第19話 ダンジョンのお寝坊

 窓辺にぐったりした夜風担当の生き人形可愛い魔物が座り、天井には星空役の生き人形可愛く光る魔物たちがプルプルしがみ付つく殺意と疲労に満ちた寝室。


 その床とベッドは大量の草や葉っぱに埋もれ、すやすやと眠るアルフとアドイードの横には四つの大きな卵が置かれていた。


 左から薄緑色の脳みそ柄、やや青い羽根柄、真っ赤な犬尻尾柄、稲光色のうさみみ柄。

 これらは倒れないよう、柔らかな植物の茎で丁寧に固定されていた。


 二晩目に突入しても懸命にしがみついていた星空役の一体がついに耐えきれなくなり、手を伸ばす仲間たちに力のない笑顔を向けてアルフの額に落ちる。

 ぷすっ、という柔らかな衝突の後、床に繁った草の間に消えていった。


「……ん、ふぁ~あ、よく寝たなぁ」


 すると、アルフがさも早朝ですみたいな雰囲気で目を覚ました。

 昨夜ひっぺがしたはずの蔓で絡み付くアドイードを再びひっぺがして放り投げ、伸びをしながら体を起こした。


「あ? なんだこの卵? え~っとマルクスにリーシャ……デール? 誰だ?」


 ボサボサの寝癖、着崩れたパジャマから覗く腹をボリボリしながら卵を順々に確認して首を捻り、最後にうさみみ柄の卵を見てハッとして、窓辺と天井から向けられる今週の安眠係りの魔物たちの殺意に気付く。


「今、何時だ……グルフナ! グルフナーーー!! あ、お前たちは戻っていいぞ。明日は休みでいいからな」


 眠そうにしゅるしゅる近付いてくるアドイードから伸びる蔓を蹴飛ばし、部屋を埋める植物の半分を体に戻した・・・・・アルフは部屋から飛び出した。


 「あたりめぇだろボケが!」とか「テメェの臭ぇはらわたぶちまけんぞクソが!!」なんていう可愛らしい見た目からは想像もできない生き人形たちの暴言と、寝起きの惚けた声の後で響いたアドイードの悲鳴を背中で聞き流してリビングに急ぐ。

 そこではグルフナがソファに寝そべり、今日の魔卵屋の全売上げ臨時収入で買い込んだ大量のおやつを食い散らかしていた。


「やっと起きたんですか~? もう深夜ですよ」

「はあ!? 昼前には起こせって言ったじゃなか!」

「何度も起こしましたよ。でもその度に、あと500分むにゃむにゃとか言ってアドイードに抱きついてたじゃないですか」

「知らん! ていうかそれでも起こすのが使い魔ってもん……アドイードに抱きついて、だと?」


 アルフは確信した。


 この大寝坊の原因がアドイードであると。


 一つになる前からどえらいレアな魔法が使えたアドイードだ。きっとなにかしらの魔法で眠らせて、ほっぺにチュウチュウお腹をすりすり、果ては本来大嫌いなはずの大きな芋虫にさえ手を出していたのだろう。


 狂暴な生き人形たちが大人しく安眠係りをしていたこともそうだ。

 アルフが起きるまで邪魔をしないとかいう約束で買収したに違いない。


「いいんですか~? アドイードがありゅふ様助けて~とか叫んでますけど」

「放っとけ、自業自得だろ」


 どうせ、「ありゅふ様助けて~」までがアドイードの計画なのだ。


 数が揃えば馬鹿みたいに手こずるし精神もがっつり削られるが、奴らのボスならともかくあの程度の生き人形たちにアドイードが痛め付けられるなどあり得ない。


 なによりアドイードが苦手な、ら行の発音から感じられる尋常ならざるあざとさが腹立たしい。


 二人で一つなのだから、アルフとアドイードは思考も感情も互いに筒抜けだと誰もが思うだろう。

 しかし実際はアルフが上手いこと言いくるめて普段はどちらも遮断している。

 それでもなお感じるあのあざとさよ。たまになら可愛いと思へども、こうも頻繁に仕掛けられれば誰だってうんざりする。


「それより急いで卵を運ばなくちゃだ。行くぞ!」


 身支度をしつつ卵だけを寝室から引き寄せたアルフが、鏡を見ながらおでこを擦り、「よし、格好いい」とか呟いて上着を羽織る。


「ええ~? 僕、今日は店番してたから疲れてるのに」

「嘘つけ。俺がフォレストチキンの卵を取りに行かない時はあそこの管理人が店番する決まりだろ」

「手伝ったんですぅ」

「……お前がそんなことするわけない。いいから行くぞ」


 アルフは嫌がるグルフナを掴んでアトゥールの冒険者ギルドへ急いだ。

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