第13話 夕闇の男

 駆け出しの冒険者が四人、帰りを急いでいた。


「どうしよう、もう夕陽が……」


 蝶の羽根をもった少女の呟きが茜色から青紫色へ移り行く空に消えていく。


 このフスアト高原が夜になると魔物の強さが一変することは、フェグナリア島で生まれ育った四人なら当然知っていた。


「クソッ、早めに切り上げればよかった」


 焦りからか、安っぽいナイフを携えた犬獣人が汗を拭いながら歯噛みする。


 彼らは今日、明日のアルコルトル探索のために特別な薬草採集へ出かけていたのだ。しかし、なかなか目当ての薬草が見つからず、町からかなり離れた場所まで薬草を探しに行ってしまった。


 運良くというべきか、そこまで来てようやく薬草の群生地を発見した彼らは夢中になって薬草を集めた。


 日が傾きかけたのも気付かないほどに。


「僕たち帰れるよね?」


 そう言った兎獣人の見習い神官は既に涙目で、手に持った杖を握りしめている。


 一晩中効果を発揮する強力な魔物避けなど駆け出し冒険者の彼らが持っているはずもなく、その兎獣人の言葉で考えないようにしていた最悪の未来が全員の頭をよぎった。


「おい、見てみろ!」


 先頭を走るリーダーの少年が何かを見付けたようだ。


 それは、こんな田舎には似つかわしくない高貴なオーラを纏った金髪の男。


 夕暮れの高原と相まってとても神秘的な雰囲気に少年は釘付けになった。

 自分たちより四つか五つ歳上だろう男は、日が沈むのも気にせずゆっくり歩いている。

 その様子から、少なくとも夜の高原を乗り切れる手段を持っていると判断した少年は、その男に賭けることにした。


「おーい!」


 少年の呼びかけに男は立ち止まり振り返る。


 その信じられないほど整った男の顔に少年は息を飲むも、優しそうな笑顔で手を振る様子に、これは助かるかもしれないと安堵した。


「皆、なんとかなりそうだぞ!」


 そう嬉しそうな声で仲間に告げたその瞬間、少年は男から伸びてきた触手のような蔓に絡めとられ消えてしまった。


「ひっ!」

「マルクス!」

「嘘でしょ、なにあれ!?」


 一瞬の出来事だったが、ゆっくりとこちらに近付いて来る男が魔物の類いだと察した三人は戦闘態勢に入る。


 しかし時すでに遅し。

 蔓は彼らの足元からも飛び出していた。


 男だけが残された夕闇の高原に冷たい風が流れていく。

 普段と変わらないはずの草花のざわめきは、どこか喜びに満ちているように思えた。


「へぇ、やっぱりか……うん、まぁまぁじゃないか」


 男は体内ダンジョンに引きずり込んだ四人の鑑定結果に嬉しそうだ。


「でもそれ以外は微妙だな。ま、何はともあれ美味しそうな晩ごはんで良かった。さてさて、どうやって魔力を消費してもらおうかな」


 男は安心したように笑って姿を消し、高原には誰もいなくなった。

 地面に転がっている杖はあの見習い神官のものだろう。

 主を失ったその寂しげな杖に一本の蔓が巻き付き音もなく消えた。 


 やがて風は完全な闇に紛れ、すべての痕跡を消し去るように強まっていく。

 今宵のフスアト高原も、いつもと変わらずの魔物の啼き声だけが響いていた。

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