第66話 狼尻尾と魅惑の接ぎ木

 アドイードから一歩離れたアルフが、怯えきっている狼獣人たちを見て頬を掻く。


「さて、どうしようか」

「知りゃない人たちだよ。放っとけばいいよ」


 アルフに一歩近付いたアドイードが、アルフの足に寄り添った。


「は? 何言ってるんだ、ユクルたちだぞ?」


 三歩下がったアルフがよく見てみろと促す。


「………知りゃないよ。ねぇアリュフ様。もしかしてアドイードに内緒でずっとこいつりゃと浮気してたの?」


 三歩進んだアドイードがアルフの右足に蔓と共に絡み付く。


「こ、こら蔓に力を込めるな――痛っ!!」


 メシャァっとひしゃげ千切れた右足。片足のまま再び距離をとったアルフが草に引っ掛かって尻餅をついた。


「ああ、てーそーかんねんだけじゃなくて右足も壊りぇちゃったね。アドイードが治してあげりゅよ」


 再び目を黒く染めつつ自分の背丈ほどある、もげたアルフの足を抱きしめ、うんしょうんしょと距離を詰めたアドイードが、アルフを見下ろすように立つ。


「……い、いや、いい。それくらい唾つけとけばすぐ治る」


 アルフが傷口にペッペッと唾を付かけるも、アドイードはバキバキの黒目で圧をかけてくる。

 さっきはあんなに可愛くごめんなさいと言っていたのに、後退あとずされば後退あとずさるほどそれ以上距離を詰めてくるアドイードにその面影はない。


「もったいないよ。唾をそんなことに使うなりゃアドイードにちょうだい」

「………やっぱり治してくれ。ていうか怖いぞ、なんでそんな近付いてくるんだ!」


 アドイードが首を傾げた。頬に付いていたアルフの血が滴りべちょりと落ちる。


「アリュフ様がちょっとでもアドイードと離りぇてりゅと、寂しくて息もできなくて生きりゅ希望が見出だせなくなりゅって言ったかりゃだよ?」


 そんな風には言ってない。あと少しでそう反論しそうになったアルフだったが、なんとか堪えることができた。


「そりぇに足を治してほしいんでしょ?」


 アドイードは言い終わると同時に退路を阻むよう木を生やす。そしてひしゃげた足を切り口に押し当てて、呪文のように「くっ付け~くっ付け~」と繰り返す。


 その様子を見てアルフは思った。めちゃくちゃ可愛い、と。

 もちろん怒っているように見える。しかし何故か可愛いのだ。しかも足をくっつけたアドイードはやりきったような、満足そうな、すがすがしい顔になった。目の黒みもほぼ薄れている。

 一つ作業をするとそれだけに集中してしまうアドイードの性格か、それもと別の理由があって目を黒くしただけなのか……なんにせよ「唾をくれ」と言ったことも含めてきっとイケる。そう考えたアルフはこの瞬間を逃さなかった。それはもう早口で魔法王国での出来事を捲し立てていく。


「――てなわけでユクルをスカウトしたじゃないか。兄のユクト、姉のリリイと一緒に俺たちの中ダンジョンで案内人をしてくれって!」


 聞き終わったアドイードは不満気な顔になった。だが怒りは感じられないし目も緑色。思考や感情の完全な拒絶もなくなり、なんとなくわかる程度に戻っている。


 やはりアルフの思ったとおりだった。

 浮気でカチ切れしているアドイードは、もので心動かされる状態ではない。きっと最初は本気で怒っていたのだろうが、ユクルたちをよく見て思い出したのだ。

 それでも尻を吹き飛ばした手前ばつが悪かったのか、怒っているてい・・をとったらしい。

 それになんの意味があるのかはわからないが、そこはアドイード。意味があろうとなかろうと、そのときの気分を優先するのがアドイードという存在だ。


「アリュフ様しばりゃく二人きりって言ったよ?」


 どさくさに紛れてしっかり血と唾を回収し、あざとい上目遣いでアドイードがアルフの手を引く。


「いやまさか三人がここにいるなんて思わない……ん? そういやなんでだ? どうしてここに?」


 地図渡したよな、と不思議がるアルフと二人きりは嘘だったのかとその肩をぐいぐい押すアドイード。その光景は三人の恐怖を和らげるのに多少は効果があったらしい。

 恐る恐るだが一番歳上のユクトが口を開いた。


「アドロススル大陸へ行っていた兄から手紙が届いたんだ。移民になる条件の仕事が完了したから迎えに行く。怪我についてもなんとかするから先ずは兄弟一緒に暮らそうって……」


 どうやらユクト、リリイ、ユクルは三人兄弟ではなく四人兄弟だったらしく、元々は狼獣人同士の対立が激しいテラテキュラ王国に嫌気がさし秘密裏に他国へ移住を計画していたという。

 しかし獣人差別や国の情勢等、理想の移住条件に合致する国は少なくて、結局長男が別大陸のリンゲッタ王国にまで赴き、自分たちを迎え入れる準備をしていた。その間に起きたのが例の貴族子息による事件。

 ユクトたちはアルフの元で暮らすこと、長男もこちらに来てはどうかと魔法関連ギルド経由で手紙を出していたが、長男はユクトたちを迎えに来るため既にあちらの国を経っていた。今はひとまず指定された合流地点に向かう途中だったらしい。


「リンゲッタ王国、移民、狼獣人……もしかして長男はユトルって名前か?」

「ユトル兄ちゃんを知ってるのか!?」


 パッと顔を上げたのは、ずっとアドイードに怯えていた末っ子のユクルだった。リリイも驚いている。


「知ってるもなにも一ヶ月くらい一緒に暮らしてたぞ」

「なにそりぇ! アドイード知りゃないよ!」


 あぎゃあぎゃわめきだしたアドイードにアルフは面倒臭そうな顔をする。目が黒くなっていないのだ。リンゲッタ王国でのことはきっちり説明してあるし、気が済むならと渋々だがお仕置きも受け入れた。

 それにあのショタゴブリンたちはしょっちゅう体内ダンジョンでやらかして蝶々に窘められ、その都度アドイードに後始末要請がきている。

 その度にアドイードはあのときのことを話し、言うこと聞くって約束したよね、と叱りつけている。知らないわけがない。


「うるさいな。ちゃんと話しただろ」

「知りゃないもん! 聞いてないもん! 二人っきりがいいんだもん!」

「はぁ、結局それか……」


 アルフはいつもどおりに戻ったアドイードのご機嫌を取る気などとうに失せていた。あのあざとい上目遣いが気に食わなかったとみえる。

 しかし自分から二人きりだと言った手前、何か代わりのことをしなければアドイードはずっとうるさいんだろうなと思った。


「バグしてやるから」

「やだもん」

「頬っぺにキスか?」

「そりぇじゃ足りないもん」

「……じゃあ、接ぎ木するか?」


 接ぎ木とはアルフとアドイードどちらかの蔓を使った疑似繁殖行為。アルフにとっては何も感じない行為だが、アドイードにとっては愛を確かめ合う最高の行為の一つ。


 効果はばつぐんだった。


 一瞬でアドイードが機嫌を取り戻す。取り戻しすぎてとろけそうな表情だ。おまけにみょうちきりんな小躍りまで始めている。


「どこにしようかなぁ。お腹でしょ~、背中もいいし、やわやわ頬っぺもお尻の頬っぺも捨てがたいねぇ。あ、そういえば前はどこだったっけ……はっ、大変だよアリュフ様! もう何年も接ぎ木してないよ!」

「嘘つけ。俺が寝てる間にずぼずぼ入れてるの知ってるんだからな。ていうか踊るんじゃない」


 アルフは寝室に忍び込んでくるアドイードの所業など、すべて睡眠係の魔物からの報告で知っている。アドイードが買収するそれらの魔物をアルフもまた買収しているのだ。


「ありぇは練習だよ」

「なぁにが練習だ。言っとくけど二ヶ所までだからな」

「別にいいもん」


 別にいいもん!? アルフは驚愕した。どうせ粘られて三ヶ所になると思っていたのだ。そして気付いた。アドイードは最初からこれが目的だったのだと。

 ユクトたちを知らないといったことも、目を黒くしたこともなにもかも。

 アルフはうきうきで接ぎ木する部分を吟味しているアドイードに大きな溜め息をつき、何故か顔を赤らめているユクトたちに向き直った。


「とりあえず俺も一緒に行くよ。ユトルにも会いたいし、さっき言ってた合流地点まではかなり危険だし」

 

 ユクトたちを立たせて方角を確認したアルフが歩きだす。しかし三歩も進まぬうちに動けなくなった。

 原因はもちろんアドイード。自分の身体から伸びた蔓を恥ずかしそうに撫でで頬を染めてもじもじしている。


「ねぇねぇアリュフ様。アドイード我慢できないよ。接ぎ木していいよね?」

「ここでか? それは嫌だ」

「そんな!? 先っぽだけ! 先っぽだけでいいかりゃ! ね、いいでしょアリュフ様!」


 妙に息の荒くなったアドイードが蔓をウネウネさせ始める。


「ユクルたちが見てるだろ。そういうことは二人きりでやるもんだ。寝るときにな」

「うぅ、アリュフ様のケチんぼ」


 そう呟きアルフの後ろを歩き始めたアドイードは、口を尖らせながらお尻や太ももを蔓でちょんちょんつつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る