第77話 後始末は重労働

 あの後は本当に大変だった。


 目覚めたアドイードはソルヴェイを見ると思ったとおり再び発狂、芋虫殲滅魔法をぶっ放した。


 ソルヴェイは話が違うじゃないかと言い残し蒸発してしまった。当然、怒り狂ったペールが暴れまわり、レシュレント国はあっという間に蜘蛛の巣だらけになった。


 もはや国というより、世界最大の蜘蛛の楽園 スパイダーガーデンと呼んだ方がしっくりくる。


 まだ妖精姿のソルヴェイを捕まえてないと文句を言うアドイードを抱き抱え命からがら逃げ出したアルフは、ユトルの卵とユクル兄弟を大樹の三獣鬼に任せアドイードと共に自害。死の女神に会いに行った。

 アドイードが死の女神と何を話したのか忘れていたからだ。


 死の女神の神域には怒れるソルヴェイの魂があり、生き返らせろという念を殺意たっぷりに飛ばしてきた。


 結果から言うとソルヴェイは無事、正常な大きさで羽化した姿で生き返った。死の眷属として毎年少なくとも千の命を捧げることを引き換えに。

 今はペールと共にレシュレント国を完全に呑み込もうと計画しているという。


 そしてアルフとアドイードはというと……


 数多のダンジョンの元を訪ね回っていた。

 これがソルヴェイを生き返らせる為に出された、死の女神の条件なのだ。


 先ずは指定された先輩ダンジョンを訪れ襲撃さながらに魔力を奪い、特別な卵を作っては逃走を繰り返す。

 そしてその卵は死の眷属とその他の後輩ダンジョンへ届けて回る。


 あれから半年、ずっとソルヴェイを捕まえに戻ると煩いアドイードを宥めつつ、アルフはようやく最後の後輩ダンジョンに辿り着いた。


 ロポリース大陸の南端、海岸の数キロ先から続く広大な砂金砂漠を抜け、宿主を砂金に変える寄生植物まみれの巨大な盆地を超えた先にあるダンジョン、恋と絶望の町タウンレストーブだ。


「エミールさ~ん。いますか~?」


 城門をノックすると、間髪入れず向こうからドタンバタンという音が近付いてきた。


「いきなりどうした。俺だって暇じゃないんだぞ」


 門が開いてすぐ文句が聞こえた。言葉とは違ってとても嬉しそうな声だった。

 声の主は衛兵の格好をした二十代後半の栗色髪の男で、真面目一辺倒といった風貌をしている。やや襟元が乱れているのは急いだからなのか……。


「無理してその姿にならなくてもいいですよ。懐かしいけど、なんか落ち着かないしアドイードが、ほら」


 アルフの足にしがみついたアドイードが、ものすごく嫌そうな顔で威嚇している。

 もうずいぶん前のことだが、このエミールという男はアルフに恋心を抱き、アドイードのようにアルフと永遠を共にしたいと願い実行した男だ。


 人間がダンジョンになるには地獄のような苦しみと、それ相応の対価が必要になる。それこそアルフのように。

 だがそれすら愛しいアルフの経験を共有できたような気がして嬉しいと言ってのけた、恐るべき狂愛者なのだ。


 後輩ダンジョンなのにアルフが敬語を使っているのは、エミールの人間時代にそう接していた名残と距離を保ちたい気持ちの表れ。

 狂愛者はアドイード一人で間に合っているのだから。

 

「わかった……よし、これでどうだ?」


 ぽんっという音のあと、エミールの立っていた場所には三角帽子を逆さまにして、ピョコッと上半身を出している小さな骨のドラゴンが浮かんでいた。

 左手には宝石のような青い竜胆をあしらった杖を持っている。


 ドラゴンの大きさはアルフの手の平より一回り大きいくらいだろうか。黒い半透明の骨でできているのに、怖いどころか優しさと凛々しさ、それから生真面目さが伝わってくる。


「アドイードこりぇなりゃ我慢できりゅよ」


 それでも「ふんっ」と顔を背けて「もっと蝶々なのに」とぶつくさ文句を垂れる。


「相変わらずだなお前たちは」

「はあ、まあそっちも変わらずで……」


 チラッと見えた城門の中は、顔だけアルフにそっくりな衛兵が何百といて気味が悪かった。何人か恍惚とした表情で痙攣している。

 アルフは理由を考えないようにした。


「恥ずかしいからあまり見るんじゃない。まだアルフの体は再現できてないんだ」

「そんなことしなくていいよ! ありゅふ様はアドイードだけのありゅふ様なんだかりゃね!」


 アドイードは昔のような口調でエミールを叱る。何だかんだで懐かしいのだろう。


「えっと、お届け物です……」


 エミールはアルフの特別な卵を受けとると、ばさっと翼を広げて顔を輝かせた。


「ま、眩しい。ちょっと落ち着いてください」

「久しぶりにアルフが訪ねてきてくれただけでなく、迷宮共鳴器レゾナンスオブジェクトまでもらえたんだ。仕方ないだろう」


 エミールの翼が本来の色を取り戻していき、美しい青い輝きを放ち始めた。


「蝶々! レア蝶々だよ! モルフォ種だよ!」


 アドイードは大興奮になり、エミールを捕まえようとぴょんぴょんし始めた。

 羽根や翼をもつ種族が心底憧れる超希少種族であり、アドイードを魅了してやまない種族。それがモルフォ種。


 エミールはドラゴンにもかかわらずモルフォ種独特の翼を持っている。よく見れば、骨の中にもあの煌きがほんのわずかに含まれていた。


「この半年、おっかない先輩方の魔力で迷宮共鳴器レゾナンスオブジェクトを作って、アニタ様の眷属に配りまわってたんですよ」


 どのダンジョンにも自身と魂レベルで共鳴するものが存在し、それを迷宮共鳴器レゾナンスオブジェクトと呼ぶ。


 例えば快楽の星空穿穴ツマヤールなら空属性や星属性の魔女の箒を作る特別なスキル。氷塔のブルネルドなら千年凍り続けた雨水の結晶といったものになる。


 これらは取り込めば面倒な手順が必要なダンジョンの拡張を一瞬で済ませたり、新たなダンジョンスキルの獲得、その他様々な成長の鍵となり、ダンジョンの序列に影響を及ぼす。


 これらはそうそう入手できるものではない。

 だがダンジョンの主の魔力を奪って作ったアルフの卵は、どんなダンジョンだろうと使用可能。

 卵を作るのに要した半分の魔力を注ぎ込むだけでいい。

 まさにチートレベルのお宝なのだ。


「それじゃ確かに渡したんで」

「なんだ、泊まっていかないのか? 疲れてるんだろ?」


 アドイードをひょいひょい避けながら、エミールがアルフの顔を伺う。


「アルフの部屋はそのままにしてあるんだ。それに久々に俺の魔力を食べたくないか?」


 確かにエミールの家は居心地がいい。それに魔力だってずば抜けて美味しい。けれどアルフはくたくただった。早く家に帰ってだらだらしたいのだ。

 それにユトルの卵も放ったらかしだ。そろそろ孵化させなければならない。


「またにします。あ、でも魔力はください」


 雑な返事をしてアルフはエミールの魔力から卵を作る。アドイードと半分こするのも面倒だったらしく、できあがった卵はハート模様と蝶々模様の二個だった。


「またいつでもこい。待ってるからな」

「はい。じゃあまた」

「まだアドイード蝶々捕まえてないよ。まだだよ」


 蝶々と言ってはいるがそれはアドイードが勝手にそう思っているだけ。アルフもエミールもやれやれといった顔で「また今度な」と嗜める。


「今日はこれで我慢してくれ」


 アルフが手渡した蝶々模様の卵はモルフォ種のそれで、アドイードはキラキラした笑顔で「宝物だぁ」と頬擦りしている。

 ソルヴェイのことはすっかり忘れてくれたようで、アルフもホッとして、その隙にアドイードを抱え、蔓の輪っかを作り入っていく。


 ヘロヘロで体内ダンジョンに戻ったアルフは一先ず寝たくて、ベッドに飛び込むとあっという間に眠ってしまった。


 ユトルの卵も隣のアドイードも放置して……。

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