第12話 巷で噂の卵屋さん

 アルフの経営する魔卵屋アルイードはフェグナリア島で一番大きな山の麓の町アトゥールにある。


 町といっても村を少しばかり拡大しただけの小さな町で、全員がそれぞれの家族構成から昨晩の夫婦喧嘩の内容まで知っているような田舎の町だ。


 魔卵屋は暇とイライラをもて余したアルフが思い付いて始めた店なのだが、今では町の名物になっていて他の町や村だけでなく島外からもお客が訪れる。そのためアトゥールを魔卵の町なんて呼ぶ者も多い。


 フェグナリア島にはアトゥール以外にも魔卵屋はいくつかある。が、皆がわざわざアルフのいる本店までやって来るのは、店主が店番に出ている時だけ購入できる『銀貨一枚でガラクタから財宝まで』が謳い文句のガチャ要素丸出しな特別な卵、通称店主の卵を欲するためだ。

 過去に何度もこの店から大富豪が生まれたというのは、ウルユルト群島国で有名な話。『夢を見たくば、一か八かのフェグナリア』なんて言葉もあるくらいだ。


 なお通常商品は冒険者用の物が多い。

 卵のお守りや食べると一時的に強くなる卵、割ると様々な効果を発揮する卵あたりが人気である。最近ではお土産用の卵の置物や装飾品も話題らしい。

 他にも卵の買い取りを行っている。

 虫の卵から魔物の卵までなんでもござれで、ガキんちょの小遣い稼ぎにパパの酒代ママのへそくりと、とにかくちょっと外へ出たついでに見つけた卵が良い値段になる。

 開店以来アルフは皆からちやほやされてホクホクだった。


 ちなみに、なぜ魔卵屋なのか。

 それはいくつか理由があるのだが、まず第一に元々アルフの固有スキルが魔力を材料に特殊な卵を作るものだったから。孵化させると前述のとおりガラクタからお宝まで、何かしらのモノが出てくる不思議な卵を。

 加えてダンジョンのくせにあまりにも魔物を作り出すセンスがなかったがゆえ、ダンジョン外のありとあらゆる卵を集め自らの体内ダンジョンで孵化させていたら、なんか勝手に体内ダンジョンで卵が発生するようになってしまったからだった。

 悲しいかな、魔物以外の卵が。


 しかも、それらを孵化させるとアルフにとってはほぼ意味をなさない、まぁまぁな高品質な武具やポーションだったり魔物の素材などが出てくるのだ。

 しかもしかも、自然発生する卵を体内ダンジョンに放置しすぎると、アルフは太るようになった。


 生粋のナルシストでもあるアルフは太った自分も愛らしくて悪くないと思っているのだが、如何せん動きにくい。

 捨ててもいいけどせっかくなら売って、そのお金を何故かダンジョンに設置義務のある宝箱の中身にすればいいと思ったからだ。


 契約農家で栽培しているフォレストチキンは、苦労のすえアルフたちが作り出した、自然発生する卵をある程度自動で収拾するための鶏型植物である。


「今日も大量大量……ん?」


 卵の受け取りから戻ってきたアルフは、店の裏口へ続く道からチラっと見えた開店を待つお客の列に何かを察知した。

良いことを思いつたのか裏口から店に入ると、カウンター内の椅子に座り、鼻歌混じりに卵を手に取って、美しい模様を描き始めた。


 この時点で既に予定していた開店時刻は大幅に過ぎていたがお構い無し。

 時間など気にせず愉しげに絵付けしていく。

 描き終わった卵は、各商品棚から伸びてくる鮮やかな緑の蔓やカーバンクル兄妹のラモルとモルテに陳列を頼み、また次の卵を手に取る。

 棚いっぱいに陳列できたら紅茶を淹れて一休み。ラモルとモルテにもおやつを出してこしょこしょ話を少し。ついでにバレない程度にもふってもいた。


「ふぅ、頃合いかなぁ……うっ!!?」


 紅茶セットを片付け、そう呟いたアルフが突然苦しみだした。あがあが悶えながら喉を押さえると、カッと目を開き嘔吐えずく。


「う、うぅ、うおえぇ!!」


 口を大きく開き、涙と涎を流しつつ吐き出したのは、握り拳三つ分ほどの青い蝙蝠羽柄の卵。

 それは体内ダンジョンを闊歩している魔物を閉じ込めたものだった。

 以心伝心、自分でもあるアドイードがアルフの思惑をキャッチし、せっせと卵につめて体内ダンジョンから送ってくれたのだ。

 だがなぜこんなにも苦しむ送り方なのか。

 それはまた罰としてアルフに体内ダンジョンから出てくるなと言われ拗ねているから。


 どんなに仕事を押し付けても隙あらば、自分の隣に来たがるアドイードには効果的な罰だと思っているアルフだが、今回はどうやら手痛い反撃を食らってしまったようだ。


 一方、アドイードも自分で喉の奥に蔓を突っ込んで嘔吐えずいていた。それは「同じ苦しみを共有したよ」というアドイードなりの愛情表現らしい。


 ちなみにこの愛情表現、しょっちゅう行われている。

 先日もアルフが勝手に連れ帰ったラモルとモルテを見て激怒……いや、それ自体は問題なかった。

 問題だったのはアルフが彼らをもふもふしたこと。

 それまではアルフ同様ニコニコ顔で彼らを歓迎していたのに、もふもふの瞬間に「浮気だ、また浮気だ」と泣きわめいてアルフの腹に大きな穴をあけていた。もちろん自分にも。


 さらに浮気のお仕置きが足りなかったのかなんなのか知らないが、アルフは就寝中にいきなり槍で額を貫かれたのだ。

 痛みと驚きで目を開ければ、同じく額に槍の刺さったアドイードが嬉しそうにほのほのしており「大好きだよありゅふ様」などとのたまいやがった。

 だから外出禁止なのだ。


 アルフは諸々ふざけんなと思いながら、顔から出た液体を拭き、吐き出した卵を孵化させた。

 出てきたのは小さな悪魔の羽を背に持ったペンギンの魔物で、とても不貞腐れた表情をしていた。


「もう、いきなりなんなんですか!? 今日は彼女とデートだったんですよ!」

「選んだのはアドイードだから文句――ううっ!?」


 アルフはもう三つ卵を吐き出した。

 その一つは灰色と茶色のもさもさした翼柄の卵で、天使の輪らしきものの上に浮かぶフクロウの魔物が出てきた。


「セリーヌ!」

「まあガフアウ!」


 ペンギンとフクロウはアルフを無視して互いに寄り添い頭を擦り合わせ始めた。

 端から見れば愛を確かめ合っているような光景だが、実際はこうだ。


「今日はクソあるじの手伝いだってさ。せっかくのデートだったのにごめんね」

「謝らないでガフアウ。悪いのはウザあるじなんだもの。仕方ないからデートは明日にしましょ」


 酷い言われようである。


 どうも自分で作り出した魔物ではないせいか、アルフとアドイードは体内ダンジョンに住まうほとんどの魔物から敬われていない。

 反抗されることはないものの、しっかり態度には出されるのだ。


「おい、二人とも聞こえてるんだけど? いいからさっさと開店するぞ」


 しぶしぶ鳥獣人に擬態したガフアウとセリーヌに指示を出し、まだ人に擬態できないカーバンクル兄妹には弱点探しという名目で接客の方法を教えていく。特に妹のモルテは人間を殺すための修行の一環だと思い込んでいるので、しっかりと指導する。


 それから今日も元気に開店だ、とアルフが扉を開けば、卵の受け取りに行く前からから先頭に並んでいた駆け出しの冒険者数人がわくわくした顔で入ってきた。


 魔術師とおぼしき蝶人パピヨンの少女と剣士の人間、神官らしき兎獣人に軽戦士の犬獣人の少年の四人組だ。

 まだ希望しか知らないキラキラした瞳にアルフは微笑ましくもなるし、複雑な気持ちにもなる。

 

「すごい、本当に綺麗な卵ばっかりね!」

「値段書いてないけど、俺たちに買えるのか?」

「大丈夫だよ。駆け出しがアルコルトルに挑戦するなら、ここで準備するのが条件って言われたんだもん」

「無理ならツケにしてもらおうぜ。明日アルコルトルで見つけたもの売ればいけるだろ」


 キャッキャと卵を見て回る彼らの言うアルコルトルとは、この島で発見されたとされる未踏破と囁かれるダンジョンのこと。

 もちろんそれはアルフたちのことで、もっとご飯が欲しいと欲張ったアルフとアドイードの仕業なのだが、それを知る者は一部を除いてほぼ皆無だ。

 入口は島のいたる所に存在し、各々のルートで攻略が試みられている。

 どういう理由か知らないが、稀に案内人というヒトの要素を持った人形や動植物に卵、他にも魔物などが探索を手助けしてくれるというが、信じすぎると痛い目に合うという。


「アルコルトルに挑戦するならこの特別な卵のお守りは必須かな」


 例の死なないための配慮の一つであるお守りをすすめつつ、なんとなく彼らに見覚えがあるとアルフ思った。

 特にチラチラと自分を見てくる兎獣人は気になって仕方がない。

 けれど彼のピクピク動く長い耳の片方にある耳飾りのせいか、アルフのいつものナルシストっぷりのせいか「惚れられちゃったかな」と思うにとどまった。

 ただ魔力の感じからして、フェグナリア島で生まれ育ったであろう冒険者たち新しいご飯候補には、強く美味しくなってもらいたいという気持ちは湧き上がってくる。

 アルフはそれぞれの役に立ちそうな装備品が出ないかと、腰袋の中の卵を手当たり次第、孵化させまくった。


「あとは――」


 装備品が出るまでの繋ぎに、別の卵の説明をしようとアルフが少年たちに声をかけたとき、入口の扉が乱暴に開けられた。


「まったく、これだから田舎丸出しのやつらは。高貴なワシが直々に来たのいうのだから順番を譲るのは当然ではないか」


 ふてぶてしい言葉と共に、宝石をじゃらじゃら身に付けた太った中年男が入ってきた。やたら性格の悪そうな従者をぞろぞろ連れている。

 列のだいぶ後ろの方にいた連中だ。


 すかさずアルフはカーバンクル兄妹に隠れるよう指示する。


「しかし……ほう、品は噂通りどれも美しいな」


 棚に並べられた卵はいつのまにかアルフの描いた模様の通り、宝石を散りばめたように装飾されていた。


「喜べ。これらはすべてワシが買い取ってやろう」

「ちょっと待てよ! 俺たちが先だぞ」

「そうよ――きゃっ」


 男は従者に目配せをして、文句を言う駆け出しの少年たちを床に押し付け黙らせた。

 リーダーであろう少年が悔しそうに従者を睨んでいる。


「代金はこれで十分じゃろ。釣りはいらんぞ」


 偉そうに金貨の入った袋を投げて寄越す男に対しアルフは――ヘラヘラして媚びへつらった。


「これはこれはどうもありがとうございます。商品はこちらの二人に運ばせます。直ぐに用意できますので少々お待ちください」


 アルフは偉そうな中年男をソファに座らせ紅茶を用意する。甘いお菓子もたっぷりと。


「ふんっ、貧乏臭いカップだな」


 男は文句を言いつつも飲むらしい。

 一緒に出した高価な砂糖を山盛り入れて、宝石をあしらったような美しいお菓子もむしゃむしゃ食べていく。

 元王子のアルフでなくとも、高貴とは? と疑問を持つ食べ方で。


 それからしばらく、男が何度目かの紅茶を飲み終わる頃に、準備を終えたセリーヌがやって来た。

 いやらしい視線を浴びせられても平然としている。


「それでは行って参ります」


 両肩にもふもふの飾りを付けたガフアウも現れ、男たちと共に出ていった。

 男や従者は去り際に少年たちへ酷い暴言を吐いていたが、アルフはただ見ていただけで、唯一したことといえば、男が投げて寄越した金貨を数えて「ケチだなぁ」と溢すことくらい。


 その間に立ち上がった駆け出しの少年たちは、無言で店を後にしようとする。


「あ、ちょっと待って君たち」


 引き留められた彼らは一様に、悔しさと惨めさ、それからアルフと己に対する怒りを滲ませていた。


「嫌な思いをさせてごめんな。ああいう害虫は下手したてにでなきゃますます面倒になるんだ。この場で叩き潰しても良かったけど、ちょっと訳アリでさ。あとでちゃんと駆除しとくから、本当にごめん」


 害虫……確かにそうかもしれないが、それを躊躇いもなく口にするアルフに、駆け出したちはちょっと引いた。


「あ~あ、なんで害虫って駆除しても次から次へとわいてくるんだろうなぁ……」


 一人ごちてダルそうに溜め息をついたアルフがトントンと床を蹴る。するとすべての陳列棚が回転し、本物の商品が陳列された棚が現れた。


「さっきのは全部ダミーの卵なんだ。お詫びといっちゃなんだけど、うんと割引させてもらうよ。なんならタダでもいい。既に儲けはたんまりあるからね」


 にこりと笑って金貨の入った袋を見せる。


「ささ、じっくり選んでくれ。あ、店主の卵もあるから、ほしかったら声をかけて」


 言いながら一人ずつ慈愛に満ちた手で少年たちの頬に触れ、傷や痣を消していくアルフは無意識だった。


 内面はともかく、外見は種族を越えて老若男女を虜にする凄まじい美形。言ってることもやってることも最低だが、それらを打ち消してしまう、抗えぬ魅了の効果。

 年端もいかない少年たとの性癖をねじ曲げるには十分で、少女もまた異常に高い理想を持つことになってしまったのは余談である。

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