第31界 第二の天使

 友里の襲撃から数時間後。〈ラーティティア〉内の休憩所で、俺とルゥは傷ついた体を癒しながら、わかっている事を他のみんなと共有していた。


「で、あのむすめはカズマさんの幼馴染みなんですわよね。襲ってくる理由はなんですの? 結婚の約束でも反故にしたとか?」

「そんなわけないだろ…。俺にだってわからないよ。けどまた、俺の知らない話があるみたいだった」


 もっとも。この世界は自分が知らないことで溢れていると、ここのところ思い知らされてばかりだけれど。

 友里の真意が読み取れない。なんであれ、今の状況は良くない。生徒会長に現状を報告しようと、電子手帳で電話をかける。一秒、二秒、三秒…。繋がらない。


「おかしいな、圏外になってないのに」

「わたくしもですわ」

「壊れてんじゃねぇの?」

「さっきの戦いで故障したとか?」

「…念の為、周囲の警戒を続けておきますわね。こういう事は、故郷で経験がありますもの」


 双銃 《阿吽》を両手に携えて、立ち上がりながら目を光らせるユイ。もしや、誰かが故意に妨害してる可能性が? でも、なんのために。考えすぎだといいんだが…。そういえば。


「カナミと、他の参加生徒は?」

「別行動するってよ。ここは広ぇから、数チームに分かれて回ろうつってな。今頃、アイツらは、えーとどこだっけか。スプラッシュマウンテン…? っつー場所だな」

「なんでそれはまともに発音できますの…??」


 ああ、水中に潜るジェットコースターみたいなアトラクションか。水を操るカナミにはぴったりの場所かもだけど…、大丈夫かな。


 こうなると嫌な予感は抑えられない。地図上では反対側にいることになるし、すぐに助けにはいけない。不安を募らせながらも、同時に俺は、友里にどう向き合い何を話せばいいのか思考を巡らせていた。



 ◯●◯●◯●◯



「これはっ、予想外に面白いじゃあないかっ! ひゃっふぅううううううう!!」

「はしゃぎ過ぎっすよ、このスケバン!?」


 一方そのころ、一真たちが休憩所で話し合っているのと同時刻。水上を疾走するジェットコースターの最前席でカナミは興奮を抑えきれずに叫んでいた。絶叫マシンの面目躍如といったところだが、隣に座らされているメイド服の少女、プテロからすればたまったものじゃない。


「はっはっは! にしても、アンタはご主人様を置いてきてしまってよかったのかい?」

「しゃーないっす。テッサリアお嬢様は、こーいうの苦手っすからねぇ」

「まあ、人には得手不得手というものがあるものだしな!」

「自分も得意ってわけじゃないんすけどねー。お、そろそろ終わりそうっすよ」


 プテロの言う通り、ひた走るコースターはクライマックスの水中突撃を行おうとしている。カナミにとっては水浴びのようなものだが、スピード感は悪くない。何より機械の力で自分たちの能力に近い動きができるというのも新鮮だ。


「あれれっ、なんかおかしくないっすか?」

「む。確かに…。速さが…、なんだいこりゃ」


 気が付けば、周囲から聞こえていた絶叫も歓声が途絶えている。ましてや乗っているコースターの車輪とレールがこすれ合うようなノイズもない。スピード感の低下は、音が失われているわけではない。まるで時間が、止まったかの、ような。


「危ない、メイドくんッ」

「ひょぇ?」


 呼び出したハルバードでシートベルトを横薙ぎに断ち、コースターから降りて線路上に避難。直後、動きを止めた最前席に人影が降り立った。

 白い騎士鎧で身を固め、背中には雄々しく輝く翼が二枚。手には物騒極まりないナイトランスを携えている。


「なんだいなんだい、やぶからぼうに。アンタ、どこの組のもんさ」

「いやそんなヤクザスタイルで訊いても、教えてくれないっすよ普通……」

「ふん。貴様ら《エイリアス》に名乗る名など。こんな所に何をしに来た? またぞろ、侵略の下準備というわけか」

「なんだって…?」


 確かに自分たちはこの世界からすれば余所者だし、そう見ている地球人が大勢いることも知っている。しかし、となると眼前の騎士は地球人か?

 だとしても、この敵意はなんだ。直接の肉親や知人を殺されたのかというような勢いだ。いや、あり得るか。年齢はわからないが、ここ数十年ほどの間なら、そういうこともあるだろう。


 スイッチを入れる。この存在は『敵』だ。


「アンタ…、よっぽど恨みがあるみたいだが、それとウチらは関係ないんじゃあないかい」

「そうはいかん。自分たちの世界を守る為に戦うのは当然。故に、異分子たる貴様らを排除するのは我ら〈ワールダー〉の使命なのだよ」

「ワールダー。確かこの世界の異能者の総称だったかね」

「勉強熱心なことだ。だが、無意味だな」

「さっきからゴチャゴチャとうっさいっすね、この天使モドキ。さっさとぶちのめして、テッサリアお嬢様と合流させてもらうっすよ」


 プテロは強気だが、相手の能力もわかってないうちは動きようがない。もちろん、向こうから仕掛けてくるというのなら話は別だが。

 ハルバードを握る掌に汗がにじむ。敵は〈ワールダー〉と名乗った。以前戦ったカズマの師匠と同等の強さがあれば、撃退は…。


「臆しているのか。ならば、こちらからいくぞ、《エイリアス》。―――〈天機・アモン〉!!」

「唸りな、《スケイルバルディッシュ》!」


 炎と共に繰り出されたナイトランスの一撃をハルバードの穂先で絡めとり、返しの刃を叩き込むが、鎧籠手で弾かれる。足払いをかけるが、それも足甲に阻まれた。


「どくっすよスケバン! “強制解除フォースダウン”!!」


 プテロの放った技を背後に感じて飛びのき、その隙間を縫うように力を持った波動が槍持ちの天使に襲いかかる。だが。


「甘い。―――〈獣技Ⅰ・双鳥ノ神瞥〉」


 二つの頭を持つ鳥の幻影が、一声鳴く。


「えええええ、なんすかそれ!」

「無効系の能力…!?」


 それだけで、波動は掻き消された。に留まらず、頭蓋に響く不快な鳴き声が、脳、に。


「ぐ…、まさかこれは洗脳の類っ…!」

「人聞きの悪い。これは己以外の思考を、好戦的な物に変えるだけだ。不和が当然の異種族同士で醜くつぶし合うがいい!」


(不味いことになった。ウチにはその手の耐性はないってんだよ…!)


 風紀委員サマならどうにかなるだろうが。


 いっそ自分で自分を気絶させて、難を逃れるか。いやそれでは本末転倒。どうすればいい。戦場で優柔不断など命取り。自分の未熟さが腹立たしい…!!


「そーんな深く悩まなくても。こんなモン、頭痛程度にもならないっすよ」

「っ、メイドくん…?」

「まったく。何年あのお嬢様の傍にいると思ってるんすか? 彼女の“支配ギアス”の方がよっぽど強いってんですよ!」


 ゴゥ、と。プテロの周囲に魔力が渦巻く。槍持ちの騎士が放つプレッシャーに負けないほどの密度を誇るそれは、彼女がただのメイドでは無いのだと示していた。


 彼女が強気を示した理由。

 数多の魔族の中で、一際上級の一族に仕えることを許された存在。それがただの給仕メイドな訳がなく。


「たかだか給仕風情が生意気な。消し飛ばしてくれる。〈獣技Ⅲ・顎狼ノ神嚼〉!」

「そっすか。逆に消し飛ばされんなっすよ? "強制魔人フォースイビル"」


 騎士のナイトランスから、人を丸呑みできそうな大きさの顎が放たれる。大狼はプテロに真っ直ぐ噛み付きに行き、顎を閉じ。


 そして弾けた。否、弾けさせられた。


「な、に」

「メイドくん、その姿は…」

『可愛くないから見られたくないんすけどねぇ。特別っす。ラッキーすね、スケバン』


 大狼を殴り潰したのは、丸太のように太く肥大化したプテロの豪腕。剛力へと変化した一撃が、いとも容易く攻撃を防いだのだ。

 変化はそれだけではない。背中からは強靭な幕翼が伸び、走破性の高い獣の脚になっている。頭部からは魔族特有のツノがそそり立ち、口元には鋭い牙が覗く。彼女の特性はすなわち、 "コウモリ" という存在に纏わり付く多面性。


『つまりは、あたしにはもろもろスゲー力が宿ってるんすよ』

「姿形が変わった程度で。貫け、〈アモン〉!」

『負けフラグもらったっす!!』


 プテロが、地を這うように、宙を滑空するように突進する。迎え撃たんと突き出されるナイトランスの燃え盛る先端を牙で咥え込み、勢いのままくるりと身を翻して上に。構えられた両の腕に魔力が収束する。


「ふん、我の防御力ならただの打撃などっ」

『―――己の力に溺れて眠れっすよ。"魔醒砲・燕返フォースカウンター"ッッ!』


 プテロの魔力そのものにランスから伝わり蓄えられた運動エネルギーが、刹那に炸裂し、剛撃を生んだ。


 攻防の短さからは考えられないほどの衝撃波が辺りを揺さぶる。重く鈍い打撃音が響き、レールの上に立っていたのはプテロだけだった。渾身の一撃によって吹き飛ばされたのか、既に槍持ちの天使の姿はない。

 ひとまずの危機は去ったようだが、頭がまだふらつき、体が動かない。心底不甲斐なくなってくる。


 そんなウチの心中を見透かしたように、魔人からメイド姿に戻ったプテロが、溜息とともに手を差し出してきた。


「まったく、色々悩みすぎっすよ。顔に出てるっす」

「はは…、そうかい。気も遣われるなんて面目ない。敵わないねぇ」

「いいじゃないすか。一人で難しいんなら、誰かに助けてもらえば。あたしは、ずっと昔からお嬢様とそうしてるっすよ?」


 自信満々にそう、プテロはニマッと笑う。


 なるほど。確かに、そうだ。だからこそ、自分は一真に救われた。背中を押してくれた彼に。今度はプテロに。一人では難しいことなら、誰かの手を借りるのも悪くない。


 そうして広げたツバサがあれば、いつか、自分の力で天に手が届くだろうから。


 だから、今はこれでいいんだろうなと、カナミは苦笑いを漏らした。

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