第15話 グルフナの日常的な話

 夕闇を歩いていた男は自らの体内であるダンジョンに戻ってきた。

 自分の中に入るという摩訶不思議な現象にもとっくの昔に慣れているので、今さらなにか思うなんてことはなく、やたら背の高い木々がざわめく薄暗い森をすたすた歩いていく。


 何度もすれ違う魔物たちは、まだ味わったことのない新鮮なご飯を狩るべく我先に駆けているのだろう。


 しばらく行くと、木漏れ日に照らされたそれはまあ素敵な一軒家に出た。

 ずいぶん広い庭と思しき場所には美しい色とりどりの花が咲き乱れ、そのすべてに蝶が止まっている。いや、その蝶こそが花であった。

 男の許しを得て一斉に飛び去っていった蝶たちもまた、先の魔物たちと同じ方角へ消えていく。


 家の中に入りリビングまで来た男の姿がでろでろと樹液のように溶け落ちて、中からアルフが出てきた。


「ちょっと可哀想じゃないですか?」


 樹液状の物体が最近よく擬態しているサキュバスの姿に戻りながらアルフを責めた。


「仕方ないだろ、我慢できないって泣くんだから。昼御飯抜きだったから腹ペコだ~って」

「え? ああ……いや、それは二人が浮気がなんだお仕置きがなんだってイチャイチャしたからじゃないですか」


 呆れ顔を見せるのはアルフの使い魔兼武器のグルフナ。アルコルトルの中では比較的常識を重んじるらしい自我を持つハンマーである。

 なので、大事に育てていた蝶々草の花を勝手に巣立ちさせられたアドイードを思っての発言を駆け出したちのことと間違えるなんて相変わらず思考回路がゴミだな、なんて思っていても口にはしない。


「イチャイチャに見えたんならお前の目はゴミだな」

「ボクのこの目を選んだのはどこかの卵屋さんなんで、文句があるならそっちへどうぞ」

「……ふんっ」


 アルフは不満そうにソファ代わりのふかふか葉っぱに寝転がり、クッションに手を伸ばす。

 ついでに食べかけでテーブルに放置していた僧侶の薄切り魔力揚げプリーストチップスも手繰り寄せる。


「あれはただの理不尽な暴力じゃないか」


 グルフナの言ったイチャイチャを思い出してアルフは呟いた。


「だいたいあんなちんちくりんのサイコパス、俺の好みじゃないし」

「はいはい」


 そうは思えませんけど、という言葉も言わないでおいた。その代わり――


「そうですね。アルフ様は元婚約者のルトルさんに未練たらたらですもんね。一〇〇年ずっと追いかけ回すくらい未練た~らたらですもんね」


 暗にアドイードがサイコパスならアルフもサイコパスじゃないかということを言った。

 なぜならやってることはほぼ同じだし、そもそも二人は二人で一つなのだから。


 まあ、それでなくともグルフナはアルフがやべぇサイコパスだと確信している。

 だってアルフボクの主ボク使い魔を元婚約者に擬態させて身に纏うという行為を平気でやってのけるのだ。

 アドイードが寝ていたりお出かけしていれば、そのまま荒ぶるアルフのアルフを処理をすることだってある。

 しかもしょっちゅう。

 これがサイコパスでなければなんであろうか。それに例の歪みきった性癖だってある。


「あ、アドイードがグリンたちと接触したぞ」

「そうですか。浮気相手たちにガツンと言うんですかね」

「だから違うって……はあ、もういい」


 グルフナから顔を反らし、いつの間にか取り出していた樹皮と葉っぱでできた本を開いたアルフはなにやらニタニタし始めた。

 合間合間で床から生やした蔓を使って僧侶の薄切り魔力揚げプリーストチップスを口に運び、またニタニタ。


「グルフナ、水~」


 行儀の悪い主がご所望の水を汲みに行く途中、今日はどんな如何わしい本を読み始めたんだろうと然り気無くアルフの手元を覗いたグルフナが見たのは、アドイードが木に激突して転けている場面だった。

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