第29話 グルフナ頑張る
財布を盗まれたというのにアルフはもたもたしている。
「何やってるんですか!? 財布がなきゃ魔石風かき氷が食べられないじゃないですか! ほら、追いますよアルフ様、早く立って下さい!」
転ぶ主を助けもしなかったくせに、両手を元に戻したグルフナがねっちょねちょの触手を押し付けてくる。
その触手をわざと強く払いのけ、不快なねちょりを卵にするアルフの様子は、どことなくやる気が感じられない。
「嫌だ。追いかけるより、この卵を売った方が早い」
思ったとおりアルフは文句をたれた。
「あの中にいくら入ってると思ってるんですか!? 取り返さなきゃ駄目です! 絶対に!」
「面倒臭い。今から追いかけたって見付けられないじゃないか。面倒臭いなぁ~、ああ面倒臭い」
アルフはかつて仲良くしていた精霊のような口調で愚痴り続け、イライラしたグルフナが触手をグロテスクに見えるよう広げ、けっこう本気の威嚇をして、ようやくやる気をみせた。
「ちぇ。え~っと、お使い中の使い魔は……」
魔法王国は魔法使いたちの使い魔だらけ。その中でも誘いに乗りやすいのが使い魔になって数ヶ月の魔物。
初めての使い魔シリーズを持っていればなお良しだ。
「あいつがよさそうだな」
あいつ、とは本を咥えたヤツハネパイソン。ちょうど素材屋から出てきたところをアルフ目撃された可哀想な、なりたて使い魔だ。
ヤツハネパイソンはその名の通り八つの羽をもった赤茶色い鱗の大蛇型魔物。舌で臭いや魔力を追跡する能力がずば抜けている。
アルフが見つけたのは、鱗がやたら綺麗な茜色で、羽の一つも通常の白色とは異なる美しい菫色なので、おそらく変異種だろう。
素材屋の店主に荷物をくくりつけてもらい、ぎこちなく頭を下げている。去り際に「お使いが板についていきたな」と言われて見せた照れ笑いの初々しいこと。
となれば、この後初めての買い食いをするはず。
なぜなら初めての使い魔シリーズには必ず書いてあるのだ。『お使いに慣れたら次は息抜きを覚えましょう』だったり『お使い帰りの買い食いは最高ですよ』とか『お使い帰りの買い食いは使い魔の正当な権利です』といったことが。目立つように、わざわざ、
思ったとおり、ヤツハネパイソンは素材屋から離れてすぐ屋台通りの方を見て止まった。
とぐろを巻いた胴体に本を置き、そわそわしながら舌でページを捲っていく。買い食いのマナーでも確認しているのだろう。
チラッとグルフナを見れば、うんうんと満足気に頷いている。
アルフは小さな溜め息をついてヤツハネパイソンに視線を戻す。一瞬、わくわくしたように動く舌の裏に、小さく刻まれた使役刻印が見えた。
その形からかなり強い魔力で縛られているのがわかる。
「買い食い、グルフナなら何にする?」
ヤツハネパイソンの懐事情だが、おそらくたいしたことはない。しかし強い魔力で縛られているなら、魔力の薄い安価なものを見ても美味しそうとは思わないだろう。
「そうですねぇ……ちょっと高いですけど、やっぱりミッチェル爺さんの
確かにあれは馬鹿旨い。
通常、屋台のものは弱い魔物から獲れた安価な低級品の魔力結晶体を使っている。ミッチェル爺さんもそうだ。
だが、その味付け技術と魔力の添加技術、そして種類の豊富さがえげつないのだ。
アルフもダンジョンになり、初めて食べてときは旨すぎて腰が抜けるかと思った。使い魔はこんな旨いものを食べていたのかと衝撃だった。ずっと黙っていたグルフナに対し、喧嘩を吹っ掛けるくらいに。
あれからずっと、ミッチェル爺さんの
もっとも当時は爺さんではなく、ミッチェル君と呼んでいたのだが。
「僕もお使いに慣れるまではよく我慢してましたねぇ」
グルフナの懐かしそうな台詞にアルフは、お前は頼んだ品をどこかに忘れて、お使い初日から買い食いしてただろ、と思った。
と同時に、そういえばあの頃はまだお小遣いを渡していなかったはず、と思い出した。
およそ一〇〇年越しの疑惑に目を細めるも、今さらそんな昔のことを蒸し返し追及したところで何になろうか。
今度やらかしたときに、いつもの一〇〇倍辛く当たろう。そう、アルフは心に決めた。
「……じゃあ行くぞ。もう一度仮面になってくれ」
再びグルフナで顔を隠し、物陰で激しく足踏みしてから、アルフは荒い呼吸のままヤツハネパイソンへ駆けていった。
「き、きみ! 空、飛べるよねっ!?」
流暢な蛇の魔物言葉で話しかけられたヤツハネパイソンは驚いた。突然だったこともだし、こんなにも自然な発音のヒト種は初めてだったのだ。蛇獣人でももっと癖がある。
「財布を盗まれたんだ! 助けてくれ!」
ヤツハネパイソンはなんだこいつと思った。ボクのお小遣いはあげないぞと睨んで威嚇する。
「犯人を追いかけるのを手伝って欲しいんだ! もちろんお礼はする!
それを聞いてピンときた。この男、本当は蛇の魔物だ。これは
初めての買い食いをする頃に抜き打ちで主が仕掛けてくる、とつい先日先輩使い魔がこっそり教えてくれていた。お礼は決まってミッチェル爺さんの
「も、もちろんです! 乗ってください!」
背にまたがったアルフの上着を舌で嗅ぎ、シューシューと舌を出し入れしながら空へ浮かび上がる。
「ねぇママ、ヤツハネパイソンが飛んでるよ。カッコいいね」
「あら、じゃあ今日のお昼はパイソン系のお肉にしようかしら」
「あの羽で箒を作るのもありだな……」
呑気な会話が聞こえてくる。
町中でCランクの魔物が飛んでいるというのに指差しながら話すだけ。他の国なら大混乱になるだろうこの光景も、魔法王国では日常でしかない。
『ほんっと誰も慌てないのはクランバイアならではだよなぁ』
サイコパス気味のママの発言はさておき、アルフは独特だなぁ、とグルフナに念話を送る。
グルフナはそれを思い切り無視して、近くを飛んでいる翼の生えたスライムに触手を出して挨拶をする。
ただ、チラッと見られただけで無視されていた。きっと触は仮面の飾りに思われたのだろう。
アルフはざまぁと思った。
「あれじゃないですか?」
アルフたちと違って必死なヤツハネパイソンが興奮気味に声をかけてきた。
ヤツハネパイソンが示した場所は、その大きな看板にそぐわない小ぢんまりとした魔女の薬屋。
看板にデカデカと書かれた『パパの温もり』という珍妙な店名にアルフは少し顔をしかめる。
「よ~し、僕がみっちり懲らしめてやりますよ!」
「あ、おいっ!」
指示してないのにグルフナが仮面姿のまま触手をウゾウゾさせ、ヤル気いっぱいに急降下、薬屋に突っ込んで行った。
そして数秒、薬屋は見事に吹っ飛んだ。
「あの馬鹿、俺の中じゃないんだから力を加減しろよ……誰が後始末すると思ってるんだ」
ヤツハネパイソンは面食らって急停止。さらに指示を仰ごうとアルフの素顔を見て驚愕からの大暴れ。アルフを振り落として逃げていった。
「どわぁぁぁぁ!?」
地面がアルフの血で染まった頃、煙の奥から意識を失った狼獣人の少年を触手でねっちょり拘束するグルフナ姿を現した。本人はちっとも気にしていないが、何事だと町の人々が集まり騒ぎ出している。
触手の生えた気味の悪い仮面が少年を拘束しており、
「だ、だから嫌だったんだ……」
即効で復活したアルフがよろよろと立ち上がる。
褒めて欲しそうなグルフナにグーパンで応え、少年を背負うと蔓で野次馬を薙ぎ払いながら全力でその場から立ち去っていった。
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