第71話 森の魔王と絶望の大繭
蜘蛛の少年は助けを求めていた眷属たちの元へ駆け付けた。
ここに来るまで至る所で眷属が倒れており、巣もめちゃめちゃに破壊されていたためもしやと思っていたが、そのとおりの光景に胸が痛んだ。
「てめぇら、なんてことしやがる!! 酷いことしやがって!!」
周囲にいた蜘蛛をすべてぶちのめし、おやつの卵を食べてまったりしていたアルフとアドイードは、急に怒鳴られてビクッとなった。
「いや、酷いことって……せっかく先輩が遊びに来たってのに食べようとするからだろ。正当防衛だ」
「そうだよ。ありゅふ様とアドイードのピクニックを邪魔すりゅのが悪いんだよ」
約束もなしに押し掛けてきて、巣の壁をぶち抜きまくったにしては堂々とした態度だった。
確かに蜘蛛たちを死の一歩手前までぼっこぼこに痛め付けた。でもちゃんと手加減しているし、そもそも魔物が弱いのも巣が脆いのもそっちのせい。
アルフたちからしてみれば文句を言われる筋合いなど皆無であった。
「はぁ!? なに訳わかんねぇこと言ってんだボケ! てめぇら楽に死ねると思うなよ!!」
蜘蛛の少年はぶちギレた。
糸の球にアルフたちを閉じ込めて、これでもかと毒を吐き出し浴びせる。それと同時に死にかけた蜘蛛たちを治癒し、労るような優しい魔力を分け与えていく。
「……なんかわかっててもムカつくな」
「そうだねアリュフ様。
毒に冒され黒紫色になった糸球の中から、アルフとアドイードのイラっとした声が聞こえる。
「はぁ? その状況でなに言ってんの?」
既に勝った気でいる少年は呆れていた。
「お前らを丸めてるのは俺の糸なんだぜ? 魂をも縛り付ける俺の糸だ! この
言い終わると同時に、ペールは蜘蛛たちに糸球を取り囲ませた。
「……」
「……」
アルフとアドイードは黙っている。
「どうした? ダンジョンマスターって聞いて声も出ないのか? ほら、さっさと出て来いよ。できるもんならな!」
元気になった蜘蛛たちが
「聞いたかアドイード。森の魔王だってよ」
「聞いたよアリュフ様。しかも大繭なんだってここ。たかが都市一つ分の大きさで”大”なんだって。恥ずかしいね」
クスクス笑う二人の声はとても感じが悪い。
ペールは自慢の
「そうだ。久しぶりに勝負してみるか? コテンパンにしてやるぞ」
「いいよ。アドイードだって、
二人の煽りは止まることを知らない。
「コテンパン……舐められたもんだぜ。てめぇらぐちゃぐちゃにして眷属たちのおやつにしてやる!」
怒れるペールが少年姿からアラクネ型になると、蜘蛛たちが一斉に
ペールも
「死ね!!」
魔法の発動と共に禍々しいアイアン・メイデンが現れ、無数の闇槍を撃ち込むと、糸球をその胴の中に吸い込んで、マンドラゴラの如き悲鳴をあげながら捻れ、潰れ、最後は塵のように消えていった。
「っ!?」
あっけない。そう思ったのも束の間、背後に異様な気配を感じたペールは物凄い勢いで振り返った。
「まだまだ若いなぁ」
「根おりょし、根おりょし~♪ あっ、根おりょし~♪」
なんとアルフたちがタンポポの綿毛を掴みふわふわ浮いているではないか。しかも無傷、それどころか肌はツヤッツヤで、攻撃をすべて吸収し若返りでもしたかのよう。
また、先程までは蔓で繋がっていたはずだが今は違った。
「チッ、壁の糸で――なっ!? 糸を動かせない! どうなってやがる!」
馬鹿みたいに自分の思考を口にするペールは、既にアドイードの歌声に冒されていた。酷い知能低下を引き起こしている。
そのままペールは距離を取ると、大声で蜘蛛たちに援護を指示。だがどの蜘蛛もアルフたちの前まで行くとぴたりと止まってしまう。
「……? どうしたお前たち、なんで攻撃しないんだ!? くそっ、行け!」
守りを指示した蜘蛛たちも同じだった。しかも魔力の繋がりまで、まったく感じられなくなっている。
「あれ? まだ気付いてないのか?」
「もう終わりぃそうなのにね。ちょっと無防備すぎて心配になりゅね。優しくしてあげた方がいいのかなぁ」
不思議そうにするアルフと哀れむような表情のアドイード。
そんなつもりはないのだが、二人のその態度は煽り散らかしている以外のなにものでもなかった。
「てめぇら何しやがっ――っ!?」
最後まで言えなかった。壁の糸がペールを捕え口を塞いだのだ。しかも蜘蛛たちまでペールに牙を向けている。
「はいはい、今説明するから。そんな怖い顔のするなよ」
「怖い顔すりゅなよ~♪」
とんでもない先輩面のアルフと、それを見て格好いいなぁとご満悦で真似をするアドイードのウザさ。後輩ダンジョンに面倒臭がられるのは、こういうところだろう。
「アリュフ様、おんぶだよ」
「勝手にくっついてろ」
上機嫌なままおねだりをしたアドイードだが、アルフはつれなかった。
しかしアドイードはそれでも良かったらしい。
嬉しそうに背中に引っ付き蔓を出して、中に入れさせてとつんつんする。
アルフはそれを数センチだけ受け入れてから指を鳴らす。すると糸の壁がほどけ、外へ続く大きな穴ができた。その向こうはとても暗く、あまりにも寂しい所に思えた。
「悪いけどお前たちはもうここで暮らせないんだ。餞別に進化の種をやるから外で自由に暮らしてくれ。自由に、な」
アルフがそう言うと、蜘蛛たちは悲しそうにペールを見たあとで、しょぼしょぼと外に移動して行った。
「はぁ。あんな顔されても蜘蛛は苦手なんだよなぁ」
すべての蜘蛛を見送ったアルフは、項垂れることもできず呆然としているペールに顔を向ける。
「さて、俺たちをボケ呼ばわりした後輩くん。君がこうまであっさり負けた理由を教えてあげよう」
「教えてあげよ~」
大袈裟な仕草にドヤを極めたような物知顔。後輩ダンジョンでなくともイラつくその表情のまま、アルフとアドイードが口を開く。
「「し・ん・しょ・く」」
おまけにハモりながら顔を近付けてきた二人に、ペールは口から毒液を噴射してやった。残念ながら卵にされてしまったが。
「む、反抗的だな。こうしてやる」
「こうしてやりゅ~」
楽しそうな二人が勢いよく両手を上げるとアルフの魔力がぶわっと広がり、糸の壁が頭上の一点に吸い込まれていく。
それはあっという間には芋虫模様の卵に変わり、ペールご自慢の巣は欠片のような部分だけがまばらに残る無惨な姿になってしまった。
蜘蛛の巣がなくなり地面が露になった森のほぼ中心に、アドイードを背負ったアルフがどうだと言わんばかりに立っている。
アドイードはというと、芋虫模様の卵を気持ち悪がり、蔓でぺしぺしと遠ざけている。卵にくっついたの
だが次第にそれが楽しくなってきたようで、あっちへぺしぺし、こっちへぺしぺし。今度はどこまで高くぺしぺしできるかなぁなんて真っ暗な空に向かってぺしぺししていた。が、何故か途中でぺしぺしできなくなってしまい、ほけぇっと不思議そうな顔で空を見ている。
対してペールはガックリと俯いて動かない。
そして森は――
「おわっ、地震か!?」
「はわわわわっ! 地震は良くないよ! 植物たちが倒りぇちゃうよ!」
自分で摘み取ったり薙ぎ倒すぶんには何も感じないくせに、アドイードは植物たちが地震の犠牲になることを本気で心配していた。ぺしぺしできなくなった卵のことなど忘れてわたわたし始める。
そうこうしていると、上の方からブチブチと肉の千切れるような音が聞こえてきた。
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