第86話 魔眼の令嬢と謀り事

 リペボルナ氷国にはちょっとした決まりごとがある。


 それは魔眼を持って産まれた者を、貴賤および男女問わず王の妃か妾にするというもの。


 魔眼とは固有スキルの一種であり、どれもずば抜けた力を持っていて、血脈によって受け継がれていくと考えられている。


 リペボルナ氷国のリリー伯爵家の長女テリリナ・リリカ・リリーも魔眼の持ち主とされている。

 しかし、三十以上も歳の離れたリペボルナ王との結婚をとても忌避していた。

 秘密の魔眼が開花した九つの時からずっと。


 だから彼女はこのバルフェディアのお披露目会に賭けていた。

 失敗はそれすなわち魔眼の秘密がばれるということ。

 テリリナの魔眼は視界に入ったすべてを氷らせることができる――といった設定でこれまで皆を欺いてきたテリリナたち。

 昼食を終え、窓の外を眺めていたテリリナが大きく伸びをしてから、ポスッと椅子に腰かけた。


「はぁ~あ、退屈ねぇ。リペボルナもそうだったけど、せっかく見つけた玩具も戻ってこないし、やっぱりこの魔眼のせいなのかしら」

「ハハハ、魔眼だって? よく言うよ。戻ってこないのはクリス殿たちに無理難題を吹っ掛けたからじゃないか」


 ドアの前に立つリペボルナから一緒の護衛騎士が砕けた口調で窘める。


「だな。いくらなんでも魔石風かき氷は無理だろ。ま、久し振りに食べたい気持ちはわかるけどさ」


 反対側に立っている護衛騎士が肩をすくめる。


「あらそうかしら。でもクリスならなんとかしてくれると思うわ。何だかんだで、私の我が儘を全部叶えてくれてるもの」


 テリリナは悪びれる様子もなく面白そうに笑っている。


「わかる! クリスさんって姉が何人かいる末っ子って感じじゃない?」

「確かに。立場が上の女の人には逆らわないっていうか、逆らえないっていうかさ。そんな感じ」


 綺麗な声の侍女と、美しい瞳の執事が賛同する。


「ねぇ、もしクリスさんが魔石風かき氷を持ってきたら私にくれない? バルフェディアに来てからずっと氷魔法を使ってるのよ、疲れちゃったわ」


 テリリナの頭、いや、髪飾りから声が聞こえる。


「それなら俺もだ。目立つからってずっとこの姿なんだぞ。酷すぎる」


 同じくテリリナの髪飾りが文句を垂れた。


 護衛は皆、テリリナの初めての友達であった。最初に窘めた護衛騎士には恋心を抱いている。


「ふふ、二人とも可愛くてよ。わたくしによく似合うわ」


 妙な口調で髪飾りを撫でるテリリナに、護衛と侍女たちが小さく笑う。


「それに大丈夫よ。全員分持ってくるように言ってあるから。もし足りなくても私が持ってる分をあげるわ。ていうかクリス遅いし、もう食べながら待つことにしない?」


 テリリナは底意地の悪そうな笑顔で、テーブルに魔石風かき氷を並べ始めた。


「持ってんのかよ」

「相変わらず酷いこと考えるわねぇ」


 髪飾りの声がずいぶん楽しそうなものに変わった。と、その時、風に吹かれた葉が窓に貼り付いた。


【作戦は明日”スライムの苗”から”片耳のイヌトカゲ”に移行するよ】


 葉が文字に変わり、また風に吹かれて飛んでいった。


「依頼主はずいぶん楽しんでるみたいね」


 色々思うことはあるが、テリリナたちはお披露目会に向けて気合いを入れ直した。


 ◇


「じゃあシャーリィーにはアドイードのつりゅを渡すよ。使い方は分かった?」


 指揮官気取りでぽてぽて歩くアドイードがシャーリーの前に立った。


「ええ、大丈夫よ」

「素晴りゃしいよ」


 今度は腕を後ろに組んで、やや歩きにくそうにとてとて進むとキールの前に立った。


「キーリュはどう? 黄色きいりょい葉っぱと赤い葉っぱの使い方は大丈夫?」

「理解したよ~」


 アドイードは作戦に少しだけ口を出していた。

 お披露目会の際、バルフェディア城に入ったアルフたちを逃がさないために結界の罠を仕掛けるべきだと。


 蔓は結界の境界線。これにそってアドイードの結界が展開される。黄色い葉っぱは、結界内にいる任意の人物を発見するためのもので、赤い葉っぱは結界を自由に出入りするためのもの。


泥棒どりょぼうしたりゃお仕置きだかりゃね」

「しないしない」


 胡散臭そうな目でキールを見つめたあとで、アドイードがそれぞれの足元に魔法陣を浮かび上がらせる。


「そりぇじゃあお外に転移――」

「え、待ってよ。僕はどうするの?」


 なにも任されなかったテッドが口を挟む。そう、アドイードはテッドに仕事を一切回さなかったのだ。


「あんたは使えないから待機よ。あと集合場所は冒険者ギルド。間違えないでよ」


 アドイードの代わりにシャーリーが答えた。そしてテッドが反論する前に転移して行ってしまった。


「テッドはもう少し胸に対する執着を捨てればモテると思うよ。モテモテのお兄ちゃんからのアドバイスね~」


 キールも行ってしまった。どうでもいい言葉を残して。


 相変わらず冷たい汚水が滴る牢の中。残されたテッドが佇んでいる。

 アドイードがチラリとテッドを見上げた。

 今は・・ハーフリングという小さな種族だが、元が元だけに大きく見えるのだろう。


「……テッドって色々いりょいりょ評価低いんだね」

「そうだな。ところでいつから気付いてた?」


 テッドがニヤリと笑って問うと、アドイードはなんてことないといった顔で返事をする。


「最初かりゃだよ。テッドはシャーリィーのこと、姉さんて呼ばないかりゃね」

「あ? そうだっけか?」


 テッドは驚いている。アドイードが子供たちの癖を認識しているのが意外でたまらなかったのだ。


「そうだよ」

「そうか……チッ、せっかく、もう一回シャーリーで遊ぼうと思ってたのに」

「やりすぎはアリュフ様が怒りゅよ」


 アドイードに窘められたテッドが妖しい光に包まれた。

 光が収まると、そこにあったのはなんと手のひら大の人形、クインだった。

 実はシャーリーで遊び足りていなかったクイン、キールをボコボコにした時にテッドと入れ替わったのだ。


 ちなみに、本物のテッドはアルフの体内ダンジョンでお寝んねしたまま縛り付けられている。


「そりぇよりも、男爵一家の時のクインはアリュフ様にアドイードのこと見付けさせようとしすぎだよ。自然にアリュフ様がこっち向くよう仕向けりゅんだもん。隠りぇりゅの大変だったんだかりゃね」


 いつもの大きさに戻り、顔の前に来たクインに文句を言うアドイード。


「だって意味わかんねーんだよ。コソコソ後を付けて何が楽しいってんだ。一緒にいりゃいいいじゃねぇか。四人で遊びに出かけるなんて久し振りだろ?」

「久し振りぃだかりゃ、昔みたくしてみたいって思ったの。こりぇはこりぇでドキドキのときめきがありゅんだよ」


 謎に照れ始めたアドイードにクインは溜め息をつく。


 道中、アルフが三秒以上見たであろうものを「アリュフ様を誘惑すりゅ悪者わりゅものめ!」と、見境無しにぶち回していたあれのどこにドキドキのときめきがあったのだろうか。


 唯一の井戸を破壊されたあの高台の村、綺麗な虫ごと崩落した崖の街道……などなど、被害者とそれ以外すらも理不尽に涙するような光景を思い出すクインは疑問しかなかった。

 帰りはまた別のルートを通ると言うのだから、始末が悪い。


「どうでもいいけど褒美はちゃんと寄越せよ。本当は食べ放題旅行だったのに、ストーキング旅行なんかに変えやがって」

「御褒美はもうすぐ用意できりゅかりゃ安心していいよ」


 実はこの旅行、元々はメソメソ泣いてウザいアルフを元気付けるためのものだった。

 大樹の三獣鬼やその他多くの魔物から、そろそろ晴れが見たいと陳情されていたのだ。


 ちなみにユクルたちもそれに含まれる。

 大雨の中で、既に喋れる卵と化したユトルを抱え、体内ダンジョンの案内人研修を受けるのが大変すぎたらしい。

 

 そしてアドイードの涎集めも、アルフがクインやグルフナに助けを求めるよう仕向けるための作戦だった。


 途中から自分の欲望を優先し始めたアドイードを正気に戻すため、芋虫攻めきつめに叱るというアクシデントもあったがここまでは上々の出来。アルフが予想以上に旅を楽しんでいるのだ。


「あと、ストーキングじゃないよ。遠距離デートだよ」


 無茶苦茶な解釈にクインは付き合ってられないといった表情になる。


「そりぇにしても、アリュフ様の言い出したお出かけ先がこの国だなんて……しっかり見極めなきゃだね」


 アドイードは五千年前の浮気を思い出し、ぽやんの残る真面目顔になると、クインと共に地下牢から姿を消した。

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