第1部 第二章 ワールダーとの戦い

第28界 外の世界へ

「課外授業?」


 季節が秋を迎え、段々過ごしやすい涼しさに満たされ始めた、そんなある時の授業でそれは告げられた。


 担任教師のマイヨが黒板に文字で起こしながら、説明を始める。


 毎年、異世界人がこの世界との交流の為に、地方の田舎町に課外授業という名目で外出することが許可されているらしい。〈ユニベルシア〉の学生にとって、数少ない外界と接触する機会で楽しみにしてる者も多いそうだ。


 個人的には、和平交渉における妥協案として出されたのが丸わかりで、異世界側を適度に丸め込もうという地球側の思惑を疑ってしまう。そうだとすると、みんなには申し訳ない限りだ。


「ちなみに、マイヨ先生。どこに行くんですか?」

「んっふっふ〜。よくぞ訊いてくれましたぁ。今年は一味、違いますよ〜」


 マイヨ先生が、ドヤ顔で黒板に行き先に関する紙を貼り出す。地名を見て、大声で叫ばなかった俺を誰か褒めてほしい。

 地名というか、その場所は、この国で知らない人間はいないレベルのアミューズメントパークだったのだから。


「ど、どういうことですか、先生」

「実はですねぇ、国連の方々の好意で、実験的に大規模な交流を図ろうということになったのですよ~。だからぁ、選ばれた生徒だけではありますが、今回の目的地はここなのですぅ」


 国連の意図が絡んでいる…。あそこには師匠もいるはずだし、胡散臭すぎる…。そういや、生徒会長はこのことをどう考えているんだろう。生徒の安全のために動き続けている彼女は、快く思わないんじゃないか。


「このクラスからも、数人選出されておりますので、行けない子の分も楽しんできてくださいねぇ」


 そう言ってマイヨ先生が配った名簿には、ばっちりと俺の名前が記されていた。明らかに誰かの思惑が絡んでいると思うのは自意識過剰か?


「オイ、カズマ。やったな! オレ達選ばれてるぜ!」

「え、ああ。そうだな。久々の外か…」

「わたくしもですわ。む、浮かない顔ですわね、一真さん」


 ホナタとユイの二人には話しておくか。何かあってからじゃ遅いしな。


 俺は二人に師匠のことや、今度の課外授業に何かあるかもしれないことを伝えた。そもそも地球側での今の情勢を俺は知らない。だから、簡潔にフラットに、わかっていることのみを。


「なるほど…おおよそは理解しましたわ。けれど、今回の目的地は、一体どういうところなんですの? 罠の可能性があるなら危険な場所なのかしら」

「ハッ、関係ねぇ。なんか待ち構えてんなら、ぶち抜くだけだぜ」

「んー、危険というか。場所自体は危なくないんだけどな。いや、むしろ危険か…?」


 俺の歯切れの悪い反応に、首をかしげるホナタとユイだが、仕方ない。だって、向かう場所は危ないどころか、とても安全に作られている場所なのだから。


 異世界間戦争で破壊された首都圏の代わりに建造された海上都市・新東京市。その中心部にある、巨大アミューズメントパークであり複合商業施設。日本人だけでなく、世界中から大勢が毎日のように訪れる夢のような空間。元は、異世界との交流を目的に造られた外交施設でもある場所の名は。


 〈ラーティティア〉。それこそが、今回の目的地だ。



 ◯●◯●◯●◯


「それで何か用ですか、新辰さん?」

「今回の課外授業について、確認したいことがあるんです」


 その日の放課後。俺は菊世会長のもとを訪れた。予想と反して、課外授業の紙を見せても、菊世は落ち着いていた。ということは、この課外授業は彼女の合意もあってのことなのだろうか。


「確認したいことというのは?」

「どうして〈ラーティティア〉なんですか。地球との交流にしても、もっと他に場所はあったと思うんですけど」


 想像だけど、俺という地球人が転入したことで、国連側は異世界人エイリアスとのつながりを強める方向に方針を決めたんじゃないだろうか。それにしても、時期が早すぎる気もするけれど。


「ふむ。悪くない頭の回転ですね、やはりあなたは。けれど、少々自惚れがあるのでは? 心配しなくとも、あなたのせいではないですよ。これは先方のかねてからの希望に沿ったものなのです」

「先方って、国連の?」

「そうですね。あちらの希望で、こちらで選んだ生徒が、あちらの文化交流員と現地で合流する手はずになっています」


 文化交流員…。そういえば、俺がこの学園に転入することを告げに来た男も、そんな肩書を名乗っていたのを思い出す。そもそもの話、対処したくても情報がなさすぎる。ここはひとつ、話の流れに身を任せるしかないのだろうか。


「あなたの不安もわかります。だから、わたしの腹心を同行させることにしていますから、安心してくださいな。何かあれば、わたしも動きますから」

「そっか。それは心強いです。それにしても、本当に生徒会長は優しいですよね」

「優しい? わたしが?」

「だって、こんなにも学園とかみんなのことを考えて、動いてくれてるじゃないですか。優しくて思いやりがないとできないと思います」

「……あなたは本当に、人の良いところを見つけようと、してくれる人ですね。好意が持てますよ」


 え、そんなことを美人に面と向かって言われると照れるんだけども。しかも、そんないいものではなくて、俺はただ相手の長所を特に認めたいってだけなのに。短所だってきっとあるのだろうけど、それも個性だと思う。


「ふむ、要件はそれだけですか?」

「え? あ、ああ。忙しいのに、話を聞いてくれてありがとうございました。とりあえずは課外授業を楽しんできます」

「そう、ですね。しっかりとその目で見てきてください。外の世界を」


 なぜ地球人で、外からやって来た余所者の自分にそう念押すのかはわからなかったが、去り際の生徒会長の、何かに耐えるような厳しい表情が妙に記憶に焼き付いた。



 ◯●◯●◯●◯


「あれ、一真。どうしたんだい、こんなとこで」


 教室に戻る途中。高等部と中等部を繋ぐ渡り廊下で、カナミに呼び止められた。


「よっ、カナミ。いや、ちょっと生徒会長に用があってさ」

「課外授業の件かい?」

「そうそう。確かめておきたいことがあって」

「さっすが風紀委員サマ。実は、ウチも気になってたんだ」


 参加者なだけあって、カナミも外部にいるツテを辿って調べさせていたらしい。どういう知り合いなのか気になるけど…。


「で、何かわかった?」

「そうさなぁ。わかったというか、むしろわからなかったことの方が多い。けど、一つはっきりしたことはあるね」


 話によると、どうやら今回の〈ラーティティア〉行きは、国連が直接打ち出した方針ではなく、関連組織の発案らしい。名前は不明だが、異世界の技術や文化について研究している所だそうだ。


「怪しいな…」

「だなぁ。正直、ウチは不安だよ。別に地球のことを悪く言うつもりはないさ。けどな。こういうのは、どこでだって裏がありそうだろ?」

「言いたいことはわかるよ。でも、まずは確かめてみないとな」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。師匠が関わっているとしても、渦中でなければ見えないものはあるはずだ。杞憂に終わればそれに越したことはないけど。


 幸いまだ数日の猶予がある。情報収集を続けることを約束して、カナミと別れた。

 小腹を満たそうと共通食堂に入って、喧騒を嫌うように窓際の席に座るルゥを見つけた。なぜか、息が上がっている。どうしたのだろう。お腹が空いてで慌てたのだろうか。


「ここ、空いてる?」

「けほっけほっ。お、おや新辰さん。珍しいですね、女子を連れずに一人なんて」

「常に女の子といるやつみたいな言い方やめろよ!?」

「えっ、事実でしょう」


 そんなことないはず。と思ったけど。


「今ルゥといるんだから、ある意味あってるな…」

「おや、女の子として認識してくれていたんですね。大変驚きです」

「ルゥさんや、なんか今日はやけに言葉にトゲがない?」


 気のせいかもしれないけど、視線も冷たい。なんかしたかな………。あっ。


「そういえば、武闘祭でのお願い事をルゥからはまだ聞いてない気が」


 他のメンツは割とすぐに言ってきたから動けたんだけど、ルゥは少し悩んでいたので後回しになってしまっていた。待たせすぎたか。


「ええ、ええ。確かにありましたねそんなものが。おや、もう一ヶ月以上前の話ですか」

「あー…。ごめん、ルゥ。忘れてたわけじゃないんだけど」

「別にいいんです、構いません。新辰さんは風紀委員として多忙だし。友人付き合いも多いですし。ですから、どうしてもと言うなら、今ここで改めてお願い事をしますね」


 食べかけのフルーツサンドを皿に置き、ルゥはビシッと人差し指を俺に向けて、ウサ耳をピンと張り詰めさせ言い放った。まるでそれは誰かへの宣戦布告のように。


「今度の課外授業で、私とデートをしてください!!」

「!?」


 ――――波乱の課外授業が幕を開ける。

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