元王子はダンジョンで卵屋さん

173号機

第0話 たぶんこんな感じだった一〇〇年前の思い出

 醜悪な肉塊が何千と脈打つ広間から召喚師の女が去っていく。

 上品に纏められた瑠璃色の髪があぶれた魔力を吸い上げ闇色に輝いていた。

 二つの目で見た最後の景色。


「何故……です……か……上………」


 城の地下深く秘匿された守護者の間。その最奥で男の口から悲痛な声が漏れた。

 男の左目は潰され両足も切断されていた。


「お前がもうただの道具だからだ」


 振り返ることさえしなかった女の代わりに応えたのは、男の父であり魔法王国の王。


「ち――」


 声がでない。

 血が吹き出した喉を押さえパクパクと口を動かす男の様は、まるで餌をねだる魚のよう。

 そんな道具を無表情で見下ろしている王がゆっくり口を開いた。


「たった今からお前はこの国の為に、卵を作り続けるのだ。お前自身が望んだ通りに。幼い時より扱いに困っていたが……しっかり働くことだな」


 王は冷たく言い放つと喉笛を切り裂いた剣を収め、男を閉じ込めた堅牢な檻に魔力を使わない特殊な封印を施した。

 それから雑な治癒魔法をかけ、見張りの骸人形と魔力を持たない特殊な使い魔に後を託して姿を消した。


 檻を掴み絶望しているその男は、魔法王国に生まれた十三番目の王子とされた者。


 彼は一切の魔法が使えず、人々から疎まれていた。

 だがそれでも母である第一王妃やその契約精霊たちに守られ、それなりに楽しい日々を過ごしていたのだ。

 異世界から召喚された勇者と出会い、二つの固有スキルが発現するその日までは。


 王子の固有スキルは富を生み出す卵・・・・・・・を作りだすものと、その卵を孵化させることができるというもの。

 無能であった自分が手に入れた珍しい力。

 それが嬉しく、勇者の助言を深く考えることもせずに両親と兄弟たちの前で披露してしまったのだ。


 母譲りの瑠璃色の髪を得意気に揺らして。


 しかし、運悪くそのとき卵から出てきたものが、希少な高純度の魔石を量産するというありえない魔道具であった。


 王宮はざわめき皆が目の色を変え、ついにはどこからか情報を入手した他国の間者までも王子の力を我が物にしようと画策するようになった。


 もともと権力争いの凄まじかった王宮は輪をかけて荒れていき、洗脳や隷属といった禁忌魔法に手を染める者まで現れる始末。

 悩み抜いた末、王と第一王妃は我が子を救う計画を放棄。ついに今日、王子を表舞台から抹消する決断を下した。

 王族に降りかかる呪いのすべてを肩代わりする肉壁が安置された、第一王妃の契約精霊闇の大精霊が支配するこの場所で。


「おい、さっさと仕事を始めろ」


 骸人形が放ったその言葉には、一切の感情が抜け落ちていた。


 それから幾年月が過ぎただろうか、元王子は時間の感覚も思考力もほとんど失っていた。


 たまにやって来ては自分に何かを埋め込む王。


 そして目的以外の卵を作った際に与えられる骸人形からの罵詈雑言、憂さ晴らしに訪れる不仲だった兄弟たちからの辱しめと拷問。

 繰り返されるそれらはいつしか酷刑と化し、元王子はおよそ人の形をとどめていなかった。周囲に並ぶ醜い肉壁の如く。


 それ故かすべての痛みを感じなくなり、不思議と傷は短時間で治癒するようになっていたが、元王子にとってはどうでもいいことであった。


 ただ卵を作り続けるだけ。


 魔力が尽きても致死量を遥かに超える回復薬を何度も何度も流し込まれ、休まず稼働するゴーレムのように。


 そんななかでも唯一、元王子には心動かされることがあった。それは皮肉にも幼い頃から悩まされていたストーカーの来訪。

 脱出も侵入も不可能なはずのこの場所へ傷だらけで訪れては、楽しげな様子で元王子に話しかけ、歌を歌い、踊り、抱き付き愛を囁いて、第一王妃の契約精霊に見つかると二頭身の体をバタつかせて逃げ帰るのだ。


 しかしそのストーカーもついに元王子の元へ訪れることはなくなった。

 元王子は寿命を迎えて死ぬことが唯一の希望であり願いになった。


 ある時、檻の中に一つの人形があることに気付いた。

 それはあのストーカーがくれたもの。極々稀に小さな希望を与えてくれるという可愛らしい人形。

 かつて、瑠璃色の髪を持った召喚師の契約精霊たちがこの中に入ってよく遊んでくれた思い出の人形。

 この場に閉じ込められてからはストーカーが腹話術やごっこ遊びに使っていた癒しの人形。


 今は酷く汚れ頭や手足が千切れかかっている。

 無性に懐かしくなった元王子は虚ろな目で人形に頬だった部分を寄せた。

 その瞬間、頭の中で懐かしい声が聞こえた。


『おまたせ』


 するとその目の前に自分のステータスが浮かんできた。


 そして理解した。


 王が自分に埋めていたものが何なのか、何故傷が治癒するようになり、どうして時間の感覚と思考力が失われていたのかを。


 元王子の右目から流れる涙は、最後の希望すら奪われていたと知ったからか、孤独ではなかったと気付いたからなのか……。


 それから、元王子はずいぶん前に発現していたらしい新たな固有スキルを用いて自らの肉体と精神、さらに王が魂に埋め込み同化させたすべての破片も復元。


 檻ごと守護者の間を吹き飛ばした元王子の髪は新緑に染まり、左目には得たいの知れない光が宿っていたという。


 後に厄災のダンジョンと呼ばれる彼の名はアルファド=アドイード・アンドロミカ。


 復讐は今、始まったばかりである――と、思っていた時期もあったらしい。

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