第14話 緑色の子供

「おい、大丈夫か?」


 リーダーの少年、人間で下級剣士のマルクスが見習い神官の少年グリンの頬を叩く。


「う、う~ん、オイラたちいったい……」


 グリンは長い兎耳をピクリと動かしてからマルクスの顔を見た。


「分からない。なにがどうなってるのか」


 マルクスに体を起こしてもらいながら、グリンはぼんやり周囲を見渡した。

 そして自分が所々木の根が剥き出しになっている部屋で気を失っていたんだと気づく。


「今、リーシャとデールが部屋を調べて――ちょうど戻ってきたぞ」

「グリン大丈夫か?」

「う、うん」

「どうだった?」

「駄目ね、どこにも出口はないわ」


 蝶の羽根を持つ少女、見習い魔術師のリーシャの答えには諦めが混じっていた。


「俺の鼻でも何も感じ取れなかった。てことは、きっとここはダンジョンだぜ」


 犬獣人の下級軽戦士、デールの言葉でマルクスはハッとした。


「じゃあ、あの男はダンジョンマスターだったのか?」

「止めてよ! ダンジョンなんかじゃないわ! フスアト高原にダンジョン入口があるなんて聞いたことないもの!」


 リーシャが大きめの声で否定するのは自覚しているからだろう。自分たちの実力が、まだ単独でダンジョンに潜ってもよいレベルではないということを。

 本来なら明日、付き添いの高ランク冒険者と共にアルコルトルへ挑戦するはずだったのだ。


 しかし、皆わかっている。ここがアルコルトルであると。


 最近は島のいたる所でアルコルトルの入口が見つかっている。

 しかもその中には自分たちがされたように、何者かに引きずり込まれるようにして入る所もあるのだ。


 続けて何か言おうとしたリーシャの触角が微かな魔力の揺らぎをとらえた。

 それはデールの鼻とグリンの耳も同じだったようで、三人は勢いよく振り返る。


「何かいる、あの根っこの陰だ」


 一人反応できなかったマルクスにデールが小声で伝える。目をこらして見てみると、緑色の何かがゴソゴソ動いていた。

 警戒しながらしばらく様子を見ていると、その緑色は根の陰からこちらを伺うように顔を出したり引っ込めたりし始める。


 どうやら幼い子供のようだ。


 草人という種族のようにも見えるが、マルクスの知っている彼らとはどうも異なっていた。なんというか、やけに神々しいのだ。


「何か知ってるかもしれない」


 マルクスが仲間たちの顔を見る。


「君、ちょっといいかな?」


 皆の頷きを確認したマルクスが声をかけると、子供は少し驚いた顔をしてから走りだした。


 子供の全身は鮮やかで美しい緑色。

 幼児体型のせいでトタトタという音が聞こえてきそうな走り方で、動くたびにうっすら光る葉っぱが舞落ちて地面に溶けていく。


「逃げたよ!」


 咄嗟にグリンがサンダートラップという初級雷魔法を放った。

 威力はとても弱いが詠唱を必要とせず、魔物の動きを阻害するのによく使われる魔法だ。

 ただ、子供に向けて放つような魔法ではない。きっとグリンの恐怖心がそうさせたのだろう。

 しかしサンダートラップは当たらなかった。

 代わりに緑色の子供の足元が妖しく光ると共に白い卵が現れた。


「あっ……」


 確信してしまったグリンを気にすることなく、緑色の子供はそのまま彼らの正面の壁、特に大きな木の根が張り出している場所へ一目散に駆けて行く。

 ぶつかる、と四人が思ったとおり緑色の子供は木の根に激突してコテンと仰向けに倒れた。

 だが、すぐに体を起こして、ぶるるっと首を左右に振ると、一瞬だけ不思議そうに空中を見てから立ち上がり、木の根をテシテシ叩き始めた。

 すると、木の根がするすると解れていくではないか。


「通路だ!」


 四人の中で一番早く反応したデールが走り出す。


「待て! 罠かもしれない!」


 リーシャもデールに続こうとしていたが、マルクスの言葉を聞いて動きを止めた。


「でもマルクス、あそこ以外に出口はないぜ。それに見ただろあの卵。確定だ」


 デールも足を止めて振り返るも、尻尾が少し苛つくような動きをみせている。


「私も行くべきだと思うわ。だってあの子を見てよ。ついて来いって言ってるみたいじゃない」


 リーシャの言葉どおり、緑色の子供は立ち止まって自分たちをチラリチラリと見てくる。


「ね、ねぇ……君は僕たちについてきて欲しいの?」


 不安そうなグリンの言葉には何も反応せず、緑色の子供は走って行ってしまった。


「どうするマルクス」


「……行こう。皆、警戒は怠るなよ」


 四人は慎重に通路を進み始めた。

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