第32話 魔女の薬屋
アルフはユクルたちの家を出たその足で、魔女の薬屋を目指し夜の王都を歩いていた。
クランバイアには魔女が営む薬屋が至る所に存在している。が、それは主に観光用。
誰もが欲しがる本物の魔女の薬は目玉が破裂するほど高額で、庶民はもちろんそこら辺の貴族でもなかなか手がでない。
そこで生まれたのが観光用の薬屋だ。魔女の薬屋ながら安価な下級品がいくつも置いてある。
それは安い代わりに味や見た目、効果や持続時間にバラつきがある。また、作り手と使用者の相性が悪ければ一切効果を発揮しない。
但し、相性が良ければ安価な物でも充分な効果を発揮する。そのため己や一服盛る相手と相性の良い魔女の薬屋を見つけるのが、観光の売りになっていたりもする。
アルフが向かっているのは本当の魔女の薬屋。
薄暗く人も疎らなこの時間、遠くの歓楽街や酒場の喧騒くらいしか聞こえてこない。
何度目かの曲がり角でアルフが立ち止まった。
「また結界……」
アルフはそれを卵に変えると、小さなため息と共に歩きだす。
「意味が分からないぞコルキス……」
アルフが初めにおかしいなと思ったのは、ユクルが自分から財布を盗んだ時だった。
いくら油断しまくりだったとはいえ、自分からあの財布を盗めるなどあり得ない。なぜなら財布は
その時点で物凄くで面倒臭くなったアルフは、財布を諦めていた。
でもグルフナが煩いし、店を復元する時に妙な視線を感じ取ったから、ユクルを
結果は思ったとおりで、ユクルは魔女の秘薬を飲まされていた。それは
前者はダンジョンの外からでもダンジョン内にある金目のものを一つだけ取り出せる。後者は飲ませた者を一旦眠らせ、目が覚めてからの短時間を傀儡にできる危険なもの。
「はぁ……」
営業時間は過ぎているにも関わらず、明かりの灯った魔女の薬屋に着いたアルフが、例の大きな看板を見て深いため息をつく。
いったいなんの目的があってコルキスはこんなことをしたんだろうか。アルフは心底不思議に思いながら薬屋の扉の前で立ち止まった。
ちなみにアドイードは眠そうにしていたから
寝ぼけ眼で「一緒にいるんだもん」と言っていたが、そんな状態で魔法を使われては何が起こるかわかったもんじゃないのだ。
「行くか……」
アルフはこれまでより厳重に展開されていた薬屋の結界を卵にして扉を開けた。
「よく来てくれたわね。待っていたわ」
カウンターの前に立つ、いかにも魔女という格好の若い女がアルフに微笑みかける。それからローブを小さく靡かせて、ふわりと浮かび上がった。
魔女がアルフを値踏みするように頭の天辺から爪先まで見てくる。
「財布を返してもらおうか」
しかしアルフはそんな魔女には目もくれず、店のカウンターに向かって声をかけた。
「チッ、バレてたか。やれ、捕まえるにゃ!」
カウンターから猫獣人の女が顔を出したかと思うと大声叫んだ。
その瞬間、店内の様々な場所に隠れていた若者が一斉にアルフ目掛けて飛びかかってきた。
アルフは動かない。
無能と蔑まれていた王子時代ならアルフは為す術べなく、縄でぐるぐる巻きにされていただろう。
しかし、今は違う。
魔力は無限に等しく素早さも桁外れ。精神力はやや不安定だが、その図太さは神をも凌駕する。
あえて弱点を挙げるとするならば、ダンジョンにしてはぺらっぺらの紙装甲で、純粋な攻撃力も低いことだろう。
ただ、大抵のものはグルフナを使えば容易く破壊できてしまうし、卵を使えばほぼ敵無し言える。
「ふりぇ~、ふりぇ~、ありゅふ様」
いつの間にか
「まったく、皆してなんなんだよ」
アルフは
オリハルコン製の盾すら余裕で貫通する偽卵。手加減はする。
たいていの者は偽卵より強力な、魔力や魔素で作った卵を武具にするまでもなく、これで片が付く。
ただ、今回は手練れが多いらしい。四人、回避して襲いかかってきた。どうやら冒険者のようだ。
しかしアルフは焦ることなく偽卵を冒険者の死角へと操作し、同時にカウンター内の猫獣人にも攻撃する。
「にゃっ!?」
冒険者たちは死角からの攻撃を防げなかったようで、あっさり倒れた。
一方、猫獣人は間一髪で防御魔法を使い偽卵を防いだ――かに思われたが、アルフが
「待って待って待って!」
観念した猫獣人が手を振って止めの合図を送ってくる。
それでもアルフは偽卵と作ったばかりのミステリーエッグの卵を猫獣人にぶつけようとする。
「い、嫌だ! それ痛いから止めて!」
じゃあ蔓で殴ろうかとアルフは腕から蔓を生やす。
「止めてって! パパ!」
「パパはやめろ」
アルフが少しイラッとして答えた。
「分かったから! ごめんってお父さん!」
猫獣人が謝るとアルフはニコッと笑って彼女の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「久しぶりだな、コルキス!」
「フェインだよ!」
兄弟共通の名であるコルキスと呼ばれたことにムッとしたフェインは大声で訂正した。
「ああ、ごめんごめん」
微塵も悪いと思っていないアルフがテキトーに謝ると、フェインがアルフに抱き付いた。
「全然会いに来てくれないから寂しかった」
「寂しかったってコル――フェイン、お前もう二二歳だろ」
呆れるアルフにフェインが歳は関係ないんだと言って頭を擦り付ける。
「むっ、フェイン。長すぎりゅよ、もうアリュフ様かりゃ離りぇて」
アドイードが花から飛び降りてフェインの足をぱしぱし叩く。
「もうちょっとくっついてたかったのに……アドイードは相変わらずだね」
フェインは名残惜しそうにアルフから離れた。
「店長……本当にその人がお父さんなんですか?」
「どう見ても弟か、早めにこさえた息子にしか見えねぇ」
「店長よりもずっと歳上とか信じられないわねぇ」
アルフに秒で倒された魔女と暴漢は、薬屋の店員だったらしくアルフをまじまじと見てくる。
「痛ててて、最初の攻撃はなんとか躱せたんだけど……」
「二発目のあれなによ」
「反則すぎる早さだった」
「痣にならないかしら」
次いで喋り始めたのは冒険者の男女四人。
「私、全力で補助魔法使ってたんだけど……ちゃんと効いてたか不安になるわね」
「私もです。魔女として自信が失くなっちゃいます」
アルフを出迎えた魔女と、カウンターの奥から姿を見せたもう一人の魔女が肩を落としている。
残念ながら二人の魔法はアドイードによってかき消されていた。
幼くて子供っぽいアドイードだが、他人の補助魔法を気付かれずにかき消すくらい居眠りしていてもできる。
「仕方ないよ! パパは強いからね!」
そう嬉しそうに言ったフェインは、人前では父と呼べとアルフに小突かれていた。
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