第62話 あんなのは燃えりゅゴミ

 アルフとクリスが宝物庫から戻ってくると、にこやかなドロテナとテッドが出迎えてくれた。

 二人は良いものがいくつか出てきたらしい。

 スピネルも同じで、アドイードの側でニヤニヤしている。

 他の子供たちはたいしたものが手に入らずガックリしている。占いの結果も微妙だったのだろう。


 ちなみに、ドロテナが一番喜んでいるのはディナーツリーの苗。


 植物に精通したアドイードですら、特定のダンジョン以外で自生しているのを見たことがないという珍しい魔法植物。

 魔力を糧に育ち、成熟すると美味しそうな香りを放つ実をつけるようになる。

 その握り拳ほどの大きさの実を割ると、溢れ出た果汁が様々な料理に変貌するのだ。味は成熟するまでの間、糧にした魔力の量や質により変化するらしい。


 大きく育てば、収穫期には毎晩数百~数千もの実をつける。しかも実は割らなければ数年間は保存できるという。

 魔力の豊かなクランバイア魔法王国に根付かせれば、大きく育つのは間違いなく、有事の際にはきっと役に立つだろうとドロテナは考えている。


 そして一番の笑みを湛えているテッドが手に入れたのは空飛ぶ木製の小舟だった。

 大人の人間が三人乗れるかどうかという大きさので、奇妙な図形の描かれた簡易的な帆が特徴的。味があると言えなくもない小舟を撫でつつ、義賊の活動の幅が増えると喜んでいる。


「おい、クリス。その手足の生えた可愛い小瓶はなんだ?」


 それらを面白くなさそうに見ていたロックが、もたれていた小瓶から体を動かしクリスに声をかけた。

 クリスの髪の毛に隠れていた透明な小瓶を見つけたのだ。小瓶フェチのロックはどんな小瓶も見逃さない。 


「ああ、倉庫の卵からでてきたんだ」

「新しい精霊なんだぞ」


 何故か誇らしげなアルフが言うには、それは可愛い欲張り小瓶シャーゲルタインボトルという名前で、貨幣をコレクションする小瓶の姿をした精霊らしい。


 アドイードの言っていたとおり、宝物庫の卵から出てきたのは新たな概念、欲属性という新しい属性をもった唯一の精霊だった。

 但し大精霊ではなく下級精霊。これから果てしない時間をかけて大精霊へと成長していくのだろう。

 この精霊と仲良くなれば、貨幣を消費して魔法を使えるようにしてくれると言う。汚い使い方をされた貨幣であるほど強力な魔法になるらしい。

 さらに貨幣以外にも人の欲望にまみれたものを与えると喜び、そのまみれ具合に応じた特別なコインを吐き出すのだとか。


「欲しい。俺に寄越せ」


 話を聞くやいなやロックが目をギラつかせてクリスに飛びかかった。


「あ、ちなみにそいつは強力な結界も張れるからな」


 アルフがしれっと付け加えたとおり、小瓶は結界を発動してロックを退けた。


「タインは人見知りなんだ。それに俺のことが大好きらしい。悪いなロック」

「チッ」


 ロックは結界を破ろうとあれこれしていたが、やがて諦めて自分の小瓶を愛で始めた。俺の小瓶になればこんなに愛してやるぞというアピールのつもりなのだろう。

 しかし場所が悪かった。

 アルフの前にいたため、何故かスピネルを蔓で殴り飛ばしたニコニコ顔のアドイードに邪魔だと蹴飛ばされてしまった。とぷんっとコピアの体にめり込んで、がぼがぼ溺れてしまう。


「ちょっと、変なところに顔突っ込まないでよ!」


 可哀想なロックはコピアに投げ飛ばされ、ニールの耳にすぽっとはまり「くせぇっ!」とじたばた。真っ赤な顔になったニールにも投げられ、遠くへ飛んでいった。


「ねぇねぇ、アリュフ様」


 すべてを無視するアドイードがアルフの裾を引っ張った。

 可愛らしく上目遣いするアドイードの手には、先端に踊るアドイードの小像のあしらわれた杖が握られている。


「スピネリュの卵かりゃ、アリュフ様にぴったりな杖が出てきたんだよ。大切にしてくりぇりゅとアドイード嬉しいな」


 後ろでスピネルが泣きながら返してくれと懇願している。にも関わらずそんなものは存在しないかの如く、アルフに杖を差し出すアドイードの頬は赤く、どこかモジモジしている。


 あざとさのないアドイードの素の可愛さにアルフはぐっときたが、捨てられた仔犬のような目でこちらを見るスピネルが気になって仕方がない。アルフは「いらない」と呟いた。

 信じられないと目を見開き、悲しみを露にしたアドイードとは対照的に、スピネルは怒りの表情になった。


「おい、クソ親父! アドイードがプレゼントしてるんだぞ! それを断るなんてイカれてるんじゃないのか!?」

「いや、イカれてるのはお前の情緒と思考回路だろ。どうなってんだよ」


 アルフはアドイードから杖を取り上げてスピネルに手渡した。


「……え?」


 スピネルは予想外だったようで、ポカンとしてアルフを見ている。それを見ていたアドイードはさらなる悲しみの衝撃に見舞われた。


「そんな、アリュフ様ひどいよ。せっかくアドイードがあげたのに」

「いや、酷いてどの口が……」


 涙目になったアドイードを抱っこしたアルフ。適当に生やした花のソファに座り、呆れ顔で頭を撫で始めた。


「いいか? 俺はアドイードが好きなんであってアドイードっぽものが好きな訳じゃない。それに俺があの杖を大切にしたら、その分アドイードはないがしろにされちゃうんだぞ」


 もちろんアドイードが面倒臭いことになるのを防ぐ為の言動だ。放っておくとスピネルに八つ当たりしかねない。が、本音が混ざっていないというわけでもなさそうだ。


「ふぁ……そっかぁ……うん、そうだね。アリュフ様はアドイードだけ・・が好きなんだもんね。あんなのは燃えりゅゴミだね」


 思ったとおり効果は抜群で、アドイードは含羞はにかみながらアルフに頬擦りをする。


 少し離れた所から耳くそまみれのロックを兎獣人用耳垢除去剤ラビトクリーンポーションで清潔にしつつ、羨ましそうな顔でフェインが見ていた。

 スピネルも仲睦まじげな二人を眺めていたが、しだいに悔しくなり杖を叩き折ろうとした。が、もったいなくてできなかった。

 例えそれが想い人から燃えるゴミ呼ばわりされた杖だろうとも……。


 そんなこんなでアルフが子供たちと触れ合っていると、蔓の出入口からレノンたちが戻ってきた。アルフたちを呼びにきたのだ。

 どうやら外は夕暮れ時らしく、陽が沈めば鐘檸檬祭り最終日の夜祭が始まるという。


 一緒に戻ってきた子供たちは、親に見たこと体験したことを簡単に話すと、今度はワッとアルフに駆け寄って、初めて見た海が凄かっただの近所にもあれば良いのにだのと騒いでいる。

 どの顔も笑顔に満ちていて、やや赤くなっているのは興奮なのか日焼けによるものなのかわからない。

 特に赤い顔をしたデュラハン族のアヴィとファーレは、頭が胴体の上でポンポン弾んでいる。


 アルフは孫たちに囲まれてデレデレ顔になった。

 年相応の見た目なら好好爺といった具合だろうが、歳をとれないアルフはちょっと歳上のお兄さんにしか見えない。

 ちなみにアドイードはアルフに群がる孫たちに「近付きすぎだよ」とか「適度な距離感だよ」だったり「アリュフ様に触って良いのはアドイードだけだよ」と、アルフの膝の上から蔓を使って引き離そうとしているが、アルフの蔓によって払いのけられていた。


 そんななか、ファーガスやカーラたちと話していたキールが耳をへたっとさせて、レノンの元へやって来た。

 シュローやファビナと一緒に子供たちとアルフを見て微笑んでいたレノンは、キールの様子に不思議そうな顔になった。


「レ、レノン姉さん……えっと、姉さんがファビナや子供たちにご馳走してくれたのかな?」


 やや目が泳いでいるのは、子供の頃の力関係そのままに怯えているのだろう。

 カニが関わったときはもちろん、その他のことでもレノンは割りと容赦のない姉だったのだ。

 キールはどんな見返りを求められるのか気が気でないらしい。


「私は払ってないわ。お祭りの初日に父さんがそれはもう高級な差し入れをしてくれたから、今年の出店は全部無料になったのよ。だからお礼をなら父さんにしてあげて」


「え、そうだったの? な~んだ」


 ホッとしたキールはふにゃりと表情を崩した。耳もぴんっとなる。


「レノン姉さん、私からもお礼を言わせて欲しい。子供たちに貴重な体験をさせてくれてありがとう」

「私からもお礼を。あの子たちがあんなにはしゃぐなんて久し振りのことです。お義姉様、本当にありがとうございます」


 ヴィレッタの言葉のあと、さりげなく指輪と剣をアピールするファーガスを無視してレノンは返事をする。


「可愛い甥っ子と姪っ子ですもの。気にしないで」

「……今度は私の所に招待するよ。少し先のことだけど、収穫祭がある。今年は盛大なものにできそうなんだ」


 例年は少ない収穫物をなんとかやりくりして祭りを催していたが、今年は違う。アドイードの葉っぱアルフのパンツと融合したファーガスには確信があった。


「ファーガス兄さんの領地で収穫祭か……毒草とか魂食たまはみ植物とかそういうのばっかりじゃないよね?」


 キールはファーガスの領地がとんでもない暗黒地帯、かつ酷い荒れ地であることを思い出していた。


「ははっ。そういうのもあるけど、普通のものもあるさ」


 ファーガスは少しおどけてみせて、弟の不安顔を変えていく。そして今度はしっかり指輪と剣をアピールしてみせた。


「……ところで、あなたたち朝とはかなり雰囲気が違うようだけど、なにがあったの?」


 ファーガスに剣の話をさせると長くなる。それでも無視できない程アピールをされては仕方がなかった。レノンはちょっと面倒臭そうに、ファーガスの欲する話題に切り替えた。

 

「ああ、分かるかい? 父上にようやく結婚を認めてもらってね。その証として預けていた剣を返してもらったんだ。偶然らしいけど、父上とアドイードが強化したそれに、クインとグルフナがアドイードの葉っぱを融合してくれたんだ」

「アドイードの? それは凄いわね」


 基本的にアドイードは自分の葉っぱをアルフ以外にあげたり使ったりしない。

 キールにあげたのはそれなりに思惑があったからで、本来入手するには抜け毛落ち葉や置き忘れを見付けるしかない。


 面倒臭いながらも、少しだけ得意気な顔で剣を見せるファーガスにレノンはちょっぴり懐かしくなった。

 幼い頃アルフからこの剣をもらったときも、ファーガスは同じような顔で兄弟たちに見せびらかしていたのだ。


「いいなぁ。僕もなにか欲しいなぁ」

「私たちも卵占いをしてもらえばいいじゃないか。今朝、父上も言っていただろ」

「卵占いなんて久しぶりだわ……あ、ファーガスは良いものがでたら私に譲りなさいよ。惚気話聞いてあげたんだから。ついでにキールもよ」

「えぇ!? ついでってなに!?」

「じゃあ行きましょうシュロー」


 暴君っぷりをやや垣間見せたレノンがシュローの手を引いてアルフに近寄って行く。去り際にシュローがファーガスとキールに目配せしたのはきっと、レノンは自分が止めるから、という意味だろう。


 安心した顔になったキールもファビナを連れて歩いていく。


「え、あの、卵占いってなんなのキール?」

「父さんに魔法をぶつける遊びだよ」

「ええ!?」


 それにファーガスとヴィレッタが続き、途中でカーラたちも合流した。


 アルフは孫たちだけでなく、子供たちも自分にかまってくれたことに感激。再びアドイードを投げ捨て、嬉々とした表情でミステリーエッグを発動させるのだった。

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