第50話 お祭り初日後の集会

 天使みたいな鐘檸檬ベルレモン


 その話はすぐに広まった。皆が皆、戸惑いを隠せず、お祭り初日は何とも言えない雰囲気で早めのお開きとなった。

 その後、広場の一角に村長らが集まり相談を始めるも、嘆きやら諦めの言葉やらばかり聞こえてくる。


「植物にお詳しい種族の方が言うのなら本当なのだろう。諦めるしか……」


 重々しい村長の言葉でその場の大多数が、何度目かわからないため息をついた。


 天使――

 それは自分たちの行いこそ絶対にして唯一の正義だと考えている超絶面倒臭い種族。さらに質が悪いことに、奴らには洗脳と供物という固有スキルがある。


 当然奴らクソ天使はどこに行っても歓迎されない。


 かといってそれを素直に受け入れるわけもなく、天使の輪で人々を洗脳すると、些細な雑用をこなし、純白の翼を広げ、供物と称して寿命や財産を奪うのだ。

 しかも洗脳の効果が続く数日間は、天使に対して感謝の念が絶えない。


 最悪である。


 誰もが関わりたくないと思っており、そんな鐘檸檬ベルレモンが育てられるようになれば村が終わってしまう。

 お祭りは明日も明後日も続くというのに、村人たちの顔はどんどん沈んでいく。


「そんなに困るなら引き取ろうか?」


 しばらく村人たちを見ながら黙々と蟹を食べ、ベルレモンワインで流し込こんでいたアルフが、そろそろ頃合いかなと判断して口を開いた。


 それを聞き驚いたのはレノンだった。アルフが大の天使嫌いだと知ってるからだ。


「父さん本気で言ってるの?」


 およそ三〇年前だったか、遊びにでかけた我が子らが数人の天使と遭遇し、あっという間に洗脳されこき使われたことに怒り心頭となったアルフ。

 当事者はもちろん、その地域の天使の集落まで押し掛け、奴らの輪と翼を一つ残らず使えないよう破壊したうえで、アドイードの魔法によって二度と再生できないようにもした。

 それ以来アルフは天使を完全に敵視している。にも関わらず、先の発言。怪しい……レノンは胡乱うろんな目になった。


「自分の家にも鐘檸檬ベルレモンがあればいいなって思ったんだよ」


 自分の家とはもちろんアルフの体内ダンジョンのこと。レノンだけは何が起ころうと問題ないと分かっているが、他の村人は違う。

 本当に押し付けてしまってもいいんだろうかといった空気が漂うが、その顔はどれも嬉しそうだった。


「それにアドイードが産まれてくる鐘檸檬ベルレモンを可愛がりたいんだと」

「アドイード可愛がりぃたいの」


 ずっとアルフの背中にくっついて葉っぱを食べていたアドイードが、ひょこっとその肩から顔を出し、村人たちに愛想を振りまいていく。

 レノンの直感は確信へと変わった。

 基本アルフにしか興味のないアドイードが、他人に愛想を振りまくなど知っている者からすれば異常行動でしかない。


 しかし、レノンがアルフたちを追及するよりも早く、そこまで言うならと村人たちは一目散に帰っていった。


「見事な早歩きだったなぁ。別にやっぱ止めたとか言わないのに……で? 鐘檸檬ベルレモンの母樹は今どんな様子なんだ?」


 村人を苦笑いで見送ったアルフが聞くと、アドイードはドアと交信を始める。


「んっとねぇ~、えっとねぇ~」

「ああ、もういい。わかった」

「ふぇ? もう、アドイードがアリュフ様に伝えたかったのに……頭の中を読むなんてなんだか情緒がないよ」


 ずぶずぶの緩い規制はあるものの、一〇〇年も互いの思考を共有したり覗きあったりしているくせに今更なことを言うアドイードは、アルフに情緒とは何かを語りだした。

 そのあまりにも独特な解釈にアルフは眉間に皺を寄せている。


「ねぇ、なに企んでるの?」


 広場に自分たちしかいないのを確認してから囁いたレノンの眼差しには疑惑しか含まれていない。


「企んでるだなんて失礼な。人助けだよ。さて、俺たちも家に帰ろうか」

「ふ~ん……。ところで家って私の家? 泊まる気なの?」

「そのつもりだけど。今日はシュノンと一緒に寝て、いっぱい話を聞かせてあげるんだ」


 アルフの発言にアドイードはそんなの許さないと考えた。昔と違ってアルフとベッドで一緒に寝ていいのは、自分だけだと勝手に決めているからだ。


「アドイードも一緒にだぞ」

「えへへ、良い考えだね」


 だがアルフのお誘いにあっさり考えを変えた。

 普段はアルフの張り巡らせた罠を掻い潜ってベッドに侵入しているのだ。堂々と一緒に寝られるということは、いつも寝室を守護して邪魔するグルフナとクインの買収やアルフが起きる前に逃走してしらばっくれる必要がない。


 思う存分アルフの寝顔を見て和み、ほっぺに好きなだけちゅーもする。そのあとで朝は必ず元気になる芋虫を突ついて遊び、目覚めたアルフの瞳になによりも早く自分を写すのだと想像して、アドイードはうっとり笑みを浮かべる。

 もちろん同じベッドでとは言ってないし、芋虫も触らせないけどな、というアルフの考えはしっかり把握していたが、そこはどうとでもなると考えている。

 結局アルフはアドイードのことがまぁまぁ、いやルトルと同じかそれ以上に好きなのだ。ちょっとしょんぼりして涙を浮かべてみせれば、罪悪感からアルフが一緒のベッドに寝かせてくれるのは間違いない。

 そしてアルフに熟睡の魔法をかければ、あとはアドイードの思うがまま……。


 当然、アルフもそんなアドイードの考えはお見通しだが、そこはきちんと対策を考えている。例えそれが筒抜けだろうと、絶対の自信がある対策を。孫の前で芋虫つんつんなんてあり得ないのだから。


「ただし、アドイードは寝相が悪いからな。シュノンを守るために結界で隔離する」

「アドイードそりぇでもいいよ。でも手は繋いでほしいな」

「いいぞ」


 二人は表面上、互いの妥協案を受け入れた。


「盛り上がってるとこ悪いんだけど、私の家は無理よ。家族三人でいっぱいだもの」

「じゃあシュノンを体内ダンジョンに――」

「駄目」

「なりゃアドイードがつりゅで増築すりゅかりゃ――」

「それも駄目よ。今夜シュノンはシュローと寝るんだから」


 レノンが愛する二人を一緒に寝させてあげたいのには理由がある。

 予定日を過ぎても帰ってこなかったシュローを案じて、シュノンが泣きながらお祈りしていたのを誰よりも近くで見ていたからだ。


「じゃあ、レノンと一緒に寝る!」

「アドイードそりぇでもいいよ!」


 無性に家族と一緒に寝たいと思っているアルフと、そのおこぼれで自分の欲望を満たそうと考えているアドイードは自然と声が大きくなっていた。


 しかし――


「嫌よ!」


 とてもはっきり拒絶したレノン。

 泣きそうな顔になったアルフ。

 思案顔で二人を見るアドイード。


「嫌、なのか?」


 膝を付き、〇・一秒ごとに悲しさを増していくアルフの表情は罪悪感で往復ビンタされているかのように感じる。


「そ、そんな顔したって嫌なものは嫌よ。私、もう四三歳なんだから」

「アリュフ様可哀想」


 アドイードも地面に立つと、悲し気な雰囲気でアルフに寄り添った。そう、瞬時に受け取ったアルフの作戦通りに。思考の共有はこういう時に便利なのだ。二人はこのあとレノンの弱点をつくことにしている。


「ア、アドイードまでそんな顔して……私もう子供じゃないのよ」


 レノンがプイッと顔を背ける。


「親にとって子供はいつまでたっても子供なんだよ……でもそうか、残念だなアドイード」

「そうだねアリュフ様」


 立ち上がってがっくり肩を落とすアルフとアドイードの姿は、まるで生き人形のそれと同じく完璧なものだった。


「夜食に下層九二階蟹ボボルクラブでもどうかなって思ったのにな」

「え?」

「スベスベオアシス蟹もありゅのにね」


 背けた顔を戻したレノンの喉がゴクリと鳴った。

 二人が囁いたのはアルフの体内ダンジョンにしか生息していない幻の蟹。

 ミステリーエッグで作った卵から出てきたその蟹は、それぞれ深部塔の下層九二階ボボル地区の蟹畑と上層六七階の砂漠神殿に生息している。


 どちらもレノンが独り立ちしてから一度も食べていない蟹。世界で二番目と三番目に美味しいと思っている蟹。


「仕方ないから俺たちだけで食べようなアドイード」

「そうだねアリュフ様」


 二人の体を蔓がゆっくり覆っていく。そんなことをしなくても体内ダンジョンへ行けるのにだ。


 ……チラッ。


 アルフが一緒に来て欲しそうに見てくる。


 ……チラッ。


 アドイードも寂しそうに見てくる。


「もう、わかったわよ。でも行くならシュノンとシュローもよ」

「よし決まりだ! 行くぞ!」


 アルフは態度を一変させて、アドイードとレノンをひっ掴むと全力で走り出した。



 ◇



 一人残されたドアが鐘檸檬ベルレモンの母樹の前で今か今かと出産を待っている。


 ついさっきアドイードと交信していつ産まれてもおかしくないと伝えたとおり、母樹の幹は大きく膨れ上がり、鼓動するかのように脈打っている。


「四つ子なんて初めてだ。楽しみだなぁ」


 ドアはお仕置きと称してグルフナたちに作らせているアルフの体内ダンジョンの巨大畑を、産まれてくる鐘檸檬ベルレモンに合わせて配置変えしなきゃなと思った。


 グルフナとスピネルはまだしばらく、こき使われる運命にあるようだ。

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