第74話 下品な蜘蛛とクソさぼりトンカチ

 大爆発の熱気が収まらぬ中、蔓のテントがペロリとめくれ、アルフが出てきた。

 熱風にそよぐ瑠璃色の髪がどこか得意気に見える。


「おお~。えらく綺麗になったなぁ」


 見渡す限り、儚げに煌めく螢火色の地面。これは独特な魔法陣を描くアドイードの魔法がもたらした予想外の効果だった。

 数えきれない種類の魔法、その残滓が複雑に絡み合い結晶化したのだろう。

 状況は違うが、東の妖精を絶滅させたあの時によく似ている。


「ん~、あれかなぁ」


 陽炎に揺らぐ青空を見上げ、一つの点を捉えたアルフが目を細める。

 徐々に形をくっきりさせるその点は、大爆発で天高く舞い上がったアドイードだった。

 楽しそうな声が聞こえてきそうで、アルフは耳を澄ませた。


 大嫌いな芋虫との直撃を避け、大好きなアルフ自分の胸に飛び込める喜びに満ちているに違いない。

 きっと抱きしめるように受け止めてやれば、ひとしきり胸の中で甘えた後で周囲を見渡し「えへへ。アドイードちょっとやり過ぎちゃったね」なんて、はにかむのだ。


「ここだぞぉアドイードー!」


 落ちてくるアドイードに向かってアルフがぶんぶんと手を振る。

 すべてを丸く収めるためとはいえ、芋虫めがけて投げるとか可哀想なことをしたな、とも思っているらしい。


 あの速度を受け止めると少しばかり痛いかもしれないが、アルフは我慢するつもりだ。

 加えて、大爆発とともにアドイードの蔓が引っこ抜けた少し寒い背中に、今度はもっと深くアドイードを入れてやろうと決めていた。

 互いの中に入った後はいつも強烈に名残惜しくなるのだ。


「こんな触れ合いに積極的な俺は珍しいだろ。早く落ちてこい」


 無意識の発言だった。

 そしてその時はきた。


 点が完全なアドイードの形になり卵を抱えているのがわかる。

 アドイードは尋常ならざる速度で迫りくる。だがアルフには関係なかった。なんならもっと速く落ちてくればいいとさえ思っている。一秒でも早くアドイードを抱きしめたいのだろう。


「さぁ来いアドイード!!」


 アルフは笑顔で両手を広げ、高速落下してくるアドイードを抱きしめる――――ことに失敗した。


 それは大失敗も大失敗で、落下地点を大幅に見誤られたアドイードは、結晶化した地面に頭から激突、遥か地の底までめり込んでいった。


 アルフは落下地点へ急ぐ。

 底の見えないクレーターを覗き込み、背中から出した蔓を垂らすとアドイード探り当て、せっせと手繰り寄せるようにして引っ張り出すと、今度こそ優しく抱きしめた……何事もなかったかのような微笑みがちょっと怖い。


「ちゃんとお願いした魔法を使って偉いぞ。おまけに卵も離さないなんて。さすがアドイードだ」


 アルフは言いながら頭を撫でくりまわす。

 しかしアドイードは白目を剥いたままピクリとも動かない。

 結晶の破片も至るところに刺さっているし、大爆発の影響か地面の香りかこんがり香ばしい。

 

 アルフは返事のないアドイードの背に自分の蔓を捩じ込み、おんぶしようとして、はたと気が付いた。

 手に糸が絡まっているのだ。


「あ……」


 クレーターから音が聞こえる。なにかの大群が這い上がってくる音だ。


 アルフは嫌な予感がした。今すぐにでも逃げ出したい。

 しかしクレーターから何が出てくるか確認せずにはいられなかった。


 徐々に大きくなる音を感じながらクレーターを注視していると、音は出口ぎりぎりのところで止まった。


 無音の最中、ごくり、とアルフの喉が鳴る。

 それからしばしして、にゅっと顔を出したのは緑色の蜘蛛だった。


「シャー!!」


 威嚇音が放たれる。

 瞬間、堰を切ったように蜘蛛が溢れ出てきた。

 止まることを知らないその中には、先ほど出て行ってもらった蜘蛛たちもいた。


 どの蜘蛛もかなり怒っている。

 特に他の蜘蛛を指揮しているのだろう緑色の蜘蛛は殺る気満々といった様子だ。シャーシャーと鳴き続け、その度に口からねちゃねちゃした液体が飛び散らせている。


「汚いなぁ」


 あんなのが魔物を統率してるだなんて品のないダンジョンだ、とでも思っているのだろう。アルフはだいぶ顔をしかめている。

 しかし、やや間を置いてからキリッとした面持ちになった。後輩たちにはそこのところも指導せねばと妙な使命感が沸いてきたらしい。


「ていうか、蜘蛛がいなかったのはそういうわけか」


 クレーターから出てきた蜘蛛の大群とアドイードにまとわりついていた糸、蜘蛛の楽園スパイダーガーデンは地下にもあったのかと、手に絡まった糸を卵に変えて緑色の蜘蛛にぶつけた。

 

「このまま囲まれるのは嫌だな……仕方ない、お前たち出て来てくれ~」


 呼ばれたのは森の植物たちフェアリーイーターたち。一時的にアルフの体内ダンジョンと繋げてある蔓のテントからこれまた続々と出てきて、枝や葉や根を揺らし蜘蛛たちを牽制する。


 別にアルフはこうなることを予想していたわけではない。

 自分の思い付きで森の植物たちフェアリーイーターを犠牲にしたくなかっただけだ。

 アドイードの魔法に巻き込まれまいと逃げ出した森の植物たちフェアリーイーターのすべてを、あの一瞬で蔓のテントに引きずり込んでいたのだ。


 ただ浸食しただけのエリアで彼らに死なれ、地獄の腹痛にのたうち回るのを避けたかったという理由もある。

 だから森の植物たちフェアリーイーター以外にも気を配っていた。

 爆発の範囲内をうろついていた十数人のエルフや獣人、それから他多数の生き物をきちんと引きずり込んで安全を確保している。

 ちゃっかりそれらの魔力なんかを摘まみ食いしたのは内緒だ。


「ん、あれは……」 


 背の高い樹木型の森の植物たちフェアリーイーターの枝に飛び乗ったアルフが見たのは、緑色の糸でぐるぐる巻きにされたアオツノたち大樹の三獣鬼

 皆、顔面蒼白だったがアルフを見つけた途端、パァッと嬉しそうになった。ただカプカだけは、どこかばつが悪そうな感じで目をきょろきょろさせている。


「は? なんでここにいるんだ?」


 アルフの疑問はすぐに解消された。アオツノたちの次に出てきたのがユクルたちだったからだ。


「あ、あのクソさぼりトンカチが!!」


 護衛を頼んだのにそれをアオツノたちに押し付けやがって。それがあまりに腹立たしかったアルフは、グルフナが最も嫌がるトンカチ発言をした。


 グルフナからしてみれば、メソメソ泣いて何もしない主の尻拭いをしているのに突然遠足気分で外出され、さらに余計な仕事を押し付けられらのだ。腹立たしいのは自分だと思っているに違いない。


 一瞬、アルフはくるぶしの辺りが中からドスッと叩かれたような気がした。だが、今は奇跡的に助かったアオツノたちの救助が優先。

 先ほどのように地下の蜘蛛の楽園スパイダーガーデンを浸食してもいいのだが、また蜘蛛が自分に入る・・・・・ことは避けたい。


「仕方ない。全員ぶちのめそうか――」

「待ってください」


 くぐもった声がアルフを遮った。

 それは爆発の瞬間、ペールを連れて地下の蜘蛛の楽園スパイダーガーデンに転移したソルヴェイの声だった。

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