第29界 理想と思い出と…

 立ち並ぶショッピングモールのビルに、色とりどりの飲食店。絶えることのない人通りに目が回りそうになる。文化交流のための課外授業、その集合場所に選ばれたのはそんな空間だった。


「は〜い、こっちですよ~」

「マイヨ先生、張り切ってるなあ」


 引率のために付いて来てくれた担任の幽霊にあるまじき元気な姿を見て、苦笑する。とはいえ、他のメンバーもほぼ初めて見る外の世界に興味津々なようで。


「すっげぇぞ、カズマ! なんか辺なのがたくさんいるぜ!」

「おう、それは掃除用のロボットだな」

「か、一真さん? あの空を飛んでいるものはなんですの!?」

「あれは飛行船な。てか、ビビりすぎじゃないかユイ?」

「無理ないさ。あんなもの各自の世界にはないものだろうからな。それより、あの料理は何だろうすごく美味しそうなんだけれどっ」

「落ち着いているようでお前もお上りさんになってるぞ、カナミ……」


 とまあ、こんな風にさっきからかなり騒々しい一行となっている。周りを歩く人間の目をひいてるし、勘弁してもらいたい。でも確かに俺も楽しい。こんな風に友達とどこかに遊びに行くなんて、いつぶりだろう。無くしたと思っていた日常が確かにここにあった。


「さぁ、着きましたよ〜」


 開園前の時間帯で、地球人の客もまばらにしか存在しない中、到着した先は小規模なドームで、どうやら文化交流員とはここで合流するらしい。

 いささか大げさな扉をくぐって、中に入ると綺麗なステンドグラスから差し込む陽光に迎えられた。そして、その奥の祭壇付近で一人の女性が待っていた。


「ようこそ、〈ユニベルシア〉の皆さん。地球人代表としてあなた達を歓迎します。私は国連対異世界対策本部所属の文化交流員の十塚結子です。以後よろしくお願いしますね」


 腰まで届く黒髪をさらりと零しながら、女性は折り目正しい礼を見せた。着ている制服は普通のスーツだが、かぶっているベレー帽や襟元に一瞬覗いた徽章は。


(軍隊のもの…? 本当の所属は国連軍とか…? でも、なんで隠す必要が)


 俺の疑念を知ってか知らずか、十塚がこちらに微笑みを向けてくる。ますます怪しいが、今は変に思われてもまずいし、会釈を返しておいた。


 彼女曰く、今回の課外授業における目的はここ〈ラーティティア〉での地球文化理解だそうで、敷地内から出ないように釘を刺された。言われなくても、そんなことをしそうなやつはいないと思うが…。まあ、俺の知らない生徒も混じっているし、なんとも言えないか。


 途中まで案内もしてくれるということで、ドームを出て広場に向かう。開園の時間はとうに過ぎており、大勢の客であふれているのはさすが世界有数のアミューズメントパークといったところか。


「なぁなぁ、カズマ! あのジェートコッスターとかいうの乗ってみようぜー!」

「ジェットコースターな。うーん、ホナタには物足りないんじゃないかなぁ」


 『嵐』を操るホナタには、スピード感とかスリルが足りない気がする。他の生徒にも言えるけど、刺激には困ってないだろうし。


「新辰さん新辰さん。約束、忘れてませんよね?」

「うん、もちろん」


 スッと横に並んだルゥに腕を掴まれて、目的の一つを思い出す。

 理由はわからないけれど、俺とのデートを武闘祭の報酬にしたルゥに応えるためにも、しっかりしなければ。いや女子とデートをしたことなんて全然ないんだけどさ。


 ホナタやユイたちには事情を話して、しばし二人だけの行動となった。なんかその他の女性陣からも睨まれてる気がするけど、気のせい、だよな…?


「こうして改めて見ると、地球の人たちもわたし達と変わりがありませんね…。なんというか、拍子抜けするくらい平和です…」

「そりゃまあ、戦争があったのは一、二世代前の事だからな…。一般人は、ほとんど意識してないだろうから…。そんな態度でいいのかって、みんなには思われるかもしれないけど」

「いいえ、仕方ありませんよ。わたし達だって超常の力はあっても、だからどうっていうのは実際ないんです。学園で巻き起こる戦いと、“外”で起こった戦争は別物ですからね…」


 そんな風に考えてくれるのか、ルゥ。始まりがどうかはわからないが、命のやり取りを行った世界の住人同士なのに。彼女の合理的でからっとした性格ゆえかもしれないが、とても嬉しかった。


 話をしながら屋台を巡りながら歩いていると、ルゥが目を輝かせて何かを見つめている。白くてふわふわな見た目で、クルクルと巻かれる度に大きさを増す、そんな巨大綿あめだ。


「あれ、欲しいのか?」

「…ハッ! い、いえ、決してそういう訳では…」


 仕方ない。学園内にはない物だものな。屋台のおばちゃんに声を掛けて、一つ貰う。幸い、現金はしっかり持っていた。


「はい、どうぞ。これは綿あめっていうんだ。甘くて美味しいぞ」

「ふわぁ。あ、ありがとうございます、新辰さん」


 普段はキリッとしてるのに、たまにこう小動物のような反応を見せるんだよなルゥ。ウサギの獣人族ベスティアっていうのもあるのかもな。本人は気づいてるのかわからないけど。


「あ、新辰さん! あれはなんですか!? あんな大きな車輪をどうやって支えてるんでしょうか…。乗ってみたいです!」

「ん? ああ」


 今度は何やらとルゥの視線を追えば、観覧車か。彼女らの世界には巨大建造物とかはないのかな。いや当たり前か。

 人は翔ける翼がないから飛行機を作り、駆ける脚がないから車を造った。なら、野生の力が溢れてる世界では、科学技術はほとんど発展してない可能性がある。


「自分の力を使わずに、空高くから下を見下ろせる…。これが、文明なんですね…」

「そんな大層な物じゃないさ。でも、自分の力で何かをできるなら、それに越したことないんじゃないか?」

「どうなんでしょうね…。そういえば、わたしたまに思うんです。なんでこうもバラバラに可能性が存在してるのかって。統一されていても、問題はないはずなのに…」


 難しい話になってきたけど、同じことを考えたことがないと言えば嘘だ。まるで誰かに、意図的に起こされたような、異世界との融合。そんな妄想を抱いたこともある。けれど。


「始まりが誰かの思惑でも、結局今を生きてる俺たちでどうにかしないといけないと思う。きっと、そうして諦めないことが大事なんだろうなって」

「その考え方は素敵だと思います。わたしも、その、迷惑でなければ一緒にお手伝いしたいです。新辰さんの理想を叶えるために」

「ルゥ…」


 観覧車を待つ列に加わりながら、振り向いた真っ直ぐな視線が俺を貫く。理想や希望に一直線に跳んでいける、そんな強さを感じさせる髪と同じ亜麻色の瞳が。


 対して俺は返事をできないでいた。己のわがままに巻き込むことを躊躇っていた。今更? だけど、今ならまだ引き返せるんじゃと考えてしまう。師匠との因縁もそうだが、地球側に問題があるのなら。


「相変わらず甘々に優しいね、カズくん。優しくて、残酷だよ」

「!?」

「誰、ですか?」


 カズくん。俺をそんな呼び方をするのは、後にも先にも一人しかいない。師匠と出会うより前からの呼び名。


「久しぶりだね、忘れちゃったかなカズくん。私だよ。友里、“十塚” 友里だよ」


 十年ぶりに聞いたその声の主は、かつて隣に住んでいた幼馴染だった。遅れてそちらを向くと、確かに見覚えのある黒髪ロングの女性が立っていた。でも、どうしてこんなところに。そもそも、なんで。


「どうして、友里…!!」





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