第16話 アルフの中は誘惑でいっぱい
マルクスたちは呆然と立ち尽くしていた。
緑色の子供を追いかけて通ってきた薄暗い通路は罠もなく魔物も出ることのない一本道で、ただひたすら歩くだけ。ようやく辿り着いた出口の根っこが二股に別れたアーチをくぐると、壁から突き出た崖のような場所に出た。
目に飛び込んできたのは見たこともない壮大な景色と、吹き上げる微かに新緑の香りを乗せた冷たい風が四人を出迎えるように包み込む。
崖の向こうには、植物溢れる巨大で歪な形の塔らしきものが見える。底の見えぬ遥か下から青空を果てしなく突き抜けるように聳えるそれを中心に、これまた巨大過ぎる壁が若干の緑を抱えつつ信じられない広範囲の空間をぐるりと閉じ込めている。
目を凝らすと、塔と壁は生命力に溢れる植物とは反対の、無機質で古びた建築物が無秩序にひしめき合っているのがわかる。
それらは途切れることがなく、遠すぎて霞んでいる向こう側の壁もまた、同じく複雑に入り組んでいるのだろうと容易に想像できた。
また、塔と壁には所々穴が空いていたり、長い吊り橋や桁橋が架かっている。いくつか崩れた橋もあり、何故だろう、それがこの場所をより美しく見せていた。
時おり建築物の間から大量の水が吹き出し、滝を作っている。それは落下するにしたがって白く霧散し、やがて消えていく。
その滝が彼らのすぐ横の壁からも現れた。
轟音を伴う立ち上る水煙が崖の先端に生えていた草木を一気に成長させ、通ってきた背後の通路から吹き抜ける強風は、それらを前方へと薙ぎ倒す。
草木は絡み合い、止まることなく成長を続け、ついには巨大な塔へ続く橋となった。
大質量の水流が弱まった頃、ようやく我を取り戻したマルクスがゆっくり口を開く。
「なぁ、ここってまさか……」
四人は同じことを考えていた。
それはフェグナリア島唯一の都会、巨大な貝や珊瑚の家が特徴的な港町ポアテトにある冒険者養成所の卒業日に、あのニコリともしなかった厳しい教官が冗談交じり聞かせてくれたアルコルトルの噂話。
――アルコルトルの深部には壁に囲まれた塔がある。
目の前に広がる光景が、まさにその話と一致しているのだ。そして教官はこうも言っていた。
――そこは上に行くもよし下に進むもよし。どらちも二〇階層までなら魔物は弱いし、しかも地面にお宝が転がってるって夢みてぇな場所だっていうからな。俺も一回でいいから行ってみてぇよ、と。
「す、すごい」
「本当の話だったのね……」
「早く行こうぜ!」
「ま、待つんだ! 嬉しいのは分かる。だけどそれが本当なら――」
警戒心を捨て去りはしゃぎ始めた仲間たちと、浮かれる自分の心を静めようとしたマルクスの前に剣が落ちて地面に刺さった。
滝の流れがおこす風の一部が姿を変えたらしいそれは、勇者の物語に出てくる聖剣を思わせる輝きを纏っており、目を離すことができなかった。
言葉に詰まったままのマルクスが、恐る恐る水滴のついた剣に手を伸ばす。
ゆっくり地面から引き抜いた剣身は青みを帯びた銀色で、見たことのない美しい文字が刻まれていた。
「ミスリルソードだ……」
聖剣ではなかったが、それでも駆け出しでは決して手の届かない高価な総ミスリルの剣。
それはマルクスを主と認めると言わんばかりに文字を赤く光らせ、纏う輝きを彼の先天属性と同じ風の魔力に変じさせた。
「しかも魔法剣……」
動揺を隠せないマルクスが目を見開くと、剣は小さなつむじ風を解き放ち、マルクスの目と同じ色の宝玉があしらわれた鞘を作った。
我慢の限界だった。
全員おおはしゃぎしながら、できたばかりの橋を全速力で駆けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます