第68話 情緒ってなぁに、蝶々の仲間?

 先ずユクトが飛び出してきた。次にリリイ。遅れてユクルも立ち上がった。


「ユクルはそこにいなさい!」


 言われた末っ子ユクルは少し不満そうだ。しかし戦闘経験が少ないことは自覚しているし、なによりゴーストより怖い姉に逆らうことができなかったらしい。

 カーテンのように揺れる草小屋の入口からチラりと見えたユクルの尻尾が、心なしかへにゃっている。


「『しまった』って言ってたよな」

「そうね」


 小屋から漏れる光を背に暗闇の先を警戒する二人の顔つきは、腕の立つ冒険者のそれだった。

 例の事件で引退を余儀なくされていたが、元々はBランク昇格間近のCランク冒険者だったのだ。咄嗟に剥き出した牙と爪の鋭さはブランクを感じさせない。


「多発してるっていう行方不明事件の原因と遭遇したと思うか?」

「たぶん……どうする?」


 兄弟の中で一番嗅覚の優れているリリイによれば、アルフとアドイードはここから約七キロ先で匂いが途切れているという。

 それは聴覚の優れるユクトが聞いたボスッという音のしたであろう場所と同じだった。


「うわぁ!?」


 突然小屋で待機していたユクルが叫んだ。

 アルフたちを探しに行くかどうか考えていたユクトとリリイは、すぐさまそれぞれの戦闘形態である獣姿と半獣姿になり小屋に駆け戻る。

 そこには腰が抜けたように後退あとずさるユクルと、小柄だが凶悪そうな魔物が三体いた――。



 所変わってアルフたち。

 ユクト兄弟の状況とは反対に呑気な会話を繰り広げていた。


「いきなり投げりゅなんて酷いよアリュフ様。そりぇに蝶々だって――」

「蝶々じゃないだろ。ていうか俺は悪くない。アドイードがあんなキモい蛾を呼び寄せるのがいけないんだ。いいか、ストローみたいな口で羽根が四枚あればなんでも蝶々ってわけじゃないんだぞ」


 まるで自宅にでも帰って来たかのようなリラックス具合で、蝶々と蛾の違いについて互いの意見を交わしていく。


「知ってりゅよ。でもさっきのは蝶々だよ。だって蝶々と蛾は一緒だもん。むしりょ蛾の一種が蝶々なんだよ」

「そういうことじゃない。要は気持ち悪いかそうじゃないかだ」

「そりぇ、アドイードよくわかりゃないよ……」

「それじゃ困る!」


 しかしその実、二人はふかふかでネチャネチャの蜘蛛の糸に絡めとられ、とんでもない数の蜘蛛に囲まれていた。今にも食い散らかされそうなのだ。

 

 アルフたちがぶつかり壁をぶち抜いて侵入してしまったのは蜘蛛の楽園スパイダーガーデンと呼ばれるヤバい代物だった。

 無数の蜘蛛型魔物が群れて作る真っ白な繭状のそれは、発見されれば即、特別共同討伐依頼の対象となり、冒険者、魔法関連の両ギルドマスターから直接腕の立つ冒険者らに声がかけられる。危険度は規模にもよるが、どんなに小さくてもBランクを下回ることはない。


 アルフたちが立ち入ってしまったのは森の深部上空までも達しており、既に小国の主要都市に匹敵する大きさであった。

 しかも現在進行形で広がり続けている。

 それがいかに危険なものかは言うまでもない。にも関わらず二人は「蝶々とはなんぞや」という議題をどんどん掘り下げていた。


「――とにかく! さっきの魔物は気持ち悪いから嫌なんだよ。それに俺たちを見捨てて逃げるようなやつはいらない。スカウトは禁止だ」

「クインもグリュフナ君もアドイードたちをけっこう見捨ててりゅよ! そりぇに蝶々も人形もアドイードの好きなだけ集めていいって約束だよ!」

「だからあれは蝶々じゃない。絶対駄目だからな」

「おーぼーだよ! 認めりゃりぇないよ!」


 むぅむぅと文句を垂れ抗議ついでにおさわりを試みるアドイードだったが、動けば動くほど絡まる蜘蛛の糸によって次第に白い塊になっていった。

 

 こんな隙だらけのアルフたちが無傷なのは、二人の操る卵と蔓のせいだった。

 結局わかり合えなかった蝶々の定義についての話し合い中もずっと、近付く蜘蛛をことごとくしていたのだ。

 殺さないのはアルフが蜘蛛の体液を嫌うからで、当然アドイードも注意していた。


 白い塊の中でむぅむぅと煩いアドイードにため息をついたアルフが、嫌そうに蜘蛛たちへ視線を移す。

 攻めあぐね、ただただ蠢くそれらは、やっぱりというか今更ながらアルフのトラウマ刺激した。

 それは九〇年ほど前の出来事。

 ふらっち立ち寄ったセイアッド帝国の魔石屋で、大量の鬼蜘蛛に全身を這いずり回られたのだ。

 あの感触は今でも鮮明に思い出せるらしく、芋づる式に蘇った鬼蜘蛛の主たるアラクネ族の魔石加工職人姉弟の記憶に眉をひそめ、ぶるりと体も震わせる。


「うう、気持ち悪い」

「気持ち悪くないよ。アドイードは気持ちの良い可愛さだよ」

 

 自分に言われたと思ったアドイードの反論は意外にも楽しげな口調だった。おおかた、糸の柔らかな圧迫感をアルフのハグに置き換えて楽しんでいるのだろう。

 先ほどまでとはうって変わって上機嫌も上機嫌。「ふんふふふ~ん♪」と間の抜けた鼻歌も聞こえてくる。

 しかしそれを聞いた蜘蛛たちは恐怖し後退あとずさっていく。


「蜘蛛の糸まみれだってのに何がそんな楽しいんだ。ほら、出てこい」

「えへへ。アリュフ様やきもち妬いちゃったんでしょ。アドイードすぐ出てあげりゅよ」


 まるで羽化する蝶の如く姿を見せたアドイード。アルフに繋がる背中の蔓の一部を蝶の羽根のようにして可愛さアピールをしてくる。

 あざとさのない純粋な可愛さだった。アドイードの言う気持ちの良い可愛さというやつだろう。

 アルフは頭を撫でたいと思った。

 嫌な気持ちを可愛いアドイードで上書きするべく手を伸ばしたその瞬間、意を決した一匹の蜘蛛が二人に襲いかかった。

 他より黒く大きいその個体はブラックデススパイダー。

 通称黒ブスと呼ばれる、溶解毒を撒き散らすBランクの魔物だ。

 しかしアドイードの蔓攻撃で一秒もかからずブチのめされてしまった。


「もう! 今アリュフ様とアドイードはイチャイチャしてりゅでしょ!」


 二人のスイートタイムを邪魔されたアドイードが羽根にしていた蔓を蕀の鞭に変え、様子見していた蜘蛛たちにも唸らせる。

 ほんの数秒。

 その間に蜘蛛の半数を行動不能にしてすっきり顔のアドイードが、再び蔓を羽根の形にしていく。


「ちょ、蜘蛛を叩いた蔓を近付けるなよ」


 うっかり力を入れてしまった蔓には、蜘蛛の皮膚や体液がへばりついていた。

 アルフに拒絶されたアドイードは途端に悲しみに呑まれ、それからすぐに怒りを爆発させた。


「むぅぅぅぅ! もうもう!! お前りゃのせいでバッチイって思われちゃったよ!! 嫌い嫌い! 許さないよ!」


 激化するアドイードの攻撃は遥か遠く、アルフたちの開けたの穴を修復している蜘蛛たちだけに止まらず、さらに広範囲にまで届いていた。

 それでいてなお喚き散らし、物騒な魔法陣を描くべく蔓を増やしてうねらせるアドイード。

 すると意識のある蜘蛛たちは慌てた様子で一斉に前足を二本振り上げて、牙をカチカチと打ち鳴らし始めた。


「あ~あ、アドイードが蜘蛛を殲滅しようとするから主を呼んじゃったじゃないか」


 アルフは面倒臭そうに絡み付く蜘蛛の糸を十個程度の卵に変化させた。また糸に絡まらないよう、それを宙に浮かせ足場にしている。


「ねぇねぇアドイードもだよ」

「それくらい自分でできるだろ」


 蜘蛛への怒りはそのままに、とびっきりのおねだり声で甘えたのに突っぱねられたアドイードは、蜘蛛への怒りを倍増させた。魔法陣がより複雑になっていく。

 それから渋々自分で蜘蛛の糸を切り裂き体に残った糸を虚空に消し去ると、アルフに入れた蔓を頼りにぶら下がった。


「ぶりゃんこみたいで楽しいね」


 アドイードがゆらゆら揺れて遊び始める。

 端から見れば背中で吊るされているアドイードは、何かの処刑中ですかといった光景だろう。しかし攻撃の手はどんどん苛烈になっていく。

 そんな様子にアルフは「情緒の狂い極まれり」と感じ、アドイードを怒らせるのはやっぱりヤバい、と肝に銘じていた。

 しかしどうしても、自分関係で他者に怒り散らかすアドイードにこっそり喜びを感じてしまうのだった。



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あとがき


□ユクト

【種族】狼獣人-血狼族【性別】男【職業】風尾使い/アルコルトル案内人【先天属性】風/水

【年 齢】20歳

【レベル】54―――無味

【体 力】1813―加湿トマト味

【攻撃力】1020―無味

【防御力】1172―無味

【素早さ】3338―風魔石ポトフ味

【精神力】1898―無味

【魔 力】1897―ウィンドサーモンのイクラ味

【通常スキル(無味)】

 風毛水破衝/聞き耳/ニードルテール

【通常スキル(味付)】

 風尾―――――――疾風麻婆春雨味

 人質尻尾―――――快刀キヌガサタケ味

 もふ尻尾―――――アデレナラビットの魔力結晶味

 テールテンペスト―秋嵐鶏の風水クリーム煮込み味

【固有スキル(無味)】

 半獣化

【固有スキル(味付)】

 獣化――――――――睡魔ポン柑ジャム味

 強獣化―――――――天空青雲丹味

 ゴーストレッグス――インスタント呪怨ヌードル味

 もふもふファントム―ビッグレッドブルステーキ味

【適正魔法】

 中級風魔法―無味

 下級水魔法―無味

【変異固定】

 不滅迷宮のお守り―無味


□リリイ

【種族】狼獣人-血狼族【性別】女【職業】雷爪使い/アルコルトル案内人【先天属性】雷/影

【年 齢】18歳

【レベル】45―――無味

【体 力】1002―無味

【攻撃力】2229―サンダーレタスチャーハン味

【防御力】453――無味

【素早さ】2651―無味

【精神力】937――無味

【魔 力】1518―雷晶桃饅味

【通常スキル(無味)】

 雷撃咆哮/自動追跡嗅/さらさら尻尾

【通常スキル(味付)】

 雷爪――――――――エレキハマグリ味

 雷影砲撃波―――――玉座メロン味

 スクッガブリクスト―影盾豚の生ハム味

【固有スキル(無味)】 

 超怖威嚇

【固有スキル(無味)】

 獣化――――――――――ラテスおじさんのビスケット味

 強半獣化――――――――ピンクビーハニートースト味

 片目の衝撃―――――――大藁人形ブリュレ味

 グリューニングオーカス―暁クラゲの魔力結晶味

【適正魔法】

 無し

【変異固定】

 不滅迷宮のお守り―無味


□ユクル

【種族】狼獣人-血狼族【性別】男【職業】アルコルトル案内人【先天属性】霧

【年 齢】8歳

【レベル】8―――無味

【体 力】201―無味

【攻撃力】38――無味

【防御力】26――イラちマンドラゴラ味

【素早さ】194―無味

【精神力】10――無味

【魔 力】89――チョコミストバタフライのパフェ味

【通常スキル(無味)】

 極貧耐性/やわやわ尻尾

【通常スキル(味付)】

 -

【固有スキル(無味)】

 -

【固有スキル(味付)】 

 悲の窃盗――魔力つば広帽子蛸マナハットオクトパスの魔力結晶味

 祈りの貧困―呪神ちゃんジュースげんまん味

【適正魔法】

 無し

【変異固定】

 不滅迷宮のお守り―無味

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