第85話 権力者を喚ぼう
シャーリーたちは作戦会議の結果、クインよりも捕まえやすいだろうアルフを炙り出すことに決めた。
が、そのためにはまず自分たちをどうにかしなければならなかった。
なぜならシャーリーたちは今、バルフェディア城の隠された地下牢に閉じ込められているからだ。
原因はロックにある。
クリスは魔王バルフェドロと面会するため、とある人物と密会をしていた。
それを盗み見ていたロックはピンときて、よせばいいのにクリスが去ったあとで密会相手に姿を見せたのだ。ちょっとからかってみようかな、と。
別に悪意があったわけでもなんでもない。純粋に面白半分だった。
しかし秘密を知られた密会相手は取り乱し、秘術を用いてロックを引っ捕まえると、とんでもない脅迫をしてみせた。
で、ロックは我が身かわいさに兄弟たちを売ることに決めたのだ。
「俺は嫌だって言ったのに、仲間たち……主に磨き抜かれた大理石のテーブルみたいにまっ平らな胸のシャーリーが秘密を探れって脅すんだ。俺はクリスが幸せならそれでいいのに……」
そう、しくしく泣いた振りをして小瓶コテージからシャーリーたち兄弟を放り出してやった。
シャーリーたちはなにも状況が分からぬまま、不敬罪で御用となり、今に至る……。
ちなみにロックは混乱に乗じて一人転移し、逃げ出していた。
「じゃあシャーリー、よろしくね」
ぴちゃりぴちゃりと冷たい汚水が滴る中、あっけらかんとした声のキールがシャーリーの肩を叩く。
「言っとくけど成功しない確率の方が高いんだからね」
自信なさげなシャーリーが兄弟たちの顔を見る。
「し、失敗しても僕は姉さんのこと使えないなんて思わないから安心してよ」
ややビビりながらも言いたいことを言うテッドに軽く舌打ちして、シャーリーは意識を集中させ始めた。
アドイードを召喚するのだ。
対価はアドイードの好きそうな甘い飲み物と、シャーリーが大切にしている綺麗な蝶々のプローチ。
それらを床に置きシャーリーが目を閉じ、すぅっと息を吸い込む。と同時に、アドイードの体と同じ美しい緑色の光がシャーリーを包み込んだ。
「お願い、応えて」
対価の下に現れた魔法陣が静かに回転しながら大きくなっていく。それはゆっくり浮かんでいき、どこにあるか分からないシャーリーの胸を過ぎたところで、新たな魔法陣を上へ上へと生み出し始めた。
「わぁ、僕のグルフナ召喚と全然違うんだね」
同じく強すぎる身内の召喚が可能なテッドが呟いた。
「お礼は甘い飲み物と綺麗な蝶々!」
何重もの層になった魔法陣が八方に展開する。同じくして対価が浮かび上がった。魔法陣の面は対価に向けられ、そこから宝石のような葉をつけた蔓が無数に伸びていく。
蔓が球体を形作り、新緑がまぶしい立派な樹木に姿を変じると、最後に魔法陣を取り込んでキラキラと光の粒を放ち始めた。
「アドイード召喚!」
それはシャーリーの言葉を合図に弾け飛んだ。
――ポスンッという音を残して。
「失敗?」
仰々しい召喚の様相に相応しくない、妙に気の抜けるような音にキールが首を捻った。
「き、気を落とさないで姉さん」
「いいえ、成功よっ――と、一応ね」
シャーリーが牢の角に飛びかかる。
「むぎゅう」
「大人しくして!」
シャーリーは見事、対価を持ち逃げしようとするアドイードを捕獲した。
「もう、アドイード今忙しいんだよ。放して」
シャーリーの腕の中でジタバタするアドイードだが、本気で逃げる気ならとうに逃げおおせているはず。これは交渉の余地あり、とシャーリーはわずかに口元を動かした。
「ねぇ、アドイード。あなた今、仲間外れにされてるんじゃなぁい?」
「ふぇ? そんなことないよ。ちょっとグリュフナ君に首を絞めりゃりぇて、クインの監禁部屋に封印さりぇたけど、仲間外りぇなんかじゃないよ」
本気でそう思っているのだろう。アドイードはぽかんとしている。
「そう。でも父さんたち三人だけで楽しそうなことしてるわよ?」
「……」
「悔しくない? 邪魔してやりたいと思わない?」
アドイードの耳元で囁くシャーリーは今、きっとどこぞの姫に食わせる毒林檎を作っている魔女と同じような顔をしているに違いない。
「他にはなにくりぇりゅの?」
「そ、それは……」
「父さんのパンツをポケットに入れたことのある短パンなんてどうかな?」
キールが助け船を出した。
「ええ!? そんなお
「持ってるよ~。欲しい?」
「欲しいよ! その短パンはもうアドイードのだよ! 早くちょうだい!」
一瞬でシャーリーの腕から抜け出して、ぴょんぴょんとキールにおねだりを始めたアドイード。そのきらっきらの表情に誰もが成功を確信した。
「成功報酬――」
「じゃあ帰りゅ」
だが、キールの勿体ぶった発言を聞くや否やアドイードは態度を一変させた。
「ま、待ってアドイード! 兄さん、今すぐその汚い短パンをアドイードに渡して」
せっかく成功させた召喚を台無しにされそうになったシャーリーがキールを睨む。
「そうだよキーリュ。アドイードは召喚さりぇた時は、先にものをくりぇないと何もしないって決めてりゅの。そもそもキーリュの口約束なんか信じないよ」
アドイードも加勢し、横柄な感じでキールに手を差し出した。
「え~酷いなぁ。じゃあ先に渡すけど、そしたら絶対ぼくらの手助けをしてよね」
「わかったよ。でも召喚者はシャーリーだかりゃね。短パンはシャーリーかりゃちょうだい」
「ええ、もちろん」
「じゃあちょっと、後ろを向いててくれるかな」
「いいよ」
アドイードが後ろを向いたのを確認したキールは、ごそごそと短パンを脱ぎ始める。
「ひっ!」
「はい、シャーリー。これアドイードに渡してあげて」
「い、いや……」
まさかのキールは下に何もはいておらず、丸出しも丸出し。シャーリーはそれにも短パンにも拒否感を露にした。
「ふぁ? 嫌なの? じゃあアドイード帰りゅよ?」
「あ、そうじゃなくて、その……」
ほかほかの短パン。躊躇うシャーリー。口を押さえて小刻みに震えるテッドと早く宝物を寄越せと急かすアドイードに、何故受け取らないのか不思議顔のキール。
どうしてこんなことになったのか。
家出さえしなければ。シャーリーは数ヵ月前の自分をこれでもかと罵った。
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