第78話 産まれたての父親
「「「キャーーーー!!」」」
耳をつんざくような悲鳴が上がる中、アルフは呆然としていた。
つい今しがた睡眠から目が覚めて、頬っぺにむしゃぶり付きながらぐーすか寝ていたアドイードをひっぺがし、風呂に入ろうと部屋を出て、温泉のある上層九四二階の大きな家へやってきたところだった。
そこで遭遇してしまったのだ。帰って行ったはずの独身組の子供たちとあと一人に。
「ゆ、ゆめ……これは夢か。だってなんの反応もなかった」
アルフは起きてさえいれば、
それほど疲れていたのだろうか。
「お、おぉ……温かい。コルキスだ、コルキスたちが戻ってきた……」
アルフはなんだかよく分からない感動の仕方をしている。
独身組がアドイードに唆されて引っ越してしまったのは半年前の話だ。
なのに何故……しかし理由などどうでもいい。愛する子供たちが帰って来た。それが重要なのだ。
アルフは自分の喜びが子供たちにも伝わったと思った。なぜなら子供たちが顔を赤らめ照れ臭そうにしているからだ。
きっと自分に見付からないよう、行方を眩ますように引っ越した手前、再会が恥ずかしいのだろう。
気にすることないのに。
アルフは思春期のような反応だと小さく笑ったあとで、両手を広げ歓迎の意を表した。
「どういうつもり!?」
「信じられない!」
「アドイードがいない。アドイードはどこだ」
「バカじゃないの!」
「パ、パパ!?」
「うわぁ……」
「なぁクリス、その小瓶やっぱり俺にくれよ」
「無理だから」
「キール兄さんてば、もうつまみ食い? アドイードに怒られるよ」
「アドイードがいない……」
「そういうテッドだって宿り霧木の実を食べてるじゃないか」
「アドイードォォォ!!」
アルフを見ているのは五人。
真っ赤な顔で罵詈雑言を放つ
アルフを見ていないのも五人。
アドイードを探して飛び回っている
少なくともアルフにはこのカオスが照れ隠しに見えた。
「ちょっとどういうつもりよ!!」
シャーリーが植物魔法を使って無数の葉っぱを飛ばしてきた。もちろん上級の攻撃魔法だ。
ドロテナは氷魔法で自分の目を冷凍消毒しているし、コピアは眼球に清い水を出す魔法をぶつけている。例え無意味な行為だったとしても、やらずにはいられないようだ。
しかしそれらの魔法は卵にされてしまった。
開けた視界に迫ってくるのは感情を爆発させ、涙を流しながら駆け寄ってくる
「イヤーッ! 来ないで!」
「意味わかんない!」
「セクハラよ!」
「どうして逃げるんだコルキスたち! 父親のハグだぞ!」
なぜ娘たちが逃げるのかアルフは不思議だった。
「「「なんで服着てないのよ!!!」」」
「風呂に入るところだったんだから当たり前じゃないか」
だからなんだ、とアルフは追いかけるのを止めない。
そんなアルフに娘たちは思い付く限りの魔法で攻撃していく。
久々に見る
父親の裸体を見て喜ぶものはいない。もしかするとゼロではないかもしれないが、それでも多くはないだろう。
ましてあの整った童顔に似合わぬグロテスクな大芋虫がぶらんぶらんとしているなら……。
「パパのお宝ショットにゃ」
一人離れて紙とペンを取り出したフェインは、
「ハグしたいなら服を着て!!」
剣で威嚇するドロテナの視線が下に向くことはない。コピアもシャーリーも同じくである。
「今は素肌で皆の体温を感じたいんだ!」
アルフはドロテナの剣を玩具か何かだと思っているのか、まったく意に介さない。
むしろ止まってくれて喜んでいる。
「親父、あれ本気で言ってんのかな?」
アルフの台詞を聞いたクリスが、肩の上で小さな蹴りを繰り出し続けている乱暴な家族に視線を移す。
「じゃねぇの? 頭おかしいよな。それより小瓶だよ小瓶。話を逸らすんじゃねぇ」
なんだかんだ言いつつも、クリスはアルフを止めることはしないようだ。ロックはいつでも逃げられると思っている。
「なんでそんな全力で逃げるんだよ~」
「当たり前でしょ!!」
再び走り出したアルフにキレたシャーリーがコピアとドロテナに足止めを頼み、今、世界で最も危険な固有スキルの発動準備に入った。
しかし、考えてみるとアルフはそこまで悪くないのではないだろうか。
なによりアルフは娘たちの怒りが理解できなかった。
アルフは元婚約者のルトルと覗き見するアドイード以外になら、全裸を見られようともまったく気にならないタチなのだ。
王子時代、毎日交代する浴室係たちにすべて任せていた弊害が一〇〇年たっても残っていようとは、誰が想像できただろうか。
「うぅぅ、会いたい。アドイードに会いたいよぉ」
ずっとアドイードを探しているスピネルがめそめそ泣き始めた。相変わらず情緒がおかしい。だが誰も気にしていない。
「だからテメェより俺の方が小瓶を愛してやれんだよ!」
「いや、でも
いつしかロックとクリスも喧嘩に発展していた。
ロックの圧が怖いクリスの小瓶はさっきからずっと隠れている。と、クリスもロックもそう思っていた。
確かにほんの数分前まではそうだった。しかし今は違う。アドイードに恐怖して隠れているのだ。
感覚の優れた精霊には離れていてもわかるのだろう。
案の定、全裸で自分以外を追いかけ回しているアルフに気付いたアドイードは凄まじい殺気を纏った。
すべてはアルフのためだったのに。
死の女神が命の女神とのお揃いを作ってくれたお礼をくれると言った時、アルフが喜びそうなことをお願いしたのだ。
正直に言えば子供たちが引っ越してくるのは乗り気じゃなかったし、自分のお願いもしたかった。けれどそれでもアルフを喜ばせたくて、アドイードは健気にも子供たちとの同居を願った。
なのに目覚めてみればこの状況。
その怒りは脱ぎ捨てられたアルフの服一式や、ベッドが微かに放つ脳天を突き抜けるような大好きな匂いでも収らなかった。
ひとまずアルフの着ていた服はビリビリに破いて食べてみた。一瞬、怒りは薄れたかに思われた。が、そんなことなかった。
アドイードは今、無限に湧き出る怒りのままに真っ黒な目で魔剣、聖槍、邪神斧などなど、各種装備を整えつつ
あと少しでシャーリーのアドイード召喚は成されるだろう。
「あ! アルフ様! 面倒事を僕に押し付けておきながら自分は楽しそうに追いかけっこだなんて……」
半年かけて魔物たちのクレーム対応等もろもろを終えたグルフナも姿を見せた。きっとクインも面白がっていて、どうやって参戦しようかと企んでいるに違いない。
楽しい時間はあまりにも早い終焉を迎え、あとに待つのは凄惨を極めるだろう苛烈なお仕置きだけ。
結局またユクルたちは放置され、ユトルの孵化も忘れ去られてしまった。
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