第37話 鷲獅子の鉤爪 VS. 偉大な魔書

 人形街ドールタウンから帰還した鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたちは、一人を除いて歴戦の猛者のような風格を醸し出していた。

 もちろん実力もそれに見合っているだろう。しかしその目はどこか悲哀を帯びている。

 そして五人は言葉を発しない。仲間同士目を合わせることもない。


 そんな中で唯一、楽しそうなのがサイラス。

 仲間に向けて「俺たち最高の仲間だな」とか「これからも頑張っていこうぜ」とか言っている。

 ただ、笑顔でリリカちゃん人形を抱き締めているその目には、他の五人にはない何か別の言い表せない異常性を宿していた。


「見てくださいよ、あんなに初々しかった若者がこんなことに……全部アルフ様のせいですよ」

「え、なにがだよ。皆すごく強くなったんだからいいじゃないか」


 なんか様子がおかしいなと思ってはいるものの、グルフナの責めるような視線にアルフは不満気だ。

 というのも見守りの途中で居眠りしてしまったアルフは知らないのだ。鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたちが心に消えない傷を負ってしまったことを。

 しかもそれは一つや二つなんて数ではなく……。


 アドイードの魔法で時間が一年くらいに引き伸ばされたのだろうと思っているアルフだが、本当はその十倍。

 どうせなら強く美味しくなった方がいいよね、とアドイードが気を利かせのか、はたまた、ただのうっかりなのか定かではないが、鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたちは、卑劣な生き人形たちと十年間も争い続けたのだ。


 殺さず重傷も負わせなければいいんでしょ、という考えのもと、最悪の裏切りや卑劣な罠で疑心暗鬼にさせ仲間割れを生じさせる等々、生き人形たちはやりたい放題。

 ことあるごとに悪質な精神攻撃を織り込んだ生き人形たちの戦略は、若者が経験するには酷なことばかりであり、鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウはとことん追い詰められてしまった。

 

 グルフナは後で戦闘技術に関する記憶以外は食べてあげようと決めている。


 仲間割れの挙げ句、裁判が始まり罵詈雑言で責め立てられたうえに、処刑まで言い渡された記憶なんて、ロムのこれからの人生には必要ないだろう。

 宝石菓子のような甘く煌めく感情を共有していたオパルとスファレは、惨たらしく相手の命を絶つことだけを考えているし、デミアンとサーシャはここを出たらマシュルムと花妖精フラワーフェアリー、互いの種族を必ず根絶やしにしてやると心に決めている。

 サイラスにいたっては言わずもがな。あの目はヤバい……。


 それに証拠隠滅の意味もある。

 あれほど生き人形たちが好き放題できたのは、お腹空かせたグルフナが訓練終了間際まで持ち場を離れたから。


 まあそれも込みで生き人形たちの戦略だったのだろうが。


「連りぇてきたよアリュフ様」


 そこへ、地獄の空気を生み出した原因の一端でもあるアドイードが、大勢の若者を引き連れてやって来た。

 捕らえて眠らせていたクランバイア魔法学校の王都校、偉大な魔書グリモアニア=イステ出身の冒険者たちだ。


 彼らはアドイードから鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウに勝てば特別なエリアを自由に探索していいと言われており、やる気は十分。

 加えて鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたちとの実力差を考えたアドイードに、武器と防具をプレゼントされ喜んでいる。

 人数差を考えても自分たちが負けるなどあり得ないと皆、自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。


「さっさと終わらせて稼ぎに行きましょう」


 なかでも特に自信たっぷりで前に出てきたのは、あの自称雷魔法クラスで一番の魔女。


「愚かしくも十三番目サーティーンごときが私たち偉大な魔書グリモアニア=イステに楯突こうなんて――クランバイアで最も優秀な雷の魔女、このエリザベスが身の程ってものを思い知らせてあげるわ!」


 冒険者ギルドでは十三番目サーティーンと言われると烈火のごとく言い返していたのに、訓練を終えた鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたちはどうでもいいと言わんばかりに鼻で笑うだけだった。

 但しサイラスは別。

 ずっとニコニコしてリリカちゃん人形に話しかけている。


 そに態度に顔を真っ赤にしたエリザベスが雷魔法を放った。それは彼女が使える最大の魔法であり、魔力をほとんど消費するものだった。

 凄まじい稲光と共に轟音が響き煙が立ち込めた。


「さすがだよエリザベス」


 隣にいた恋人の風魔法使いヘンリーが称賛する。


「ああ、実力差って本当に無慈悲。あの子たち塵になっちゃったわね」


 わざとらしく悲しんだあとで、得意気に髪を靡かせたエリザベス。

 だが次の瞬間、左側に固まっていた同期たちが氷付けにされ、反対側にいた者たちは槍の一薙ぎによって吹き飛んだ。


「へ?」


 さらに後方では毒に苦しむ声があがっており、精霊が踊るように皆の意識を刈り取っていくのが見えた。

 次いで綺麗な歌が聞こえてくる。


「きゃぁっ!」


 するとヘンリーがエリザベスに襲いかかった。


「ど、どうしたのよヘンリー」


 必死にもがくエリザベスだったが、ヘンリーは白眼を剥き呻き声をあげるだけ。

 同じようなことがあちこちで起きている。


「はっ……なして!!」


 エリザベスは馬乗りになって首を絞めてくるヘンリーを殴り、なけなしの魔力を使って失神させた。


「はぁはぁ……」


 足りない空気を取り込もうと荒い呼吸をするエリザベスの前に人影が。


「リリカはどの子と遊びたい?」


 エリザベスが顔を上げると、凛々しい魔法剣士の男が、大事そうに抱き締めている子供向けの人形に話かけているんだと気付く。


「うん、うん……分かった。先ずはこの子だね」

「ヒッ!」


 自分を真っ直ぐ見た男の異常な瞳に怯えたエリザベスが後退る。

 もう魔力がほとんどない。逃げなくては。そう思ったエリザベスだが、すぐに動けなくなってしまった。

 なぜなら地面から生えた何体もの人形が足にしがみついていたからだ。

 それは凄まじい力で、人形の腕が脹ら脛に食い込んでいる。


 それらはすべて男が持っているのと同じ人形。

 それらはエリザベスもよく知っている、子供の時におねだりして買ってもらった人形。

 いつだったか急に喋りだして、恐くなって窓から投げ捨てたあの人形。


 頭の中に響く「遊びましょう」という声と人形たちの顔が堪らなく恐ろしい。

 周りに助けを求めるも皆、既に正気ではなかった。


「どこにも行かせないよ」


 男が剣を抜きながら口角を上げる。同時に足元の人形たちもどこからか剣を取り出して同じような表情になる。


「リリカがね、君と遊びたがってるんだ」


 ズイッと顔の前に差しだされた人形もまた剣を持っていた。


「遊びましょう。リ、ズ?」


 愛おしそうに子供の頃の愛称を口にした人形が微笑む。


「いやっ! いやぁぁぁぁーー!!」


 足元の人形たちによって地面に引きずり込まれていくエリザベス。それを見たサイラスが壊れた人形のように笑い始めた。


「アハハハハハ!」


 途端にそこかしこから人間サイズのリリカちゃん人形が現れ、正気を失った者たちに剣を振るっていく。


「サイラスって変わった戦い方するようになったな~」


 離れた場所で戦い――というより一方的な蹂躙を見ていたアルフが呟く。もちろん彼らの魔力などを食べながら。


「そうだねぇ」


 どうでもよさそうに相づちを打ったのはアドイード。一通り全員を食べたあと、今は気に入った何人かを集中的に食べている。


 余談だが、アルフの体内ダンジョンでは魔力などを奪って食べるのと、本人が使用したのを食べるのとでは、後者の方が圧倒的に美味らしい。アルフが卵にするとさらに味アップだという。


「そろそろ終わりですね」


 グルフナが鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたちを止めに行った。記憶を食べるなら今だなと思ったらしい。

 標的がいなくなったオパルとスファレが殺し合いを始めようとしていたのだ。サーシャとデミアンも互いに睨みあっているし、ロムはそんな四人の隙を突こうと気配を消し、血走った目で槍にこれでもかと殺意を込めている。


 グルフナは軽く拘束しながら一ヶ所に集めた彼らの頭を、触手で撫でつつ褒めていく。するとみるみる若者らしい顔付きに戻っていく鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウたち。

 グルフナの触手が離れるときに少しだけぼんやりしていたが、そのうち戦果にはしゃぎ始めた。


「こ、こんな人数相手に楽勝だなんて!」

「師匠! ありがとうございます!」


 ロムとデミアンがグルフナに抱き付く。決してその豊かな胸に顔を埋めたいとかいう理由ではなく、純粋に嬉しくてだ。


「下級氷魔法が中級か下手したら上級並の威力になってたわ……」

「僕も信じられないくらい精霊が成長してた!」

「私も呪歌の効果が跳ね上がってた!」


 サーシャが自分の手を見てわなわなしている横で、オパルとスファレが抱き合っている。

 ただ、サイラスだけは複雑な顔でリリカちゃん人形を眺めていた。

 その表情にリリカちゃん人形は悲しそうな顔を見せる。


「さようならサイラス。楽しい夢を見させてもらったわ」


 サイラスの手から抜け出して飛んでいくリリカちゃん人形。その後ろ姿は酷く悲しみに包まれていた。


「待ってくれ!」


 サイラスの声に止まりはしたものの、リリカちゃん人形はうつ向いたまま振り向かない。


「行かないでくれ! よく覚えてないけど、俺には君が必要な気がするんだ!」


 予想外の展開にグルフナが目を丸くしている。記憶は完全に食べたはずなのに、と。

 アルフは何のことかよく分かっていない。

 アドイードは興味なさそうにデミアンとサーシャの魔力を食べ続け、次は二人の魔力を卵にしてとアルフにおねだりしている。


「いや、違う。これは、この気持ちは……」


 消えていた異常性が再びサイラスの目に宿っていく。


「愛してる……」

「っ!? サイラ!」


 振り返ったリリカちゃん人形の目からは涙が零れていた。

 見つめ合う生き人形と若者。結ばれるはずのなかった魔物とヒト。リリカとサイラス。重なりゆく唇。

 

「ちょっと失礼」


 そこへ割り込んで来たのはアルフ。しおらしく目を閉じていた生き人形をむんずと掴みまじまじと見ていく。


「ふんふん、目薬や水魔法を使った形跡はなしか」


 アルフのあんまりな言葉に心外だと顔で訴えてくるリリカちゃん人形。


「サイラスと一緒にいたいのか?」

「ええ!」

「じゃあ絶対にサイラスたちを裏切らないって約束できる?」

「できるわ! だって私もサイラスを愛しているもの!」


 嘘くさい、とアルフは思った。

 幾度となく生き人形たちに辛酸を舐めさせられたアルフには、どうしてもその言葉が信じられなかったのだ。


「クイン! ちょっと来てくれ!」


 そこでアルフが呼んだのは感じの悪い人形シスルドール。側近であり生き人形たちのボスでもある、クインの反応を見て決めようと思ったからだ。


「何?」


 スッと現れた手の平サイズの人形は、その可愛らしい顔に似合わないとても冷たい声を出した。


「このリリカちゃん人形の言ってることって本当?」

「本当」


 食い気味の即答だった。

 ますます怪しいと思うアルフだったが、サイラスの熱い愛の言葉とリリカちゃん人形の懇願に仕方なく許可を出した。

 クインの「私を信じないのか?」という突き刺さるような視線が怖かったのもある。


 その後、偉大な魔書グリモアニア=イステたちをダンジョンから強制退場させたアルフは、鷲獅子の鉤爪グリフォンクロウにお祝いの料理を振る舞った。

 そして賑やかな時間が終わるとそれぞれに箱を渡し、さらにこれからの活躍を本格的にお祈りしてお別れ。


 六人と一体はアルフとグルフナ、それに大量の生き人形たちに見送られてダンジョンをあとにした。

 アドイードは満腹で寝ていたので見送りには不参加だった。


 ちなみに、今回まったく話に出てこなかったベテラン冒険者や冒険者育成所出身の駆け出したちは、アドイードによって選別され、美味しい者だけが未だに捕らわれていた。


 夜中に起きたアドイード曰く、ありぇは差し入りぇと保存食にすりゅの。とのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る