第81話 ぺたんこの地雷

 魔都に到着して数時間、夕焼け空が輝きを失いだした頃、シャーリーはようやく安心していた。


 この安息の地、古木の黄昏亭は入都の際に手続きした東門のほぼ反対側にある。ここに至るまで交渉した宿の数は二十数軒。どこも首を横に振るばかりだった。


 なんでもメロル男爵ならば貴族であっても厩舎に宿泊させても問題にならないらしいのだが、同じ宿に泊まる貴族や周辺に別邸を持つ貴族の外聞が悪くなるそうなのだ。


 ならば助けてやれば良いのにと思うシャーリーだったが、そうもいかないらしい。貴族には貸し借りについて、平民には理解しがたい決まり事があるのだそうだ。


 うっすら緑みを帯びた灰色の大木を、殺してしまわぬよう慎重にくり貫き、九階建ての宿に仕立て上げた古木の黄昏亭。明かりの漏れる勝手口からシャーリーが出てきた。


「メロル様、本日の宿はここに決まりました。それとお披露目会のお祝いとのことで、食事はすべて無料でいただけるそうです」


 店主は貧乏で名を馳せるメロル男爵を哀れみ、他にも色々サービスを申し出てくれたのだが、シャーリーは丁寧にお断りしていた。

 魔法でどうにかできそうなことは、自分やテッドで賄うつもりなのだ。


「ありがたいことだね。後日、お礼の品を届けなくては。エリナ、国に帰ったら良さそうな物を見繕ってくれないかい?」


 馬車から降りたメロル男爵は、奥方をエスコートしながら笑顔で伝える。


「ええ、お任せください」


 奥方のエリナが微笑み頷く。

 またメロル男爵の借金が増えるのだろう。しかしシャーリーはもう何も言わないことにした。

 代わりに馬車の上でボケッとしていたテッドに、テーブルセットの準備をするよう小指大のエルフェンアローを飛ばし、カッと目を開いて威嚇する。


「ん? 間者でもいたのかい?」

「いえ、少し大きなヤクタタズがいたもので」


 意外にもエルフェンアローに気付いたメロル男爵の問いに、シャーリーは澄まし顔で答えた。


「ヤクタタズか~。晩御飯にいいね。あれ、皆不味いっていうけど、生きたまま海に沈めて一週間あく抜きしてから、蘇生魔法をかけて砂漠に七日間埋めておくと美味しい焼き鳥になるんだよ」


 それは知っている。だからヤクタタズという名前の鳥なのだ。

 この大陸に海と砂漠が隣接している地形はないし、絞めたヤクタタズは何をどうしてもすぐに腐る。しかも主食は銀貨で、一日二枚は食べるし、食べないとすぐに死ぬから輸送コストもアホみたいに高くなる。


 肝心の蘇生魔法だってそうだ。そもそも超珍しい聖光属性の魔法で、えげつない修得難度のくせに掠り傷が半分治癒するかどうかの効果しかなく魔力だけは異常に消費する。


 そこまでして美味しいのかといえば、シャーリーの基準ではゴミの次くらいの美味しさだ。


 ていうか晩御飯て。なんだこいつ、ついに時間の感覚までバグったのか、とシャーリーの中でメロル男爵の評価は駄々下がりする一方だった。


「男爵様は博識でいらっしゃいますね」


 シャーリーがそう返事をし、男爵子息のエリックの下馬を手伝い始めたのと、テッドのミミックドールが執事とテーブルセットの姿に変化し終えたのはほぼ同時だった。


「では、お部屋を整えて参りますので今しばらくお待ちください」


 ペコリと頭を下げるシャーリーにエリックは畏まりすぎだと言い、さらに続けた。


「ここへ来るまでもほぼ野宿だったのだ。わざわざ厩舎を部屋などと呼ばなくてもよいぞ。そうそう、食事は野菜クズでいいからな。間違ってもヤクタタズは出さないでくれよ、ハハハ」


 エリックは爽やかに笑い、両親と共に椅子へ。

 身動き一つしない執事姿のミミックドール。ボケぇっと空を眺めるテッド。

 シャーリーが切れそうになるのをどうにか堪え、再びテッドを威嚇してようやく、テッドがそそくさとお茶の準備を始めた。 


 ミミックドールわいっ!?

 とシャーリーは思った。突っ立っているだけの執事に何の意味があるのか。

 記憶の中ではもっとまともだった弟にこっそり溜め息をついたシャーリーは、椅子を引いて男爵一家を座らせるとこれ以上の粗相がないよう祈りつつ厩舎へ向かった。


 厩舎は薄暗かった。

 小さな天窓から差し込む、消え行く夕日が辛うじて視界を確保してくれている。


 エリナは干し草のベッドをご所望だった。

 彼女が何を期待しているのか理解できないままシャーリーは髪の毛を蔓に変え、厩舎全体から干し草を集めていく。

 できるだけ感触の良さそうなものを選んで並べていると、コロン、と音が聞こえた。一番奥の方からだ。


 シャーリーは首を傾げ、何かが落ちたであろう場所へ蔓を伸ばす。

 しかし今度は音は鳴らなかった。


「避けられた?」


 精霊視の固有スキルを使ってみるが、暗い場所を好む影精霊や他の精霊もいない。


 薄暗さと相まって、シャーリーに緊張感が走る。

 さすがにメロル男爵狙いではないだろうが、良からぬ企みをするならず者がいないとも限らない。


 一瞬、光魔法の使えるテッドを呼ぼうかとも考えたが、ここまでの旅路思い出し却下した。

 とてもではないが、背中を預けられるような弟ではない。


「手っ取り早く毒魔法で厩舎を汚染しようかしら」


 しかし、姿が見えないとなるとゴーストの類いかもしれない。となると、様々な効果を発揮する固有スキルのアンバーミストを発動させて様子をみた方がよいだろう。


 シャーリーの体から琥珀色の靄が広がり始めた。それは天窓から差し込む茜色の光に透けて、微かに見える程度の靄に調整されている。


 途端にコツコツコツコツと音が鳴り響き、物凄い勢いでシャーリーの足元に小瓶がやって来た。


 そう、やって来たのだ。


『お前は馬鹿ヴァカなのかシャーリー! 町中でそんな危険な固有スキルを使ってんじゃねぇ! 今すぐ止めろ!!』

「え、ロック!?」


 シャーリーは小瓶を拾い上げた。

 しっかり栓がしてあるところを見るに、アンバーミスト対策のつもりなのだろう。小瓶の中でロックがめちゃくちゃ暴言を吐いている。


 かつては小瓶小人らしい可愛くておっちょこちょいなロックっだったが、好物の「時計じかけのオレンジ色の実」を食べ過ぎたせいで、乱暴な顔付きと性格になってしまった、誰かと違って非常に役立つ弟。


「ああロック! ダンジョン探索へ行くって言ってたけど、バルフェディアのダンジョンだったのね! ここで会えるなんてお姉ちゃんは幸せよ」

『うるせぇ! お姉ちゃんとかキモいんだよ! 歳を考えやがれババア!』


 ロックは小瓶の内側でさらなる暴言を捲し立ててくる。


「……ふ、ふふふ。ねぇロック。あなた暇よね? ううん、暇に違いないわ。だってバルフェディアのダンジョンは魔都にはないんだもの。魔都にいるってことはそういうことよね?」

『はぁ!? 暇なわけねぇだろブス!』

「いいえ、私は美人よ。でも、そうね。きっと今はもの凄く疲れてるからそう見えるのかもしれないわ。テッドが引くほど使えないの。お願い、助けて」

『テッドが巨乳と一緒じゃなきゃゴミなのは――』


 突如、小瓶がミシミシと音を立て始めた。


「は? おい、こらテメェ、誰が貧乳だって? 地獄を見たくねぇんだったら黙って協力しろよ、このクソチビが!」


 どんなことでもお澄まし顔でやり過ごせる上品でおしとやかなシャーリーだが、胸の話は地雷中の地雷。

 元々疲れとストレスから限界に近かったシャーリーの目は今、ロックの暴言によってあり得ないほど血走っており、本来艶やかなはずの髪の毛も逆立っている。


『い、いや、でも仕事――がぁ!?』


 小瓶は砕け散った。長年ロックが愛を注ぎ、特に目をかけて可愛がっていた小瓶が粉々にだ。


「知らねぇよ。仕事と私どっちを優先すれば生き残れるかわざわざ教えてやらなきゃいけねぇのか? あ”ぁ”っ!?」


 ガラスまみれの手で全身を握られ、さらにアンバーミストを直で浴びせられたロックは一瞬で意識を失ってしまった……。


 数分後。


「メロル様、先ほどもう一人の弟が合流致しました。ですのでお披露目会までの宿はもう心配いりませんわ」


 シャーリーはとても美しく微笑んでいた。


「おお、そうなの? やっぱりシャーリーは頼もしい。君に護衛依頼を受注してもらえて本当に良かった」

「もったいないお言葉です」


 恭しく頭を下げたシャーリーの仕草は、まるでどこかの姫のように品があった。


「あら、となると干し草のベッドはお預けかしら。残念だわ」

「ご希望であれば、ご用意致しますよ」

「まぁ、嬉しい!」

「テッドと義について語り明かしても問題ないところなのか?」

「はい。好きなだけ語り明かしてください」


 何を言われようとシャーリーの微笑みは決して崩れない。


「ね、ねぇどうしちゃったのシャーリー……」


 テッドのおどおど具合がすごい。


「なにが?」

「なんかすんごく機嫌が良いっていうか――」


 テッドは小さく息を飲んだ。

 完璧な笑顔を崩さないシャーリーの手には、泡を吹いて小刻みに震える小人が握られていたのだ。


 テッドの顔が青ざめていく。


「テメェもこうなりたくねぇんだったら、この瞬間からまともに動けよ?」


 どんな魔法を使ったのだろうか、シャーリーの声はテッドにしか聞こえなかった。



~~~~あとがき~~~~


『ロックのステータス』


□ロック=コルキス・ロシティヌア

【種族】小瓶小人【性別】男【職業】冒険者/運び屋【先天属性】無

【年 齢】26――――無味

【レベル】97――――無味

【体 力】15929―ブルーワイルドチェリー味

【攻撃力】5―――――無味

【防御力】81――――無味

【素早さ】2928――無味

【精神力】3459――無味

【魔 力】535―――クロックポルチーニ茸味

【通常スキル(無味)】

 消費魔力激減//全速力/隠れる/荷運び

【通常スキル(味付)】

 隠蔽―――――――ささくれフィンガーオクトパス味

 超回避――――――狐火トマト味

 体力変換―――――ヴォイニッチ食パン味(味+)

 小人の踊り――――時計じかけのオレンジ色の実味(新+)

 アドイード流魔法陣―アルファドかぼちゃスープ味(味+)

 ボトルキープ――――ガルーダとうもろこし味

 ボトルシップ――――海霧ネモフィラジャム味

【固有スキル(無味)】

 長寿/小瓶収納/身代り小瓶/小瓶フェチ

【固有スキル(味付)】

 小瓶転移――――――無限すたこらレタス味

 小瓶コテージ――――流星マイマイ茸味(味↑)

 ボトルブラスト―――砂龍うつぼのたたき味

 ストーキングドール―アドイド金木犀の実の砂糖漬け味

【適正魔法】

 中級無魔法―大迷宮ベルモット味

【異常固定】

 アルコルトルの呪い(new)

 死の女神アニタの吐息(new)

 命の女神タニアの吐息(new)

 琥珀色のお姉ちゃん(new)


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今回も読んでくださってありがとうございます(^_^)m(__)m


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