第30界 過去の声

 巨大アミューズメントパーク〈ラーティティア〉のランドマークでもある大型観覧車。そのゴンドラの一つに、俺とルゥ、そして友里はなぜか一緒に乗り込んでいた。


「それで…。どうして、ここに」

「いちゃいけない? カズくんがここに来るって聞いたから、慌てて会いに来たのになぁ」

「じゃなくて、友里…。お前が、その、亡くなったって聞いてたから……」

「ああ。そういうことにしておかないとだったからね。私の正体はカズくんも知ってるんでしょ? 異世界人エイリアスさんの前だし、わざわざ隠す必要もないかな」


 伸びをする様に、あくまでも気楽な調子で背中を震わせた友里の背中から光が漏れ、白翼が現出した。目を丸くするルゥと違い、俺は冷静さを保てていた。


 そう、知っていた。彼女が普通の人間ではなく、この世ならざる存在であること。有り体な呼び方をすれば『天使』と呼ばれる者であるのとを。子どもの頃は全然気にしていなかったが、思えば街で起きていたらしい不思議な現象も友里のような超常存在が絡んでいたのだろう。そんな存在のことも、今の俺は知っている。


「《界能者ワールダー》。地球人でありながら、異能を持つ人間はそう呼ばれてるんだってな」

「おお、そこは知ってるんだ。お師匠さんに聞いたのかな。でも、その口調だとわかってないみたいだね。

「友里…?」

「気を付けてください、新辰さん。周囲に気配が…!」


 ルゥのウサ耳がピンッと張り詰めると同時、彼女に首根っこを掴まれる。激しい震脚で窓を突き破り、気づけば外に離脱していた。


 と同時に、さっきまで入っていたゴンドラが勢いよく爆ぜた。友里はどうなったのかと一瞬心臓が止まりかけたが、その心配は杞憂に終わる。


「駄目だよ。ルゥさんだっけ? お行儀悪いよ?」

「なっ、そんな…!」


 慣性に任せてゆっくり滞空するルゥと俺の後を、こともなげに追ってきた友里がにっこりと微笑む。まあ、そりゃあ翼があるんだから飛べるよな。よかったと、喜ぶべきだろうけれど。できない。友里の目は笑っていない。今の攻撃は、まさか彼女が。


「…ルゥ、そのまま跳んで逃げ続けてくれ。何かあれば、俺が迎撃する!」

「ふぅん。カズくん、戦えるようになったんだねえ」

「ああ。俺はもう諦めない。昔の俺とは、違う!」


 力がないと泣いて、諦めて立ち止まっていた昔の自分はもういない。そう言い放った俺を見つめて、友里はどこか懐かしむような目で、しかし首を横に振った。


「ううん。カズくん、それじゃあ駄目なんだよ。それじゃあ、あなたは救われない」

「何を…!」

「――――《天機・バルバトス》」

「! 《ウィアルクス》!!」


 短く囁かれた言葉に惹かれるように、空間が歪む。鏡のように周囲の景色を取り込んで広がる波紋から発射された光の矢を、咄嗟にかざした愛剣で弾き落とす。


 今のは。


 続けて波紋を引き裂き、巨大な砲塔が四つ。空間を占有する巨体を前に、言葉を失う。機械的でもあり有機的でもあるその威容は、美しくもあり恐ろしくもある。学園で見かけるどんな異能とも違う。


「なんだよそれ、友里…」

「カズくんこそ、その剣はなあに? まあ、いいか。わたしの《バルバトス》で思い出させてあげる。あなたの弱さを」


 弱さだって。いよいよもって、どうして友里がこんなことをするのかわからない。けれど、今は考えている余裕はない。立ち向かわないと。


「ルゥ、お前は逃げろ。『跳躍』だけじゃ空中戦は不利だ」

「馬鹿言わないでください! わたしも戦います!」

「ほら、ちゃんとかわしてね?」

「「!!」」


 矢継ぎ早に放たれた矢を、二人で反発力を高めた『跳躍』で回避。すぐさま、『嵐』で方向転換をして、友里に向けて突っ込む。

 盾のように配置された砲塔に阻まれるが、無理やり身を捻ってかいくぐり、《ウィアルクス》を叩き込んで一つを切り裂く。


 力無く沈む砲塔を挟んで、友里と視線を交わす。


「やるねえ、カズくん」

「なあ、こんなことはやめてくれ! 」

「私はただ、あなたに戦ってほしくないだけなの。弱いカズくんじゃ、この世界の滅亡は止められないもの」

「世界が、滅亡…? 何を言ってるんだよ、友里!」

「知らなくてもいいよ、カズくんは」


 残る三つの砲塔が、連続で光の矢を照射。《ウィアルクス》の異能無効がうまく働かない。被弾して近くのビルの屋上に叩き落とされた。

 体が痛い。矢によるダメージはほとんどないのに、どういうわけか体全体がだるく、重い。これがあの矢の能力?


「大丈夫ですか、新辰さん」

「逃げろって、ルゥ…。あいつは本気だ。本気で、戦うつもりなんだ」


 近寄ってきたルゥを庇うように前に出ようとして、やはり力が入らない。むしろ、ルゥに支えられてしまう。くそ、情けない…。


「だったら反撃するまでですっ! 駆け砕け、“乱・藍・RUN”!」


 大気を激しく震わせて、ルゥがほぼ垂直に跳び上がる。高速の突撃は勢いそのものが威力に変わって砲塔を粉砕した。

 だが、友里は涼しい顔で、残る二つをルゥにぶつけて落下させてしまう。


「すごいジャンプだよね、兎の獣人さん。けどね、届かない。それじゃあ、駄目。天には抗えないでしょ、あなたは」

「なっ、どうしてそんな事を…。何者なんですか!」

「わたしの真名は《バルバトス》。友情と再生を司る、大いなる天の使。その力を受け継いだ、地球の守護者ワールダーだよ」


 地球の、守護者。まるで異世界人に対して、この世界が示した答えみたいじゃないか。そんなのって…。争い合うしか道がないなんて嫌だ。


「考えている暇はありませんよ、新辰さん!」

「っ」

「始まりを告げて。――《一の王笛・アニクスィ》」


 いつのまにか、友里の手には大型のボウガンが握られている。セットされた矢が桃色の光を纏って、次々に放たれる。

 着弾するより先に矢から溢れた爆風が、ビルを真上から叩き潰さんと暴れ狂う。


剛炎盾嵐ブレイズ・テンペスト!」


 巻き込まれないように、『嵐』で加速させて束ねた『炎』で空間を包み込み、難を逃れる。けど、これじゃあ…。防御が間に合ってなければ、ビルは確実に倒壊していた。


「ここには大勢の人間がいるのに、何しているんだ!!」

「関係ないよ。少なくとも、わたしにはどうとでもなるもん」

「どういうことだよ…。昔の優しいお前はどこにいったんだ」

「昔の、ね。ううん、違うのカズくん。アレは昔じゃない。今よりずっと後の…」


 意味が分からない。過去の思い出は本物だ。なら、友里の記憶がおかしくなっているのだろうか。訳も分からないまま、なおも矢を撃ち込んでくる彼女に向き合うしか、今できることはなくて。


「大人しくしてください!!」

「うるさいよ、兎さん」


 重い打撃音とともに、ルゥの真っすぐな蹴りが炸裂したが、それを友里は難なく受け止めると、横薙ぎの矢で払射落とした。

 受け止めた小柄なルゥの体から、致命傷ではないが、少なくない出血が見られる。俺には外傷はないのに。なぜ。いや、なんにしてもマズい。


「さ、下がっていてください、新辰さん。わたし、は、平気ですから…」

「そんなわけないだろ、ここは俺が!」

「だからその優しさは残酷で、甘いんだってば」

「くっ…」


 瞬き程度の間で距離を詰めてきた友里が振るったボウガンが槍のように、重い一撃となって突き刺さる。防げずに吹き飛ばされ、追撃の矢に襲われた。


 炎と衝撃波が連鎖し、押し寄せた破壊の波に呑まれ、苦悶の中で、意識が明滅する。どうにか呼吸を確保して起き上がり、頭上を見上げる。半壊したビルの上からこちらを見下ろす双翼を広げた天使友里と目が合う。


 ダメだ、俺はあいつと戦うことはできない。けど…、このままじゃ…。


「なんだよ、ジェトコスーターより面白そうなコトしてんじゃねぇか」

「だから、さっきから発音おかしいですわよ狼娘。まぁそれよりも…。見過ごせない狼藉ですわね、これは!」


 よく知る声が二つ。


 深緑の『嵐』と、紅蓮の『炎』。


 屋上を包んでいた破壊の火を一瞬で吹き散らし、獣人と精霊が立ち並ぶ。


「なにかな。あなた達、だれ?」

「テメェに名乗る名なんざ、持ってねぇ! だが、冥土のミヤゲだ。オレはホナタ=ネツァク=リオウ。カズマとウサ耳にナニしてくれてんだァ!?」

「結局名乗るんですのね!? はぁ…。わたくしは、鞠灯ユイ。将来の伴侶 (候補) に何してくれてますのかしら?」


 相変わらず元気なホナタはともかく、なんか伴侶にされてるな俺。ユイさん? 勝手に話進めてません??


「勝手にわらわらと出てきて、コントなら余所でやってよね。異世界人なんだからさ」

「そうもいかない事情がありますわ。仲間を傷つけられて、黙っている者がいまして?」

「仲間、ねえ。名乗らないでよそんなもの。カズくんは地球の仲間なんだからッ」


 友里のボウガンに再び破壊の桃光とうこうが宿る。ユイとホナタも、能力を発動させて臨戦態勢に。だめだ。戦わないでくれ、みんな!


『そこまでにしておけ、友里。今はその時じゃない』

「…………はぁい。今日はここまでにしてあげる。またねっ、カズくん」


 突如。空間にどこからともなく響く声。友里は不満げな顔をしつつも、大人しく従ってボウガンを仕舞い、曇天に消えていった。


 何もかも急すぎる展開に追い付かない頭の中で、過去の記憶をグルグルと巡らせることしか、今の俺にはできなかった。

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