第3話 アルフという男
ゴブリン――
それは緑色の肌で全身に不規則なコブを持ち、常に涎を垂らしている醜く汚いとされる魔物。
それらは人間をはじめ獣人、ドワーフ、エルフ、ノーム、その他ヴァンパイアやフェアリーなどの魔族といった、神が作りし最初の魔素人形をルーツに持つとされるヒト種の腹を繁殖に使う。
そのためほとんどの地域で忌み嫌われている。
「ゴブリンだ! ゴブリンが出たぞーーー!」
「一〇体はいるぞ! 逃げろーーー!!」
男たちの叫び声に楽しげな空気は一変、一斉に立ち上がった女の子たちは我先に村へ駆けていく。
「なにしてるの! 走って!」
こちらに走ってくる男たちの方を見て動かないアルフに気付いたルァンシーが引き返してきた。
「え、でも――」
「いいから! 村の教会に行けば安全なの!」
教会には年に一度、徴税人と共に訪れる偉い神官が施してくれる聖域がある。守護範囲は狭いが、足りない部分は駐在する神官が結界を張ってくれるのだ。
「お願い! 早く!!」
ゴブリンはまだ見えないが、男たちはもうすぐそこまで来ていた。
あの中に父もいる。心配だ。でも自分も助からなければ意味がない。ルァンシーの腕により力がこもる。
しかしアルフは動こうとしなかった。ただ見ている。
火事場のなんとやらの怪力で引っ張られる腕はもげそうに痛いが、そんなことはどうでもよさそうに。
「きゃああああ!」
ゴブリンの姿が見えた。一〇体どころではない。三〇体はいいそうだ。
「わ、珍しい。ショタゴブリンじゃないか……あ、ドルイドだ。それにビショップも。うわ、インクィジターまでいる。しかも他はほぼメイジじゃないか」
「ねぇ、お願い! 走って!!」
ルァンシーは恐怖でおかしくなりそうだったし、理解もできなかった。
どうしてアルフがこんなにも落ち着いているのか。私の攻撃で意識を失うほど弱いのに、と。
「いつもあんな魔法職ばっかりが来るの?」
「魔法なんて使ってるの見たことない! そもそもこの一年襲撃なんてなかったわ!」
既にヒステリー状態のルァンシーが叫ぶ。
「パパお願い! パパー!」
この地方のゴブリンは他の地方に比べて機動力が突出している。
アルフを見捨てられないと戻って来たが、もう自分の足で逃げ切れる自信がない。すぐそこまで来ているだろう父に助けてもらう他なかった。
「たぶん教会も安全じゃないよ。ドルイドとビショップは神官系の上位種なんだ。結界を破壊できるし、さらに上位種のインクィジターは聖域にも干渉できる。少ないけどナイトやソルジャーもいるみたいだし」
「そ、そんな……あ……嫌………」
メイジの集団から火球が放たれた。それは大きく数も二〇はある。
迫りくる熱と男たちの顔に浮かぶ絶望にルァンシーは膝から崩れ落ちた。
もう、駄目だ……。
そう思った瞬間、アルフが火球に向かって走り出した。気でも触れたのだろう、卵を殻ごと頬張りながらだ。あんなやつ、格好いいからって引き取るんじゃなかった。ブラコに任せておけばよかった。
「ルァンシー!!」
すべてを諦めたルァンシーの目に、手を伸ばし地を蹴る父が写った。ドンッとぶつかり、覆い被さるように倒れる父。その背に迫る炎。溢れた涙は恐怖ではなく共に逝ける安らぎからだった。
目を閉じて死を待つ……待つ……待つ………おかしい。受け入れたはずの灼熱は訪れず、無音が辺りを支配している。
恐る恐る目を開けると、いつもと変わらない青空が見えた。
「綺麗……」
それから何を言っても退いてくれない父の脇腹に一発入れて体を起こすと、少し向こうにアルフがいた。
ボコボコにし終えたゴブリンたちをせっせと蔓で縁取られた腰袋へ入れていく、それはそれは嬉しそうな顔の不思議な卵を侍らせたアルフが。
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