第87話 お披露目会の前日

 連日アルフが貴族に扮して遊び倒していた頃、魔都バルフェは大混乱だった。


 まず、三週間前。

 とある侯爵家別邸が羽根を持つ男女に襲われた。

 二人はお留守番中だったドラゴンの翼を持つフェンリルが目的だった。

 男の操る何体もの精霊はフェンリルの力を奪いながら、踊るように攻撃を加え、一方的に傷だらけにした。


 そしてさらに厄介だったのが女の方。

 精霊を含めた味方全員の支援と、フェンリルへのあらゆる妨害を同時にこなす呪歌使い。

 呪歌によって傷が拡がり、爛れて腐り落ちる様は地獄のようであった。

 

 堪らず本気になったフェンリルだったが、謎の人形による攻撃で数分もかからず行動不能にされてしまう。


 二人は崩れさった屋敷跡から、フェンリルとお披露目会に参加予定だった侯爵家次男を連れ去ったらしい。


 その翌週、魔法関連ギルドでも騒ぎがあった。

 例の我儘令嬢の護衛二人が決闘騒ぎを起こしたのだ。

 その場にいた誰もが護衛たちを愚か者扱いし、嘲笑っていた。

 相手はこの国で知らぬ者はない片耳のエルフとその妹なのだ。


 しかし、いざ訓練所で戦いが始まると護衛たちの方が優勢だった。

 エルフ姉妹の放つ痛烈な魔法の数々を切り裂き攻め立てる魔法剣士と、流れる水の如き魔槍使いの正確無比な連携は驚異的だった。


 なにより護衛二人の使う精神を抉る人形を使った固有スキルが、片耳のエルフたちを追い詰めていき、一〇分足らずで魔法関連ギルドは錯乱したエルフ姉妹の同士討ちで瓦礫の山となった。


 似たような騒ぎはさらに翌週、冒険者ギルドでも起こった。

 弟のお披露目会の付き添いとして来ていた、バーランド王国の勇者と讃えられるフレデリック・アースランドと、リペボルナ氷国の伯爵令嬢テリリナが一方的な戦いを繰り広げたのだ。


 テリリナは触れたものすべてを禍々しい凶器に変え、凄まじい威力の氷と毒の魔法と悪意に満ちたデバフ付きの影魔法までも操っていた。

 時おりフレデリックと同じ技を使いクスクスと笑う様は、見ているものを戦慄させ、終始フレデリックを翻弄したテリリナはとても楽しそうだったという。


 フレデリックが最後に聞いたのは、テリリナがすれ違いざまに耳打ちした「本物のわたしAランクは強いでしょ」という理解不能な言葉。


 その後、テリリナは戦い足りなかったのか、冒険者を相手に暴れまわった。結果、冒険者ギルドは跡形もなく破壊されてしまった。


 そして今日、バルフェディア城では王太子が行方不明になったと大騒ぎであった。

 遊んでくる。明日のお披露目会までには帰る。という簡単な書き置きが疲弊しきって倒れた近衛たちと共に部屋に転がっていたのだ。


 さらに予定になかった魔法王国の元国王にして、現元老院最高議長キーファの来訪。

 戦争でも仕掛けるかの如き軍勢を引き連れており、魔都バルフェを取り囲むようにキーファ護衛・・のためのキャンプ地を築き上げた。


 魔王バルフェドロは王太子のことを宰相に任せると、血相を変えて対談の準備に取りかかったという。


 魔王とキーファの対談は深夜にまでおよび、何を話し合っているのかは知らないが、未だ決着はついていないらしい。


 ちょうどその頃、バルフェディア城の隠し部屋で揉めている者たちがいた。

 シャーリーとキールだ。


「どうなってるのよ」

「そんなこと僕に言われてもなぁ」

「あのテリリナとかいう女、どう見たって演技中のリリカちゃん人形だったじゃない! しかも実家にいたあのリリカちゃん人形!!」


 何度もリリカちゃん人形の玩具にされていたシャーリーはすぐにわかったらしい。


「そうだったねぇ。おまけに頭にはタイアップ・・・・・で髪飾りにされたフラワーフェアリーとマシュルムもいたね。被害者かな」


 キールは人形使いという職業柄か、シャーリーが気付かなかったことも把握していた。

 特にタイアップという凶悪な固有スキルことはやけに早口で説明していく。


「二人とも声がデカイぞ。少しだけど外まで聞こえてる」


 クリスだ。

 壁をすり抜けるように現れ、魔法少女の姿から元に戻ると、お土産だとリペボルナ名物のアイスバジリスクバーガーをテーブルに置く。

 それから奥の部屋で休んでいた愛しい恋人と、ただいまの口づけを交わし、ぬちゅっという音を立てる。

 口付けの音ではない。ハグの音だ。


 なぜなら愛しい恋人とは、魔王バルフェドロの若き日の肖像画のこと。

 生きた絵画ラザンサールと呼ばれるこの恋人は、かつて魔王バルフェドロが浮遊大陸に存在するダンジョンで手に入れたものらしい。


 クリスとラザンサールは性別身分に加え、立体と平面の違いという次元を超越した禁断甚だしい恋に夢中であり、普段からこの隠し部屋で逢瀬を重ねていた。


 普段のクリスなら人前でこのような行いは慎むのだが、肩の上で満足気に揺れている妖しげな小瓶欲の精霊タインの影響なのだろうか……口付けとハグが止まらない。


 ちなみに、先日ロックがシャーリーたちを放り出したのもこの部屋である。


 王との謁見を終え、口利きしてくれたラザンサールにお礼をと戻ってみると愛しの彼は酷く興奮しており、事情を聞いたクリスは急ぎ地下牢へ駆け込んだ。


 しかし牢は既にもぬけの殻。


 シャーリーは困ったことがあるとだいたい冒険者ギルドで情報を収集する。そのことを知っていたクリスはその足でギルドへ向かい見事、合流を果たしたのだ。


 その後シャーリーとキールをこの部屋へ連れ込み、王からすべて秘密裏に処理せよと言われたことを告げ、二人からもアドイードと立てた作戦を聞かされた。


 それから三人はこの部屋を拠点に動き回っていたのだ。


「声くらい大きくなるわよ。結局、父さんは見つからないし、ロックとテッドは行方不明だし、おまけになんでか知らないけど魔法王国の元老院最高議長まで……」

「孫のお披露目会なんじゃない?」


 適当なことを言うキールをシャーリーが睨む。だがキールはにへらっと笑ってお土産を掴み、シャーリーから視線を反らすだけだった。


「はあ……それでクリスの方は? なにか分かった?」

「ああ、ギリギリまで粘ったお陰で色々分かったぞ。姉さんたちはリペボルナの魔眼信仰は知ってる? あ、ラザンサール様はこちらに」


 絵画恋人を抱えて戻ってきたクリスは床に座り、それを膝に乗せ愛おしそうに額縁を撫でると、そのまま服を脱がすかの如く解体していく。

 そしてキャンバスだけになったラザンサールを裏側から抱き締め、甘い空気を醸し始めた。


「それくらい知ってるよ~」

「チッ……ええ、まあ少しならね」


 ぽやんと微笑むキールと違って、クリスたちを見るシャーリーの態度はすこぶる悪い。

 途中途中に挟まれるイチャつきに終始イライラしながら話を聞いていた。


 クリス曰く、テリリナは元々平民だったらしい。

 魔眼持ちということで、現在の父親であるリリー伯爵の養女にされたという。

 それはかなり強引だったらしく、テリリナはこのお披露目会を機に逃げ出そうとしているのでは、とのことだった。


 実際、彼女の本当の家族と将来を約束していた幼馴染とその一家は、テリリナのお披露目会参加が決まってすぐ、リペボルナ国を離れたらしい。


「……どうしたクリス。今日は妙に積極的ではないか」


 シャーリーはソファ、キールは木の椅子に腰掛けている。クリスがラザンサールの体を撫で回しているのが丸見えだった。


 齧るたびに震えそうになるお土産のアイスバジリスクバーガーの冷気が、眠たい兎の頭と煮えくり返ったハーフエルフの平な胸の内を冷ましていく。


「で? それとリリカちゃん人形がどう繋がるっていうのよ」

「ある時から突然テリリナ嬢がリリカちゃん人形に夢中になったらしいんだ」

「……本物を殺して成り代わってるのかしら」

「ぼくが聞いてきてあげようか? あのリリカちゃん人形はまだ話が通じる方だよ。性格はクソ悪いけど」


「「知ってる」」


 ポカンとするラザンサールを除き、皆あのテリリナに成りすましているリリカちゃん人形と戦ったことがある。もれなく酷い目に合わされた。それを思い出したのか、三人とも黙りこくってしまった。


「……ぼくさ、やっぱりリリカちゃん人形と話してみるよ。生き人形が実家アルコルトルから出て暴れてるのに、父さんたちが放っておくのはおかしいと思うんだ」

「そうなの?」

「あれ? シャーリー知らない? 実家アルコルトルの魔物って基本外出自由だけど、誰かの使い魔や従魔になるのって禁止なんだよ。特に生き人形はね。問題を起こすのが目に見えてるし、そもそもアドイードのコレクションだから」


 キールが立ち上がって後ろ手を組み物知顔になる。

 クリスとシャーリーはこの父親とよく似た表情に少しイラッとしたようだ。


「いつだったかなぁ――」


 キールは座っていた椅子から人形を作り出し劇を始める。

 それは魔物がテイムされたのを誘拐だと大騒ぎして、町一つ吹き飛ばしたアルフの話だった。


「……ん、まって。まさか父さんたちが魔物使いテイマーにやたら厳しいのってそういうことなの?」


 劇を終えた人形にペコリとお辞儀させてキールはにへらっと笑う。


「そうだよ。あれ以来、実家アルコルトルの魔物がテイムに応じるには直接父さんを説得しなきゃいけないくなったんだ。こんな話もあるよ」


 今度はもう一脚の椅子を人形にして劇を始める。

 それはお散歩だと勝手に外を満喫しに行った危険な魔物の群れ生き人形と唆されたコビトホウズキマキを、大号泣しながら探し回るアドイードの話だった。


「ん? それはもしかしてこの国随一の超危険地帯、鬼灯の廃都のことか?」


 半裸にされそうなラザンサールが、クリスの手をそっと嗜めながら口を挟んできた。


「そうだよ。あれは酷い事件だったねぇ。それ以来、生き人形は外出すら禁止されたんだよ」


 喋りながら、次はテーブルを繊維状にしてリリカちゃん人形好みの騎士人形を作り始めるキール。そして劇は楽しかった? と、問いながら笑顔で耳をパタパタさせた。


 その瞬間、クリスとシャーリーが倒れた。

 なんと、繊維状になったテーブルに紛れて傀儡糸が伸びているではないか。


「学習しないね二人とも。ダメだよ、今のぼくみたいなやる気になってる超超超一流の人形使いと一緒にいて油断しちゃ。でも大丈夫。目が覚めたらきっとぼくに感謝するから」


 再びクリスとシャーリー、ついでにラザンサールをも傀儡にしたキールは、今度こそ誰にも邪魔されぬよう、愛する妻と息子を取り返そうと決めた。

 もしかすると似たような境遇になりそうな弟たちのことも考えているだろう。


「アドイードは結界で閉じ込めるなんて言ってたけど、ぼくにはお見通しなんだよねぇ」


 それから何食わぬ顔で隠し部屋から出て行ったキールは、気配を感じ取ったすべてのものを手駒にしていった。


「あ~あ、やっぱりお義父さんはぼくのこと嫌いなのかなぁ」


 暗闇に染まった城内を歩きながら、キールの耳は悲しそうにパタパタと動いていた。



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~後書き~


□リリカちゃん人形(魔物)

種別:トレジャーリッチー リリカちゃんシリーズ

ランク:A

生息階:上層103階

生息地:民家

スキル:飛行・遊ぶ・催眠波・ドールダンス

固有スキル:卑劣・悪辣・演技・友情w(new)・大凶器化(new)・着せ替え・生き人形・もえもえキュン(new)・リリカちゃんキャッスル・タイアップ

先天属性:影

適正魔法:影魔法



□演技

リリカちゃん人形の固有スキル。

世界一の劇団と名高いハリヴノド国立劇団の看板女優さえも裸足で逃げ出す演技力で周囲を欺くことができる。ちょっとやる気を出せば演じているものそっくりの姿にもなれる。しかし滲み出る性格の悪さまでは隠せないらしい。


□大凶器化

リリカちゃん人形の固有スキル。

触れたものを恐ろしい凶器にし自由に操作する固有スキルの凶器化が成長した上位スキル。触れるだけでなく、自身が放出した魔力や精神力が接触したものも凶器にできる。さらに、その凶器で攻撃を受けたものは数日間とてつもなく運が悪くなる。


□タイアップ

リリカちゃん人形の固有スキル。

精神力を消費し、リリカちゃん人形とそうでないものを強引に結び付けることができる。さらに追加で精神力を消費すれば結び付いたものの力を自身の能力アップに活用可能。強引に結び付くため消耗の激しさが欠点。但し、相手が協力的なら消費精神力はゼロであり、互いの力を混ぜることでより強力に扱える。また、タイアップ相手をどんな形にするかについては、これといった決まりはない。



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今回も読んでいただきありがとうございます(*´∇`*)

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元王子はダンジョンで卵屋さん 173号機 @173gouki

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