 しかしアルフは避けようともしなければ打ち消す素振りも見せない。

 必要ないからだ。

 ミステリーエッグを発動中のアルフに魔法は効かない。それどころか卵が増えるほど武器や防具を増やすことになる。

 だからミステリーエッグの発動を維持しているだけでいい。


 アルフはどんな柄の卵になるのかなぁとぼんやり眺めている。

 が、突然、魔法が霧散して中から鋭い妖精の羽根が現れた。その数は師団長の放った魔法を超える。

 それは師団長のフェアリーウィングという固有スキルであり、ご丁寧に猛毒まで仕込まれていた。


「馬鹿が! そうやって魔法に対して無警戒なところも相変わらずだな!」


 長年、対アルフ戦法を模索していた師団長。羽根を操っている魔力を卵にされては意味がないと、最後の加速だけ魔力から切り離し弾き飛ばすようにしていた。


 妖精の羽根はアルフを包囲しており回避は不可。

 師団長の考えた魔法を目眩ましにした対アルフ用物理攻撃に隙はなかった。

 この場にグルフナもいないし、アドイードの魔法がなければ絶対に当たると師団長は確信している。


 アルフの息子である師団長は、アルフを殺すことが不可能だと知っている。しかし攻撃を当てること、アルフに不滅でなければ死んでいたと思わせることには彼なりの意味があった。


 これで、これでやっとアドイードが俺に振り向いてくれる。そんな思いと勝利を確信して師団長はニヤリと笑った。


「なっ!?」


 しかし師団長の思惑は見事に外れた。羽根はすべて美しい卵になってしまったのだ。


「どういうことだ……」

「あれ? コルキスには偽卵を見せてなかったっけ? いや、そんなはずないよなぁ」


 驚く師団長を見て首を傾げるアルフ。

 対してコルキスと言われた師団長はさらなる怒りが込み上げてきた。


「俺はスピネルだ!!」


 怒りに吠え次の手を打つ師団長ことスピネル。

 目眩ましの魔法を次々に繰り出し、固有スキルの我が為の鉱物界ミネラルキングダムを発動。ドラゴンの像やダンジョンの固そうな鉱物を操って攻撃を仕掛けた。

 が、やはりすべてアルフによって美しい卵にされてしまった。


「オグッ!?」


 そればかりか、目にも止まらぬ速さで偽卵を腹に撃ち込まれてしまう。


「もう終わりでいいか? このあとドロテナの所にも行かなくちゃいけないんだよ」


 退屈そうなアルフの声がスピネルの屈辱感を煽る。蹲って胃液を吐きながらアルフを睨みつけるスピネルの目は怒りに燃えていた。


「くっ、まだ――」

「もう終わりだよ。お腹痛いでしょ」


 なおも何か仕掛けようとしていたスピネルに、ドラゴン像の下にあった隠し通路からアドイードが待ったをかけ、うんしょうんしょと言いながら這い出てきた。

 あざとい。あまりにもあざとい。嫌そうな顔で見ているアルフとは反対にスピネルの表情が蕩けていく。


「ア、アドイードぉ……」


 案の定スピネルはアドイードの顔を見た途端にデレッとして大人しくなった。


「まだ反抗期なの? すぴねりゅ今年で二八歳でしょ」


 自分の年齢を覚えていてくれたことにスピネルは喜びを露にする。

 しかしアドイードはスピネルの年齢などこれっぽちも覚えていなかった。なんならその存在すら忘れていた。鑑定で見て、ようやくうっすらと思い出した。

 アドイードはアルフに迷惑をかける反抗期を拗らせたスピネルを大人しくさせる、最も効率のよい方法をとっているだけなのだ。


「でも……だってアドイード、アイツが――」

「アイツじゃないよ。アリュフ様だよ。ごめんなさいして」


 アドイードにめっと言われてしゅんとしたスピネルは、しばしの沈黙のあと、いじけた顔でぼそぼそとアルフに謝った。

 そこには若くしてクランバイア宮廷魔法師団の師団長に任命され、団員たちの憧れの的となっている様はなかった。


「ああ~ん? よく聞こえないなぁコルキス」

「スピネルだ!!」


 珍しくアドイードがまともな方法でアルフの役に立ったというのに、空気の読めないアルフのせいでもう一悶着起こった。

 結局アドイードがむごい力業でスピネルを黙らせることになるのだった。



 ◇



 上層四〇階ドラス地区F-35。


 その中の大きな教会のような場合で、クランバイア中央魔法騎士団が暗い雰囲気で休息をとっていた。


 それはたった一体の触手サキュバスの襲撃で団の半数以上が怪我人となってしまったことと、魔力回復薬マジックポーションの類いをすべて使い果たしてしまったからだった。


 下層四五階ガガロ地区D-193と同じく、魔物の入ってこない慈悲の部屋であるここで体勢を整えているのだ。


「ドロテナ、弟に動きはあるか?」


 張りつめた緊張感を紛らわすかのように、クランバイア魔法王国第一王子のヴァロが魔法騎士団長のダークエルフに聞いた。


「ミシア殿下は……え!?」


 黒い葉の地図を見たドロテナは予想外の情報に驚いた。まったく反応がないのだ。

 数時間前に確認した時、ミシア王子と兄スピネルの率いる宮廷魔法師団は下層四五階を探索中だったのに。


「どうした?」

「申し上げにくいのですが、ミシア殿下はこのダンジョンにいらっしゃいません。脱出されたかあるいは……」


 言葉を濁すドロテナにヴァロは表情を一変させた。


「今すぐ捜索と救援を――」

「今の状態でここを動くわけには参りません。まだ怪我人が多いことをお忘れですか? それにダンジョン外への連絡も、もっと浅い階層でなければ不可能です」


 無礼を承知でヴァロの言葉を遮ったドロテナだが、あの兄がいて宮廷魔法師団が全滅するわけがないと思っている。

 少なくとも両団の誰よりもこのダンジョン父の住む実家を知っている兄と自分。

 探索ルートや罠の場所、引き際も完璧だと自負している。

 しかし気分屋で面倒臭がり、そのくせ構いたがりで寂しがり屋、加えて強大な力を持った父が現れたのなら話が変わってくる。


 気分しだいでは兄を残して団を全滅させるかもしれない。

 機嫌を損ねた父がそれに対して容赦しないことをドロテナは知っている。誰よりも。


 そもそもドロテナはアルコルトル探索に反対だったのだ。

 我が子を見た父がちょっかいを出してくる可能性が高いと考えたからだ。兄共々家出同然で飛び出した手前、安全に探索させてくれなどと頼むのも憚られた。


 だが王子の意向には逆らえない。

 

 それは兄も同じで、対策として末妹の経営する魔女の薬屋に容姿と魔力の質が別人になる魔女の秘薬を作ってもらった。

 さらに父と出くわした時のために作戦マンドラゴラを発案、中央魔法師団と宮廷魔法師団に徹底した。

 もちろん双子の王子にも。


 思い出の中の父とアドイードはいつもこの時間帯に昼寝をしていた。父が観念するまで追いかけ回し、嬉しそうに添い寝するアドイードは本当に幸せそうだった。そして邪魔する者には容赦しなかった。

 だから行動する時間帯もしっかり決めていた。グルフナとクインに遭遇する可能性はあるが、グルフナならまだ話が通じる。クインもアルフたちに比べればましだろう。


「うん?」


 下層四五階からこの上層四〇階までを地図に表示させたドロテナがあることに気付いた。

 兄の反応がすぐ近くにあるのだ。


「殿下! 兄――魔法師団長がすぐ近くに来ております!」

「なんだと? ミシアや魔法師団も一緒か?」

「いえ、魔法師団長一人だけです」


 やはり父がと遭遇してしまい兄を残して……と、考えていると外が騒がしくなってきた。


 スピネルが派手な魔法を使ったのだろう。大きな音と振動が伝わってくる。

 予想どおり、ほどなくしてスピネル魔法師団長がやって来たと伝令が届く。

 それから数分、ボロボロになったスピネルがヴァロとドロテナの前に姿を見せた。


「いったい何があった? ミシアは? 宮廷魔法師団はどうしたのだ!?」


 ヴァロがスピネルに詰め寄る。


 スピネルは敬礼の後、魔法騎士団の皆が不安そうに見つめる中で話し始めた。


「下層四五階にて正体不明の魔物と遭遇。偶然地面に転がっていたモリナディ式広域転移装置を使いミシア殿下と宮廷魔法師団はダンジョン外へ脱出しました。私はそれを報せるため残ったのです」


 ドロテナは兄の嘘にピンときた。

 モリナディ式転移装置。それはどれも一人用で、広域転移装置など存在しないからだ。一〇〇年前より入手不可能になったそれの詳細を知らなければ気付かない嘘だった。

 おそらくミシアと宮廷魔法師団は父かアドイードが外に転移させたのだろうということも察した。


「ヴァロ殿下と魔法騎士団方もこちらを使いすぐにダンジョン外へ。魔物の足止めは私と魔法騎士団長がいたします」


 スピネルが差し出したのは黄色い葉でできた魔法のスクロール。

 やっぱり、とドロテナは思った。完全にアドイードが作った特別な魔法のスクロールだったからだ。

 きっとすべて父の指示なのだろう。よく見れば兄の表情がどこか不貞腐れているように見える。


「殿下! 兄と二人ならば如何様にもなりましょう。むしろ少人数ゆえ時間稼ぎ後の逃走も容易くなります。どうかお任せください」


 すべてを察したドロテナが跪き進言する。スピネルと違ってドロテナは反抗期を拗らせたりしていない。

 さっさと王子と同僚たちを安全な場所へ帰して、父に会いたくなったのだ。


「し、しかし……」


 迷うヴァロだったが慈悲の部屋の入口辺りで悲鳴が上がった。

 なんと魔物が侵入してきたのだ。


「まさか!? ここは慈悲の部屋ではないのか!?」

「迷っている暇はございません!」

「全員ヴァロ殿下の近くに集まれ! 動けるものは怪我人に手を貸すのだ!」


 狼狽えるヴァロにスピネルが魔法のスクロールを押し付け、ドロテナは団員に命令する。一斉に動き始めた魔法騎士団――


「うふふふ」


 喧騒に不気味な笑い声が混じって聞こた。途端にスピネルとドロテナの顔が強張る。


「殿下お早く!」

「あれは悪魔です!」


 侵入してきた魔物が一〇三階層にしかいないはずの生き人形だと気付いたのだ。

 二人とも生き人形には酷い目に合わされている。幼い頃の嫌な嫌な思い出だ。


 鬼気迫る表情に変わった両団のトップの様子に、慌てて魔法のスクロールを使ったヴァロは、一瞬にして魔法騎士団と共に姿を消した。


 残されたスピネルとドロテナ。茶番劇が終わりホッとしたのも束の間、二人は生き人形たちから全力で逃げ惑うことになる。

 

 特に最後まで追いかけていたネオフライズ人形、エワァmark_06、レーゴナイトは二人よく遊んでいた生き人形たち。

 懐かしい親友おもちゃとまた会えたのが嬉しくて執拗に追いかけ回したらしいのだ。


 それは二人が子供も時となんら変わらぬ光景で、アルフは懐かしく思いながら眺めていた。


「あの三体Sランクの魔物ですよ……アルフ様って酷い父親ですよね」


 仮面からサキュバス姿に戻り様子を見ていたグルフナの言葉は、誰も聞いていなかった。

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