第17話 駆け出し冒険者はどんな味

 

 着いた先は大木に呑み込まれつつある半壊した神殿や、疎らに草の生えた朽ちた道、崩れかけた階段が入り組んでいる場所だった。


「あ! あの木にローブが引っ掛かってる」


 息を切らせながら興奮した声を出したのはグリン。木に駆け寄ると、吸い込まれそうなダークブルーのローブを手に取り目を輝かせる。


 デールも崩れかけた階段の下に何かを見つけたようで、走って行った。


「皆、あまり離れないようにしよう!」


 かろうじて自制心の残っていたマルクスの注意も虚しく、リーシャは半壊した神殿の中に姿を消してしまった。


「そりゃ無理だろ。ちょっと探しただけでこの通りだ」


 戻って来たデール手には、向こう側が透けて見える不思議な赤い短剣に、紫の魔石が嵌め込まれた銀のガントレット。それから数種類ポーションがあった。


「それに、だ」


 デールが自慢気に見せてきたのは、くたびれたポーチ。そのまま見せつけるように、手に持ったポーションを中へ入れていく。

 明らかにポーチの容量を越える数のポーションがするすると――


「ま、まさかそれって……」


 ぶるぶる震えるマルクスを見て、デールはニヤっと笑う。予想通りの反応で嬉しかったのだ。


「そう、空間歪曲腰袋マトラポーチだ! しかも魔法使いや錬金術師が売ってるような容量の少ないパチもんなんかじゃねぇ! デカイ倉庫くらいはある正真正銘の空間歪曲腰袋マトラポーチだ!」


 容量の大きなそれ持つことは、冒険者としての将来がある程度約束されるということ。

 キラッキラの笑顔見せたデールは、また周囲を探索しに走って行った。

 その背を見ながらごくりと喉を鳴らしたマルクスは、そのまま小さく息を吸った後で勢いよく駆け出した。


 その時――


「きゃあぁぁぁ!!」


 リーシャの叫び声が響き渡った。


 宝物探しに夢中だったデールとグリン、そして今まさに走り出したマルクスは、急いでリーシャの元へ駆け付ける。


「何があった!?」


 そこでマルクスが見たのは右腕から血を流し、狭い空間を転げ回って魔物の攻撃を避けているリーシャの姿だった。


「ハリキノコか!」


 ハリキノコはFランクと下から数えた方が早い弱いキノコ型の魔物で、笠に鋭い針を持ち胴体からも針を飛ばしてくる。

 さらに目では認識しづらい菌糸を使う攻撃も得意とする。


「デールは援護、グリンはリーシャの治癒だ!」


 マルクスが素早く指示を出して、手に入れたばかりのミスリルソードに手をかける。

 使い慣れたアイアンソードを使わないのは、少しだけ刃こぼれしており、もしかすると妙に硬いハリキノコには通じないのではと思ったからだ。


 これはとても良い判断であった。


 実は目の前にいるのはただのハリキノコではなく変異種のクロハリキノコ。

 強さの違いはあるが、針の先端がやや黒ずんでいるのが唯一の特徴でハリキノコと見分けがつきにくい。

  誰も気付いていないがランクはDと、駆け出しには厳しい魔物なのだ。


 だからだろう、グリンは魔法の範囲外にいるリーシャになかなか近付けず、マルクスたちも攻めあぐねていた。


 その間もリーシャはクロハリキノコから飛んでくる鋭い針を懸命に避けていた。

 空中を自由に動けるため機動力のあるリーシャだが、狭いこの場所ではそれが活かせない。それどころか、羽根が邪魔で動きづらそうだ。

 そんな状態では魔術の詠唱がままならないのだろう、唇は微かに動いているものの、それは呪文の呈をなしてはいなかった。


「キャッ!」


 ついにリーシャの羽根にクロハリキノコの針が掠め、バランスを失った彼女はそのまま後ろに転けてしまった。

 クロハリキノコはその隙を逃さず、笠にかえしのついた針を増やして突進の体勢をとった。

 しかしそこへデールが横から体当たりして邪魔をする。

 手にもった赤い短剣で急所近くを突き刺しながら。それを見たグリンも走り出した。


 体制を崩したクロハリキノコはふらつきながら壁に激突。そこに刺さった笠の針を抜こうとジタバタし始めた。

 さらに赤い短剣が抜けたあと、ズブズブと焼け爛れ始めた部分を治癒するべく攻撃に使っていた菌糸を傷へと集中させていく。


「マルクス!」

「分かってる!」


 マルクスがミスリルソードを両手に持ち直しクロハリキノコへ駆ける。

 剣身の文字はさきほどと同じように赤く光り、風の魔力を纏っていた。


「おりゃあ!!」


 渾身の力でミスリルソードを振り下ろしたその時、風の魔力が無数の刃となってクロハリキノコを斬り刻んだ。


 バラバラになったクロハリキノコの体は四方へ散らばり、ベチャリと音を立て、すぅっ溶けるように消える。通常なら。だが何故かクロハリキノコは卵になってしまった。


 誰も不思議に思わないのは、ここが不滅のアルコルトルであるからだろう。


「す、凄い。硬いハリキノコに何の抵抗もなく刺さった。しかも風の刃まで……」


 感激しながらもマルクスは少しフラついてしまった。思った以上に魔力を消費してしまったのだ。


「サンダーヒール」


 詠唱を終えたグリンの手から伸びる治癒魔法が、パチパチっと空気を走っていく。

 それは一瞬でリーシャの傷に辿り着き、傷を塞いでいった。


「ありがとう皆」

「無事でよかった」


 デールが安心したようにリーシャの肩を叩く。


「ごめんね。油断してた」

「そ、そうだね。これからは四人で行動しよう。ダンジョン探索の基本だし……」


 真っ先に一人で行動していた手前、少し気まずそうにグリンが進言するも、いつの間にか着替えていたダークブルーのローブのせいで説得力はやっぱり皆無。


 マルクスはそれが何だか可笑しくて笑ってしまった。

 つられて他の三人も笑っていく。特にリーシャは恐怖を味わったせいか、その目には少しだけ安堵の涙も浮かんでいた。


「じゃあ改めて探索を! って言いたいところなんだけど、魔力を使いすぎたみたいなんだ。デール、悪いけどさっき仕舞ったマジックポーションをくれないか?」

「孔雀鹿の骨一本奢りな」


 冗談めかして高級おやつをおねだりしてくるデールに曖昧な笑みを見せつつ、マルクスはマジックポーションを受け取った。

 それから瓶の蓋を開けてため息を一つ。やや時間を置いてから意を決したように一気に飲み干した。


「くっ……あれ?」


 ポーション類は不味い。それは何があっても覆ることのない世界の理だと言われている。

 特にマジックポーションは群を抜いて不味い。


 しかし、マルクスが飲んだポーションは違った。ほんのり甘かったのだ。


「どうしたんだ?」

「いや……なんでもない」


 手に持った空き瓶にはご丁寧にマジックポーションと書かれているが、本当は別の薬だったのでは……拾った物を迂闊に飲むんじゃなかったと一人反省するも、ちゃんと魔力が回復しているのを実感したマルクスは、それを仲間に告げなかった。

 こういうところはリーダーといえど、まだまだ未熟なのだろう。

 報告や相談を怠ったが故にダンジョンで帰らぬ人となってしまうのは、若い冒険者によくあることなのに……。


「じゃあ行こうか」

「待って、ドロップ品があるみたいよ」


 部屋の出口に進み始めたマルクスをリーシャが止める。指差した場所にはキノコ柄の卵が。見ているとぴきぴきと割れて、黒いトゲのある物体が三つ出てきた。


「これ、黒トゲトリュフじゃねぇか!」


 デールが匂いを嗅いで間違いないと騒ぐ。


 黒トゲトリュフとはクロハリキノコのレアドロップ品で、一つおよそ共通金貨三〇枚前ないし、世界金貨ニ五枚前後で買い取ってもらえる高級品。


「え、じゃあさっきのってクロハリキノコだったの!? 僕たちDランクの魔物を倒したってことじゃないか!」

「そう、なるな。やっぱり魔法剣は凄い」

「それを使えたマルクスも凄いのよ」


 照れるマルクスを一通りからかった後で、四人は再びダンジョンの探索を開始した。

 途中、何度か魔物と遭遇するもすべてFランク以下で、そう苦労することなく、ダンジョンを進んで行くのだった。


 緑色の子供ことなどすっかり忘れて、深く深く……。


 ◇


「っあ~! 美味しかった!」

「う~ん、もうお腹いっぱいだよぉ……むにゃむにゃ」


 久々に当たりの食事を終え、アルフとアドイードは満足感たっぷりといった様子で葉っぱのソファに寝転がっていた。

 特にアドイードは幸せそうで、アルフの浮気相手への制裁・・・・・・・・・・・・などすっかり忘れて涎を垂らして眠っているようだ。


「……いいなぁ。ねぇ、アルフ様。体内ダンジョンに入ってきた人たちってどんな味なんですか?」


 物欲しそうな顔で浮かんでいたグルフナが複数の触手を動かしながら近付いてくる。


「ん、そうだなぁ……グルフナが一番美味しいって思うものを想像してみろ」


 食後の余韻を邪魔されたアルフが面倒臭そうに顔を上げた。


「はい、しました」


 偽触手美女、もといグルフナが素直に頷く。


「その一万倍美味しいって感じかな」

「分かりにくいです! もっと伝わるように教えて下さいよ~!」

「気が向いたらな。さてと、そろそろ俺も寝ようかな。アドイードのご機嫌も直ったし、満足満足」


 アルフは怠そうに欠伸して、食事の提供者たちの処理をグルフナに申し付ける。


「うう~、明日の朝食はアルフ様の卵食べさせてくださいよ!」

「はいはい」


 アルフは触手をバタバタさせるグルフナへおざなりに手を振り、自分に巻きつくアドイードから伸びる愛に満ちた鬱陶しい蔓をひっぺがしてから部屋を後にした。




-----------


あとがき



□マルクス□

【種族】人間【性別】男【職業】下級剣士【先天属性】風

【年 齢】13歳

【レベル】8―――無味

【体 力】38――無味

【攻撃力】49――無味

【防御力】22――無味

【素早さ】20――無味

【精神力】4―――やや汗臭い

【魔 力】10――すっきり爽やかソーダ味

【通常スキル】

 見習い剣術―――無味

 よろよろ三連撃―三色トリプルオレンジのフィナンシェ味

【固有スキル】

 攻撃力アップ――そよ風りんごのジュース味

【適正魔法】

 無し


□デール□

【種族】犬獣人【性別】男【職業】下級軽戦士【先天属性】火

【年 齢】13歳

【レベル】10――無味

【体 力】45――無味

【攻撃力】31――やや犬臭い

【防御力】27――無味

【素早さ】37――無味

【精神力】5―――無味

【魔 力】17――鈴蘭カエルのしゃぶしゃぶ味

【通常スキル】

 返し切り――――無味

 食い千切り―――無味

 見習い短剣術――無味

 嗅覚強化――――背骨人参のサラダ味 

【固有スキル】

 遠吠え―――――焰チップスステーキ味

【適正魔法】

 無し


□グリン□

【種族】兎獣人【性別】男【職業】見習い神官【先天属性】雷

【年 齢】12歳

【レベル】7―――無味

【体 力】19――やや兎臭い

【攻撃力】8―――無味

【防御力】14――無味

【素早さ】10――無味

【精神力】2―――無味

【魔 力】47――ピリッと旨味しっかりスープ味

【通常スキル】

 下手くそお祈り―稲妻おむすび味

 見習い杖術―――無味

 涙の禁欲――――痺れ松茸チャーハン味

【固有スキル】

 性欲爆発――――雷鳴ラーメン味

 ロッドアロー――イエローシュリンプフライ味

【適正魔法】

 下級雷魔法


□リーシャ□

【種族】蝶人パピヨン【性別】女【職業】見習い魔術師【先天属性】水

【年 齢】12歳

【レベル】11――無味

【体 力】29――無味

【攻撃力】5―――無味

【防御力】22――無味

【素早さ】51――やや粉なっぽい

【精神力】3―――無味

【魔 力】101―花蜜パンケーキ味

【通常スキル】

 いたずら――――食人花クッキー味

 見習い調合―――無味

 下手くそ水魔術―ぺろぺろルギス味

 下手くそ風魔術―爆弾パイン味

 飛行――――――無味

 燐粉――――――無味

【固有スキル】

 妖精の輪フェアリーサークル――アクアバタフライピーチョコレート味

【適正魔法】

 下級水魔法

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