第84話 お披露目会は人形に魅入られる
キールが手駒にした人形たちを連れて厩舎に入ってしばし、シャーリーの頬をぺほぺほ叩く者がいた。
「う、う~ん……」
「大丈夫?」
「メロル……様?」
意識と自我を取り戻したシャーリーが見たものは、男爵ではなく何故かボコボコに腫れ上がったキールの顔だった。目が合うと、キールはにへらと笑った……ような気がした。
「いやぁ、悪いことはできないもんだねぇ」
くぐもった声なのにまったく悪びれない感じのするキールの声。実際はどうか知らないが、本当に反省しているなら損なことだ。
「いったい何が……」
体を起こしたシャーリーは自分が厩舎で倒れていたことに気付いた。周囲には、テッド、ロック、クリスも倒れている。
「まったく、キールなんかの人形になってるようじゃ護衛はクビかな~」
外からメロル男爵の声が聞こえてきた。
シャーリーが慌てて厩舎を出ると、メロル男爵は優雅にお茶を飲んでおり、鼻歌まで聞こえてくる。
ただ、シャーリーの知っている男爵とは違った。腕が触手のようになっているのだ。
「え、なに。どういうこと?」
「あ~あ。あのままバレずにいたらお披露目会で美味しいものを一人占めできたのになぁ」
やや残念そうな口振りの男爵が、グルフナの擬態しているいつもの美女姿に変わる。
「シャーリーが護衛してた三人、あれ父さんたちだったよ」
他の兄弟たちを起こして回ったキールが、腫れ上がった瞼の隙間から酷く哀れんだ瞳をシャーリー向けている……ように見える。
「は?」
「さてと、アルフ様が次の成り済まし用貴族と接触したみたいだし、僕もそろそろ行くね」
「え、待ってよ。説明してよ」
引き止めるシャーリーにグルフナはニコッと微笑んだ。
「そうそう、護衛中のシャーリーにはすごく楽しませてもらったから、お礼に男爵との婚活を手伝ってあげるってアルフ様が言ってたよ。本当、バレバレだったよ。じゃ、あとのことはキールに聞いてね~」
そのまま触手をふにゃふにゃ振りながらグルフナは消えてしまった。
「ああ、そういうこと」
まさかの暴露に茫然とするシャーリーに対し、刺々しい声を浴びせたのはテッドだった。
驚きの低賃金で無理やり姉に雇われたテッドは不思議だし不満だったのだ。なぜ姉が駄菓子三つすら買えない報酬で護衛依頼を引き受けたのかが。
「姉さんも恋とかするんだね」
何故か勝ち誇ったような顔で近づいてきたテッドの顔を地面に叩きつけてから、シャーリーはキールに詰め寄った。
「本物のメロル男爵はどこ!?」
「
「いったいどうなってるのよ!」
「ちゃんと父さんから聞いたこと話すからさ、まずはぼくの顔を治癒してくれないかな。色々腫れてるから喋りにくいんだよね」
「もう!」
シャーリーはぶつぶつ文句を言いながら周囲に薬草を生やす魔法を使うと薬を調合し始めた。
「馬鹿だな。余計なこと言うなよテッド兄さん」
後頭部まで地面にめり込んだテッドを掘り起こすクリスは呆れ声だ。
「ロック兄さん、悪いけどテッド兄さんの顔を治してあげてくれ。うわぁ、こりゃ酷い」
「
「……じゃあいい」
「ねぇ、誰でもいいからぼくの顔治してよ~」
テッドが意識を取り戻すまでの小一時間、キールの口からアルフたちの目的が語られることはなかった。
そして今、キールの話を聞き終えた兄弟たちは、ソファや床など思い思いの場所で軽食をとりながらアルフについて愚痴っていた。
「呆れた。父さんてば本当に考えなしなんだから」
シャーリーが三角ウサギのカツレツサンドを三等分し、蔓を操ってクリスとテッドに渡している。
「ちょっと放ったらかしにし過ぎたか……お、旨いなこれ」
「で、でもこれまでは平気だったんだしどうして急に……わ、本当だ美味しい」
一口で食べ終えたクリスとは違い、テッドはシャーリーの隙を見てサンドイッチをロックに譲って口だけもぐもぐしている。
「知るかよ。どうせ気まぐれだろ」
ロックはそれをキールの前に転移させ、摘まんでいた小瓶に入った金平糖のようなものしまうと、別の小瓶から宝石のようなグミを取り出して食べ始めた。
「でも父さん、皆が出ていく度に落ち込んでたんだよ~。最後の方なんか
回り回ってきたサンドイッチを嬉そうに頬張ったキールが「ん?」と首を傾げる。
「そ、それにしてもロックがいるとどこでも快適だよね。僕らの義賊に入らない?」
ふかふかのソファで手を拭いていたテッドが、不自然にロックの固有スキルを褒め始めた。
小瓶コテージは凄いだの、ロックは頼りになるだの妙に早口だ。
確かにロックの小瓶コテージは凄い。
どんな小瓶でも内部をコテージにすることができる。
火や水も普通に使えるし室温も快適で、部屋数だって魔力を追加すれば簡単に増やすことができる。しかも基本的にロックが許可した者しか中に入れず、外からはただの小瓶にしか見えない。おまけにそのまま移動もできてしまう。
しかしそんなことは兄弟なら皆知っているし、感動なんてし尽くしている。
「……馬鹿言うんじゃねぇ。偽善者のオ○二ーなんかに付き合ってられるかよ」
「そうね、テッドの
ロックとテッドを睨んだシャーリーが、次なるサンドイッチを切り分けながらキールの話をまとめ始めた――
曰く、アルフはいつも頑張っている使い魔を労うため、思いっきり羽を伸ばしてもらおうと計画したという。よりにもよって外でだ。
美味しいものをお腹いっぱい食べたいグルフナと、権力者を玩具にして遊びたいクイン。
二人の願いを同時に叶えられるのが魔国バルフェディアのお披露目会だと考え侵入を企んだらしい。
ただ、単に侵入したのでは面白くないとかで、どこかの貴族に成り済まして、皆を欺く楽しみも味わいたいとか。
シャーリーの言ったとおり、アルフは本当に後のことは考えていない。故に世界が危ないのだ。グルフナは別にいいだろう。どこかの貴族の食事マナーが最悪だったと世界中で評判になるだけだ。
「問題はクインだよねぇ」
テーブルに足を投げ出しているキールの言葉に、誰もが賛同の溜め息をつく。なによりも卑劣で悪辣、ヒトの困った顔や絶望する顔と、高価で質の良い布が大好物のクインだ。どんなことが起こるのか容易に想像ができた。
「俺、王に報告してくる」
「それがいいわね」
「待てよ。いくらクリスだっつっても、王サマってのは兵士長なんかが気軽に会えるもんなのか?」
一応、今の状況を気にしているロックが鋭い疑問を飛ばした。
「いやぁ……まあ、そこはなんとでもなるかな。じゃあ行ってくる」
頬を掻き、フワッとした答えを残して行ったクリスに兄弟たちは顔を見合せた。
「俺がやる。小瓶も一緒に動かすからな」
そしてロックが名乗り出てクリスの後を追った。世界の危機も心配だが、末弟の秘密も気になる。クリスが頬を掻くのは照れている時なのだ。
「さてと、じゃあどうやって父さんたちを捕まえようか」
あえて嘘しか伝えなかったキールが、姿勢を正し、父及びクイン捕獲の作戦会議を仕切り始めた。
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