幕間② 雷と嵐の娘、強さの証を (後編)

「敵襲です、王!」


 それはある日の午後に起きた。12歳 (地球人で言うところの21歳くらい) の誕生日を迎えようとしていたホナタは、険しい顔の父を取り巻く側近たちの騒ぐ声に、気持ちのいい昼寝から叩き起こされた。


 幼少期から変わらぬ鮮やかな緑の短髪をかき上げながら、王の間に赴く。


「ふぁ。どーしたんだ、親父?」

「寝ぼけてる場合じゃないよ、ホナタ。襲撃だ、王宮に」

「!」


 その一言で、臨戦態勢に移るには充分だった。しかし強者揃いの王宮が侵入を許すとは、相手は何者だ。ひとまず、自分も戦う準備を、とホナタが行動を起こそうとしたその瞬間。


 王の間の堅牢な壁が打ち砕かれ、完全武装した一団が雪崩れ込んできた。衛兵が何人か応戦してるが、数で負けている。最初から王宮の戦力を把握していたのか。


 先頭の一人が恐ろしい勢いで走り出す。狙いは…ネメアム、ホナタの父にしてこの世界の王。


「親父ッ!」

「心配ないよホナタ。だって、オレは世界最強らしいからね」


 鎧袖一触。まさにそう呼ぶに相応しい、刹那の出来事だった。空間ごと裂かんばかりの雷光が迸り、襲撃者を跡形もなく消し飛ばした。

 その圧倒的な力に、やはり親父は凄いと感激すると同時に、ホナタは少しだけ怖くなった。普段はヘラヘラと優しい父が見せる、そのほんの少しの殺意に。どうして、あの二つを両立できんだ…。


「ネメアム王ッ!」


 しかし、別の一人が光る斧のような武器で再度王を狙う。否、狙いは。


「オレかっ!」


 振り下ろされる分厚い刃を、防ぐことはできなかった。間に合わない。致命傷覚悟でカウンターを、……っ……!


 片腕で防ぎその隙にと覚悟をしたのに、その時は永遠に訪れなかった。


「ぇ…?」


 目の前を濡らす血飛沫。己の物ではなく、ホナタを庇うように立ち塞がった男の血だ。その男は、片腕を力なく垂らす父、ネメアムだった。


「あはは…しくったなぁ…」

「親父」

「来るな!!」


 叱咤され、身がすくむ。しかし状況的に、流石の父でも態勢が悪すぎる。決して筋骨隆々というわけじゃないネメアムの肉体を、ジリジリと刃が刻み続けていた。


「ヒヒヒ…ま、守るものがあるってなぁ

 、つ、辛いなぁ王さまヨォ!」

「……薬か。そんな手段じゃなくとも、強くなれただろうに」

「うるせェ!!」

「ぐッ……」


 蒼ざめた顔の襲撃者が一層力を込め、父は僅かに呻いた。この状況を打破できる存在は今いない。母はアオイを連れて実家に戻っている。戦えるのは、そう、自分だけ、しか。


「……親父」

「ダメだと言ったはずだ、ホナタ。キミは、そこで大人しく…ぐ」


 それこそダメだ。今動かなければ一生後悔する。震え、怯え、逃げ惑う。そんなのはゴメンだ。だから、オレは…!!


 無意識に引いてた足を一歩前に出す。切り替わった心を埋め尽くしていたのは、怒り。不甲斐ない自分と、攻撃を受けてしまった父と、理不尽な襲撃者。その全てに対して。

 プツンと。

 ホナタの中で最後の糸が切れた。直後、王宮の天井が吹き飛び、王の間を埋め尽くしていた襲撃者は、衛兵やネメアムもろとも薙ぎ払われる。


「ホナタッ、キミってやつは……!」


 右に雷霆。左に暴嵐。ホナタの特性、彼女が "暴れ姫" と揶揄される理由だ。父と母の力を余すことなく継承した、ダブルスキル。

 緑と金の螺旋を描き、破壊を振りまく何者にも負けない王の力。

 しかしホナタが意識を失ったために制御を離れたソレは、今や王宮どころか外の街をも呑み込みそうな程に膨れ上がっていた。何よりホナタ自身の身体が決壊するのも時間の問題で。


 だから、この時ネメアムが父親として取った行動は至極当然で。後々までホナタは悔やむことになるが、仕方のないことだった。


「〜ッッ」


 触れる何もかもを消滅させるレベルの力の具現に、ネメアムは両の腕でそっと触れる。代償として一秒毎に彼の体の細胞が焼き払われるとしても、それが父親の為すべきことだと理解していたからだ。

 雷と嵐を掻き分けて、ホナタをギュッと抱き締める。我を忘れて駄々をこねる子どもをあやすように、優しく堅く。


 どれほどそうしていたかは、わからない。気が付けば、ホナタは意識を取り戻し、ネメアムは片腕を失っていた。それなのに、何でもないよといつものように笑う父の痛々しい姿に、ホナタは激しく自分を責めた。


 強くない自分は全然強くなかった。どうしたらいい、どうすればよかった。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない!!






 王宮を襲った悲劇から間も無く、ホナタは地球にできる予定という、異世界人が集い交流する学園ユニベルシアへ入学する事になる。


 家族と距離を取りたかったのと、自分にない強さを持つ者に出会えるかもしれないと考えたから。その願いは、ここから幾らかの時を経て叶うのだが、当時の彼女は知らない。

 ただ憂鬱と苦悩を抱えて、不透明な未来へと足を踏み入れた。


 強さの証を、探して。



(幕間 完)

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