第18話 使い魔は嘘も得意で食べるのも得意

 フェグナリア島の冒険者ギルド、特にアルフの住む山の麓の町アトゥールの冒険者ギルドはひどく沈んだ空気に包まれていた。

 それは先日、晴れて冒険者養成所を卒業した新人たちの死が確実視されているからだった。


 ことの発端は約束の時間になっても駆け出しの冒険者パーティー海碧の風巻かいへきのしまきたちが、付き添いを頼んだ先輩冒険者たちの元に現れなかったこと。

 今期の駆け出しの中でも特に真面目だと言われる彼らが約束をすっぽかすのはおかしい、とギルドへ報告が上がったのだ。


 さらに先輩冒険者たちの行動は迅速で正確だった。

 聞き込みもそこそこに、彼らがフスアト高原に向かったきり昨日から戻っていないこと突き止めた。

 彼らは今、他の冒険者たちと懸命に捜索を行っている。

 しかし駆け出し冒険者がこの場所で夜を越せるはずがない。

 せめて遺品だけでも持ち帰られれば。噛みしめる下唇にはうっすら血が滲んでいた……。


 さて、外そんなことになっているとは露知らず、少年たちは高揚していた。

 冒険者養成所をトップの成績で卒業した自分たち。

 上手くやっていける自負はあったものの、まさかこんなに早くダンジョンの、それもアルコルトルの深部を探索できるとは、と。

 辿り着いた者が片手で数えられるほどしかいないという、あのアルコルトルの深部を。

 しかも一人前の冒険者でもなかなか入手できない装備品や、そこそこ貴重な魔物の素材に植物、アルコルトル特有の不思議な卵を目一杯採集できた。


 それに歪な塔は町や村、城や工場、遺跡や神殿に森や畑、川や滝など様々な人工物と自然を考え無しにごちゃ混ぜにした作りになっていて、どこをどう進んでも興味が尽きない。


 遠くに見える塔を囲む壁もまたしかり。

 階段や謎の配管が巨大な根と絡み合っていたり、浮島や空中庭園らしきものも散見される。


「ねぇ今日はもうあそこで休もうよ。さすがに体力スタミナポーションを飲み過ぎてると思うんだ。これ以上は体がおかしくなっちゃうよ」


 やや疲れ顔のグリンが指差しているのは塔の側面に張り付くように建っている民家の一つで、不思議と安全そうに思える家だった。


「そうね。私も飛びっぱなしだし、そろそろなにか食べたいって思ってたの」

「確かに。言われるとなんか急に腹が減ったきたな」

「あ、じゃあ俺さっき肉屋みたいなとこで見つけたデカイ骨がいい」

「僕は川沿いでやっつけたキャロットラビトの耳がいいな。あれ美味しいんだぁ」

「え、兎食べるの? 共食いじゃない」


 先を歩くマルクスとデールは、グリンが真っ赤な顔で共食いじゃないもんとリーシャに反論しているのがなんだかおかしくて、クスクス笑っていた。


 しかし家の前に来て顔色が変わった。

 扉に営業中という看板がかかっているのだ。しかもその看板が今朝訪れたあの魔卵屋と同じもの。


「どういうことだ?」


 マルクスが首を捻る。と、その時、扉が開き中から人が出てきた。


「あれ? 君たちは……」

「え、なんで、アルフさん!?」

「何でってそりゃ、ここも俺の店だからだよ。魔卵屋アルイードはアルコルトルの各所に点在してるんだ。知らなかった?」


 まったくの嘘である。なんならこれはアルフですらない。アルフに擬態したグルフナなのだ。


「ま、待って待って。それじゃあアルフさんが売ってる卵ってアルコルトルで拾ったものなのか?」

「当たり前じゃないか。なんだと思ってたんだよ。ていうか探索は先輩冒険者とって言ってなかったけ?」

「あ、それは訳があって……」


 その訳は知っているが知らないていなので、グルフナは興味を示す振りをしつつ彼らを招き入れ椅子に座らせて、とびきりの紅茶を淹れてあげた。


 なんとなくお腹も空いていそうだと思い、アドイード特製の美味しいブルグマンシアの生チョコレートも小皿に盛り付けた。


「へぇ、休憩もせずポーションをがぶ飲みして探索を……それは大変だったね。でもそろそろ帰った方がいいんじゃない? ちゃんと脱出装置は見つけてる?」


 通常、ダンジョンから脱出するには魔法使いのみが習得できるダンジョン脱出専用魔法リターンスペルを使うか、それぞれのダンジョンに隠されるように設けられた脱出装置を使用する。


 ただ、魔法の方はダンジョンごとに異なる使用制限が設けられていたり、そもそも使用不可なことも少なくない。

 つまりダンジョン探索において脱出装置の位置を把握することはほぼ必須なのだ。


 彼らの中で唯一の魔法使いであるグリンはリターンスペルを未習得だし、探索に浮かれて脱出装置も未発見。

 となると残される方法は、自力でもと来た道を戻ることなのだが、彼らは入口を知らないし、例え最初の部屋に戻ったとしても脱出できる保証はない。


 言われて初めて気付いた彼らは、頭から背筋にかけて冷たいものが流れていくのを感じた。

 だがデールだけは少し違ったらしい。


「でもアルフさんいるなら平気だろ?」


 あっけらかんと言い放たれた言葉にグルフナは優しく微笑む。


「そうだね。でも僕が君たちの味方なら、ね?」


 一瞬、意味がわからず黙った四人だったがすぐに席を立ち戦闘体勢にとった。


 いや、とろうとした。


 しかし既に痺れた体はピクリとも動かず、グルフナによって一人ずつ頭をぺいっとされて床に転がされてしまう。


「駄目だよ、ダンジョンでそんな油断しちゃ。それにここは不滅の・・・アルコルトルだよ? 何が不滅なのかちゃんと習ったでしょ?」


 グルフナが指を鳴らすと部屋のいたる所から魔物が姿を現した。

 それらはすべてここへ来るまでに駆け出しの彼らが倒したはずの魔物たち。

 まるで動けぬ彼らが好物の料理にでも見えているかのような素振りでゆっくり近付いてくる。


「それにさ、まるでここへ引きずり込まれたのが少し前みたいな話しぶりだったけど、あれからまる一日以上経ってるからね。拾ったポーションなんて調べもせずに飲むもんじゃないよ。特にダンジョン産のポーションは」


 そう、彼らが飲んでいたのは、時間の感覚を狂わせる効果と疲労の先送りなどの効果も合わせ持つポーションだったのだ。


「ああ、もう一つ。美味しそうだからってよく知らない人から勧められたものを確認もせず、すぐ口にするのも良くないよ。そんなんじゃ早死にしちゃう……って、言われなくてもわかってるか」


 グルフナはアルフの姿からサキュバスの姿に擬態し直し、魔物たちへ肉の分配を指示していく。


 その光景を見ながら少年たちと少女が感じたのは、魔物の爪や牙が自らの皮膚に突き立てられる感触と絶望。

 それから、未来に夢を馳せ心踊らせていた眩い記憶の断片であった。

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