第36話 アルフの提案
様々な誤解を解いたアルフは、
「これがあの有名な移動式ダンジョン屋……」
リーダーのサイラスが目を丸くして驚いている。
このエリアは巨大な円柱建造物の周りをゆっくり移動する草花と蝶々がいっぱいの浮遊島。
壮大な光景に圧倒されている
さーっ、と涼やかな風が吹いていく。すると羽根を休めていた蝶たちが舞い上がり、やや形の崩れた動物の置物や像がいくつも露になった。藍い表面のそれらは草花や蝶と相まって、より美しい景色を作った。
そんな彼らの後ろでは、アフルとアドイードがせっせとピクニックの準備をしている。
アルフが地面からテーブルと椅子を生やせば、アドイードは飛んできた綺麗な蝶々を追いかけ回し、アルフが美味しそうな料理を運んでくれば、アドイードは捕まえた蝶々に興奮気味で話しかけている。
そしてグルフナは鷲獅子の鉤爪たちの横で護衛。
パッと見は楽園のような場所だが、ここは
通常、移動式ダンジョン屋で使うことはないし、冒険者で言うSランクでも即リタイアとなる危険極まりない場所である。
退屈している魔物が、いつ惚けている若者たちに襲いかかるかわからないのだ。
現にアドイードが話しかけている綺麗な蝶々は、ラピスラズリ蝶というAランクの魔物。
強力な魔法や麻痺と幻覚を引き起こす燐粉を駆使して獲物に襲いかかり、体液を吸い尽くすか卵を産み付けて生きたまま幼虫の餌にする。
また、獲物の見た目が気に入った場合、殺した後で特殊なラピスラズリに変化させ巣にしてしまう習性も持つ。あの散見される藍い像などは、
これだけでも厄介なのに、この階層には他にも危険な魔物たちがわんさかいる。
「おーい! 準備できたぞー!」
「ほら、いつまでも景色に見とれてないで行きましょう。アルフ様の料理は美味しいんですよ」
短時間で準備をやりきったアルフのドヤ感がキモいな、と思いつつグルフナが
よくよく見てみると、六人ともラピスラズリ蝶の燐粉を吸い込んで麻痺していた。
少し前アドイードが嬉しそうに蝶々を見せに来たあの時だろう。
これがバレて食事抜きにされるのは嫌だなと思ったグルフナは、誰にもバレないようこっそり麻痺を解除して、何食わぬ顔で彼らをアルフの元へ案内した。
◇
「よし、それじゃあ行こうか!」
一時立ち退きをお願いした蝶々たちから、ぼろくそに暴言を吐かれて凹んでいるアドイードを背中にくっ付けたアルフが先頭だって歩きだした。
その後ろにはマトラポーチとアドイードの作った葉っぱのローブや緑色の軽鎧、さらにグレードアップされた各々の武器を身に付けた
何故、こんな物々しい雰囲気で移動しているのか。それはピクニックの食事中まで遡る。
アルフたちは食事をしながら改めて自己紹介をした。
まず、六人ともクランバイア魔法学校ガスポーラ校の出身らしい。
ガスポーラといえばクランバイア魔法王国の最南端、東西に走る深く長い谷底の領地、いわゆる辺境といわれる場所だ。
領都ガスポーラを中心として村が帯状に点在しており、キノコや日陰で育つ野菜を特産品としている。
また、魔法王国を一周するように張られた国境代わりの大結界ラオデルピュラの影響で、魔物が少なく特殊なオーロラが発生することでも知られている。
人口はわりと多めなのだが、ほとんどが農業か観光業の仕事に就くため、魔法学校の教育内容も戦闘というよりはそういったことに力をいれている。
そのため、クランバイア国内の魔法学校で創立以来一度も称号を得たことがない学校として不名誉な烙印を押されているんだとか。
そんな状況でも冒険者に憧れ王都に出てきた鷲獅子の鉤爪の六人。
毒魔法とキノコを使った独特の戦闘スタイルで斥候も兼ねているという。
そして
そんな超希少種族ゆえ、出身の村名と村の場所は言えないとのこと。
一昔前まで悪い奴らに誘拐され他国に売られていた歴史を考えると仕方がない。
とはいえアルフは過去に一人だけ宝石妖精を引き取って育てたことがので、村名や村の場所はおおよその見当がついていた。
そういえばパーティー名はいったいどこからと思ったアルフだったが、聞けばガスポーラ辺境伯家の家紋がグリフォンなんだそうだ。
自己紹介の後で話題になったのはクランバイア魔法学校祭。
六人は去年のクランバイア魔法学校祭に、ガスポーラ校の代表として王都へ来ていたらしい。
実は冒険者ギルドで
言われてみればおかしなことだったのだ。べつに六人はガスポーラ校出身と名札をぶら下げていたわけではないのだから。
六人とも王都校の代表で偉大な魔書の称号を実際に勝ち取った魔書使いたちには、手も足もでなかったと悔しがっていた。
結果的に鑑定では分からない情報もいくつかあったので、有意義な時間だったとアルフは思っている。ちなみにアルフは自分のことを移動式ダンジョン屋のオーナーだと伝えている。
そこで
もともと六人に強い装備をあげて、既に捕らえてある偉大な魔書の連中と戦わせてようと思っていたのだ。
この際、奴らの伸びまくった鼻っ柱をとことんへし折ってやろうという魂胆に切り替えたらしい。
別に
さて、アルフが彼らを連れてどこを目指しているのかというと、深部塔上層一〇三階の
生き人形の巣窟であるそのエリアで、みっちり訓練してもらうのだ。
そこで五時間も鍛えれば、素質のありそうな彼らならCランク~Bランク冒険者並の強さが手に入るだろう。
もっとも五時間という時間の長さが、アドイードの魔法で通常よりも遥かに長いものにされるのだが……。
それはアドイードが細工してアルフにプレゼントしたもので、元々は舌打ちドールという魔物のレアドロップ品だった。
それに当時アルフが母だと思っていた女の契約精霊たちが入り込んで遊んでいるうちに、とんでもない力を宿してしまい、アルフの覚醒と共に最恐の人形へと進化した化け物。
他人に触れられることを極端に嫌うこの人形は、可愛いらしい顔をした生き人形特有のひん曲がった性格そのままに、卑劣極まりない戦法と生かさず殺さずのイヤ~な痛め付けを好む。
アルフとグルフナもこの階層で戦闘訓練を行うことがあり、その度にストレスは天元突破してしまう。アドイードが一緒の時はもっと最悪だ。
そのようなデメリットはあるものの、様々な属性の魔法と禍々しい武具の数々、さらに手下の生き人形たちとの許されざる卑劣の連携は、訓練という意味で抜群の効果を発揮する。
一応はアルフの言うことを聞いて、決して六人を殺さないことを約束してくれている。
しかし、容赦ない痛め付けは行われるだろう。
ちなみに、過去この上層一〇三階の人形街を突破できた冒険者は数えるほどしかいない。
確かあれはSSSランクのソロ冒険者やSランクの冒険者パーティーだったなぁ、と懐かしく思うアルフの背中で、アドイードもあの得も言われぬ味を思い出して涎を垂らしていた。蝶々のことはもう忘れたようだ。
「さあ、この移動装置を使って下ればそこが上層一〇三階だ」
木の根に飲み込まれた扉の前まで来てアルフが振り返る。もちろんアドイードの涎を卵にすることも忘れていない。
「上層一〇三階はさっき伝えたとおり、卑劣な生き人形の巣窟で、やつらが訓練の相手をしてくれる。きっと心の底から挫けそうになるだろう。涙を流し恥辱と後悔にまみれるだろう。でも信じて欲しい! これを乗り切れば君たちは強くなれる!」
グッと拳を突き上げたアルフを押し退けて、グルフナが木の根に魔力を当てる。
すると木の根がズズズッと動き、掠れた文字で一〇三階直通と書かれた扉が現れた。
手入れされていないとわかる、ぎこちない動きで開いた扉の中には、背に穴の空いたドラゴンの石像がいくつもあった。穴にはゆったりとした席が設けられており、意外と快適そうに思える。
「では諸君、覚悟はいいか!」
「いいか~!?」
一人で雰囲気に浸っているアルフとそれに同調するアドイード 。その様子にやや戸惑っている
「あの二人は放っておけばいいです。さ、早く乗ってください」
生き人形たちが暴走しないよう監視役として付いていくグルフナの言葉に、助かったといった空気で乗り込んだ六人。
彼らは強くなれるという期待で胸が一杯だった。
◇
巨大な四角い葉に映し出された
その大部分は
『ぐあぁぁ! 何故だリリカーーー!!』
それはちょうど、いつも皆に仲間外れにされて辛いの、とシクシク泣いて鷲獅子の鉤爪の味方になったリリカちゃん人形が、感じの悪い人形を前に分が悪いと判断してものの見事に裏切った場面。
リリカちゃん人形に同情し、とても肩入れしていたサイラスの表情はまさに絶望といえるものだった。
「
アルフのしみじみした発言に多くの魔物が共感している。
生き人形と共闘したことのある魔物なら一度はあのような裏切りを経験しているし、なんならもっと酷い目にも合わされている。
「あんな性格じゃ捨てりゃりぇてもしかたないの」
あのリリカちゃん人形を拾ってきた張本人が言うように、ここの生き人形たちは持ち主に捨てられたものがほとんど。
その性格と不気味さゆえに。
アドイードはジュース片手に画面に映ったサイラスの魔力と精神力を食べ始める。
そのせいでサイラスが立ち直らない。
裏切られたリリカちゃん人形に背後から魔法を撃ち込まれても、リリカリリカとうわ言のように呟いて嘆くばかり。
ロムはとっくの昔にレーゴという小さな人形に操られ、壊れたように笑っているし、サーシャとスファレは生気のない目で人形遊びにふけっている。二人はパーピー人形とシルバニヤニヤファミリーの人形に精神を乗っ取られていた。
そしてデミアンはカンダムという角ばったゴーレムのような人形に磔にされて、様々な兵器の実験台にされている。
オパルは契約している精霊に護られているお陰で唯一まともだが、魔力が底を尽きかけていて半泣き。
既に多くの生き人形に取り囲まれているので、じき仲間と同じような目に合うだろう。
一応、全滅の状態になったら回復と反省会をして仕切り直しとなるのだが、その前に心のケアが必要かもしれない。
訓練を見ていたアルフとグルフナはそう思った。
ただアドイードだけは違った。容赦なく残り少ないオパルの魔力を食べ始め、満足げにけぷっと息を吐くのだった。
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